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「人生行き当たりばっ旅」理論

1.6.2


「キャリアは予測できるものだという迷信に苦しむ人は少なくありません。“唯一無二の正しい仕事”を見つけなくてはならないと考え、それをあらかじめ知る術があるはずだと考えるから、先が見えないことへの不安にうちのめされてしまうのです」。

                ―――ジョン・クランボルツ、アル・レヴィン『その幸運は偶然ではないんです!』



◆人生・キャリアは偶発とともにある
私はキャリア開発研修を生業としてやっている身だが、キャリアや人生を計画的にきちんとやるべきだ、などとは言わない。むしろその逆である。キャリア・人生は、ある意味、“行き当たりばっ旅”でいいと言っている。

それを理論化した教授がいる。偶発性をキャリア形成と結び付け、論を展開したのが、米スタンフォード大学のジョン・クランボルツ教授である。彼は偶発の出来事こそキャリア形成に重要な影響を与えていることを発見し、「プランド・ハプンスタンス理論」(Planned Happenstance Theory:計画された偶発性理論)を世に提唱した。

つまり、キャリアはすべて自分の意のまま、計画どおりにつくれるものではなく、人生のなかで偶然に起こる予期せぬさまざまな出来事によって決定されている事実がある。むしろ大事なことは、その偶発的な出来事を、主体性や努力によって最大限に活用し、チャンスに変えること。また、偶発的な出来事を意図的に生み出すよう積極的に行動することだと、教授は説いている。
そのために、各人は好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心を持つことが大切だと言う。


◆「10年後のあなたはどうなっていたいですか?」
人事の世界では社員面談における古典的な質問がある───「10年後のあなたはどうなっていたいですか?」。そしてそこまでのキャリアプランを立てましょうと。

社員を管理する立場としてはそうした質問をしたくなる気持ちはわかる。しかし、本人の働く意識を呼び起こし、行動を変えるという観点からは、あまり有益な問いではない。何事も計画的に成果を狙って進めていくべき、というのは事業利益管理の思想であって、生ものの人や人生に押しつけるには限界がある。

どれだけていねいに5年後・10年後のキャリア設計図を練ってみたところで、どれだけ精緻な自己の適正診断をしたところで、すんなりそのとおりに事は動かない。状況は刻々と移り変わり、想定外の方向に動いていくことは普通に起こる。そうしたなかでも、自分の望みの仕事に出合い、満足のいく職業人生を送っていくためには、10年後のキャリア計画を紙に書くこととはまったく別の力が必要になってくるのだ。

人生とは奥深きかな、初速度と打ち出し角度の数値さえ与えれば、着地場所と着地時間が確実に算出できる物理運動とは違う。仮に、すべてのことが想定どおりにいったとして、「そんな想定の範囲内」の人生などどこが面白か、である。


◆プロの将棋士が読むのはせいぜい10手先
ところで、将棋のプロたちは、いったい何手先の局面までを読んで対戦しているのだろうか。将棋界で驚異的な強さを誇る羽生義治さんによれば、おおよそ10手先くらいということだ。素人からすれば意外と少ないと感じるが、彼はこう言っている───

「あるところまでは決まった航路(定跡)があって行けることもあります。しかし、そこから先は未知の海なのですね。理想は航路が一本の線になることですが、実際には、どんな波が来るかわからないのです。
そこで、しばらくは北に行ってみようかと。方向を決めて進んでも、また違う波が押し寄せてきます。今度はどうしようか?それで今度は西に針路をとってみようかと。そういう感じでやっています」。  (『定跡からビジョンへ』より)



時間をかけて何百手先まで読むことは実戦的ではないらしい。それよりも、やってきた流れのなかで一番自然な手は何かを考えることに集中する。1つの局面ではおおよそ100通りほどの差し手の可能性があるが、自分の頭のなかの自然な流れを考えると、2、3通りの手が直感的に浮かび上がってきて、残り90%以上の手は捨ててしまえるのだという。そして、そうこうしているうちに、「これはこうなって、最後はこういう形で終わるのだ」と、ぱっと道筋がわかるときがくる。勝つときはそういうものらしいのだ。


キャリアを計画すること、適正を分析することが無意味だと言っているのではない。ゆらぎながら、もがきながら状況をつくり出していく、そうしたたくましさこそ、机上の設計や自己分析よりもはるかに大事だといいたい。

人生の選択にあらかじめの正解値などない。
その後の奮闘でそれを「正解」にできるかどうかだ。




<Keep in Mind>
計画や分析より、状況をつくるたくましさを持て









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