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ものごとのとらえ方[3] 信念に生きる・信念に死す

〈じっと考える材料〉

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師:1929-1968年)は、アフリカ系アメリカ人の公民権運動の指導者である。アメリカ合衆国における人種差別撤廃の運動に生涯を捧げた。「I Have a Dream.(私には夢がある)」の演説は、時を超えて人びとの心に訴えかけるものがある。1968年4月、遊説先のテネシー州メンフィスで暗殺された。

2001年9月11日、アメリカ合衆国ニューヨークにある世界貿易センタービルに2機の旅客機が突入し、爆発炎上した。「9・11アメリカ同時多発テロ事件」の発生である。その後の捜査によって、旅客機はハイジャックされた後に、犯人たちが機体を操縦し、ビルに突入させたことが判明した。



人は成長するにしたがって、なにかしら信念を持つようになります。信念とは、自分の心の奥に持つ「ものごとはこうあるべきだ・こうすべきだ」という考えの軸になるものです。

信念は、自分が受けた教育内容や育った環境(家庭や場所、時代)、読んだもの、見たもの、出会った人、体験したことなどに影響を受けながらつくられます。その意味で、あなたもいま、いろいろなところから影響を受け、じょじょに信念をつくりつつあります。よく、大人で「自分には信念のようなものはないよ」と言う人がいますが、信念のない人はいません。人間は強弱の差こそあれ、なにかしら信じることがあって、その方向に考えの軸が傾いていくものです。

信念は強くなると、主義や思想、信仰といった形になって表れてきます。たとえば、「世の中は結局、お金がものを言う。だからできるだけ多く金もうけしたほうがいい」と考える人は、その信念が強くなると拝金主義に傾いていきます。また、「世の中は結局、人びとの信頼や愛情によって成り立っている。だから争いをなくして仲良く暮らそう」と考える人は、その信念が強くなると、博愛思想を持つようになります。また、「科学で説明がつかないことは迷信である。だから神や霊魂のような存在は信じない」と考える人は、その信念が強くなるにつれ、科学的合理主義で世界をみようとします。「いや、科学ではとらえきれない超越した法則がこの宇宙にはある。だから私は神や仏を信じ、祈りを捧げたい」と考える人は、その信念が強くなると、なにか信仰を求めるかもしれません。

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信念は、よくもわるくも、あなたの考え方や行動に方向性を与えます。それはあたかも地球には目に見えない磁力の軸があって、どんな場所に方位磁石を置いても、針を南北方向に動かすことに似ています。

信念が与えるこの方向性はあなたの個性であり、能力をその方向へ集中させる重要なはたらきをします。その意味で、信念が明確で強い人ほど、なにかを成し遂げる可能性は高いといえます。逆に信念があいまいで弱い人は、ほどほどのことしかできないかもしれません。言い方を変えると、なにかを成し遂げようとすれば、いやがうえにもそこに懸ける信念は強くなるということです。信念が強いことと、夢や志を抱きやすいこととは無関係ではありません。

さて、〈考える材料〉に移りましょう。この2つの例は、信念というものが起こす力の大きさを示しています。

キング牧師は黒人の解放運動に身を捧げました。彼には巌(いわお)のごとき信念があった。「生まれつきの肌の色の違いだけでこのような差別がこの世界にあってはならない」と。彼の信念の叫びは、「I Have a Dream.」の演説となって表れ、人道主義・非暴力の運動となって表れました。こうした革命的な指導者はだれでもそうですが、命の保障はありません。そしてそのとおり、キング牧師は暗殺されました。

そしてもう一方のテロ事件の例。ハイジャック犯たちは、最初から自分の命を捨てて航空機ごとビルに突っ込む計画でした。彼らにとって、それは「聖戦」と呼ばれるもので、みずからが信ずる宗教の原理を貫くための行為でした。彼らは信念のために死ぬことをまったくいとわなかったのです。

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これらの事例は、かたや黒人解放に捧げた崇高な生き方の話であり、かたや無惨きわまりない大量殺人の話(しかし犯人たちにとっては、これは罪などではなく、むしろ崇高な戦いであると思っているところが問題の複雑なところ)です。この2つはまったく対照的な話のように思われますが、ある点ではまったく共通しています。それは、「きわめて強い信念が、きわめて強い行動を生み出す」ということ。そして「人は信念に生き、信念のために死ねる動物である」こと。

こう聞くと、信念は怖いものだと思うかもしれません。だから、信念はゆるいものにしておこうと思うかもしれません。しかし、そういうことではありません。人間の歴史を振り返って、いかに強い信念が夢や志となって大きなことを成就させてきたか。また、いかに多様な主義や思想がこの世の中を進展させてきたか。いかに深い信仰が多くの人の心を癒やし、高めてきたか。そうした揺るぎない事実は無視できません。ほんとうに満足のいく人生は信念とともにあり、ほんとうに豊かな社会は個々の信念の融合で生まれます。

ただ問題は、信念はよい思い込みになる場合もあれば、わるい思い込みになる場合もあることです。すなわち、強い信念は気高い使命感へとつながってもいくし、同時に、危険な狂信にもつながっていく。信念は「考えの軸」です。その軸をどこに向けるかが、人間に投げかけられる重要な問題なのです。

さて、あなた自身はこれからの人生で信念をどうつくっていくでしょう。あなたは信念を強く鋭く持つことも、ほどほどに鈍く持つこともできます。また、信念を360度どの方向に向けることもできます。それと同時に、他の人の信念をどう見守り、応援し、ときには拒否するか、これも自由です。

信念をどう扱うかは、すべてがあなたに任されています。世の中は、自分を含む人びとの信念と行動の綱引きによって、どんどん動いていく。信念がぶつかり合って戦争が起こるときもある。しかし、戦争など起こさずに別の方法で解決していこうとみなで話し合う。そうさせるのもまた信念の力です。

[文:村山 昇/イラスト:サカイシヤスシ]

  

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ものごとのとらえ方[2] 「もう一人の自分」とどう対話するか

第7章〈意志・こころ〉#02

 

〈じっと考えてみよう〉

Q1~Q3につき、どういう〈とらえ方〉をすれば、前向きな気持ちになれるでしょう?
空欄(1)~(3)に書き込んでください。

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前回わたしたちは、なにか〈出来事〉に遭遇したとき、その〈とらえ方〉によって、生じる〈気持ち〉が変わってくることを学びました。宏美と多英は同級生にけがをさせてしまった。その悪い出来事に対し、宏美はマイナス方向に落ち込む一方でしたが、多英はプラスの方向へ立て直すことができました。それぞれの〈とらえ方〉が異なったからです。

そのことをさらに理解するために、冒頭に問いを3つ用意しました。さて、あなたはどんな〈とらえ方〉で〈気持ち〉をプラス方向に変えることができたでしょうか。なお、最後のページに答案例を紹介しておきましたが、これは一つの参考です。他にもいろいろ考えられるでしょう。

さて、あなたはいま、学校で国語や数学、理科、社会、英語などさまざまな科目を勉強しています。そして定期的に科目ごとのテストがあり、考える力を試されています。学校でやるテスト問題には、必ず先生が用意した正解があって、あなたはその正解を引き出せればマルがもらえます。いまはそういう基本的な段階の思考力をやしなっています。

ところがあなたはじょじょに、次の段階の思考力を身につけはじめる時期にきています。それは、ものごとをどうとらえるかという思考力です。ものごとをどうとらえるかというのは、いかようにでも答えがある問題です。あらかじめ正解が一つだけ用意されているテストの問題とは種類がちがいます。しかし、世の中を生きていくにあたっては、こうした正解のない問題のほうがむしろ多いのです。

キャプテンである自分が2試合続けて大きなミスをした。このショックと責任の重圧からどう自分の心を守ればいいのか。また、同級生から友だちの少なさを言われたときに、その言葉をどう払いのければいいのか。また、経済苦の家庭に生まれ、自分は大学進学できない境遇だと知ったとき、どう自分の運命と向き合えばいいのか―――。

これらの人生問題には「唯一(ゆいいつ)これが正しい」といった答えはありません。なにか公式があってそこに数を当てはめれば自動的に正解が出るものでもありません。覚えた歴史年号を空欄に埋めれば点数がもらえるような問題でもありません。その状況をたくましく乗り切る答えは人それぞれ無数にあります。

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あなたはいまから5年や10年もすれば、社会に出て職業を持ち、独立して生きていくことになります。そこで直面する問題の多くには、だれかが用意してくれた正解はありません。目の前の出来事や事実をどうとらえて、どう気持ちをつくり、どう行動していくか。いわば、自分で正解をつくり出していくしかないのです。そのときあなたは、感情に流されるまま悲観的にものごとをとらえることもできるし、意志を持って楽観的にとらえることもできる。どちらの姿勢がよりよい生き方につながっていくか、決めていくのは自分です。

ものごとをどうとらえるかというのは、言葉を変えると、ものごとをどう解釈するか、どんな見解を持つかです。さらにもう一歩深く考えて、それら解釈や見解はなにの影響を受けているかというと、それは信念や価値観です。信念とは自分の心に持つ「こうあるべきだ・こうすべきだ」という考えの軸です。価値観とは「これはよい・これはわるい」と判断するときの考えの地盤になるものです。

信念・価値観は、心のなかにいる「もう一人の自分」と考えることもできます。なにかの出来事に対し、それをどう解釈したらいいか、どんな見解を持ったらいいか「現実の自分」が迷っているとき、信念・価値観という「もう一人の自分」が、「こうあるべきなんじゃないか」「また別のこういう考え方だってあるよ」と声をかけてくるのです。そうして「もう一人の自分」と「現実の自分」とで何度も話し合いをする。そして自分の解釈や見解を決めていきます。きょうの設問3つを考えたときも、あなたは知らずのうちに、心のなかの「もう一人の自分」と話し合いをしていたのではないでしょうか。

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まさにいまあなたは、日々いろいろなことを勉強し、見聞し、成長しています。その過程で成功したり失敗したり、人から信頼されたり裏切られたりしながら、信念や価値観をつくっていきます。いわば、心のなかの「もう一人の自分」がどんどん育っているのです。

よりよく生きていくうえで、もちろん知識や技術は大事です。性格や健康も大事です。それと同じように、信念や価値観も大事です。信念・価値観のもとに、知識や技術、性格、健康が生かされたり、生かされなかったりするからです。

〈答案例〉

(1)
・完璧な人間などいない。キャプテンだってミスをすることはある。
・今後、大会は何回でもある。活躍するチャンスはある。
・負けたことによって学んだこともある。それを次に生かせばよい。

(2)
・人は多くから愛されるにこしたことはないが、少数から愛されることでもべつにかまわない。
・人の魅力は、人気によってすべて測られるものではない。
・友人の少なさが人生のさみしさにつながっているとはいえない。
 軽い付き合いの友だちを増やすより、深く付き合える親友を一人でも二人でも持てればよい。

(3)
・運命は変えられないわけではない。  
 (歴史上の偉人たちの多くは運命を変えていった人たちだ)
・お金がなくても大学に進学している人たちはいる。
 彼らはどうやって入学したのだろう。

 なにかよい方法があるにちがいない。調べてみよう。
・自分がこういう家庭に生まれたことには、なにか意味があるのかもしれない。

 

[文:村山 昇/イラスト:サカイシヤスシ]  



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