仕事の最大の報酬は「次の仕事機会」
5.2.1
大地は耕作者にさまざまなものを与える。
春には耕作する希望、そして耕作の技術。
夏には作物が育つ喜び。
秋には収穫物を食すること。
冬には安らかな休息。
そして、忘れてならないのは、―――果実の中に忍び入れられた“種”。
この種によって、耕作者は来年もまた耕作が可能になる。
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仕事をしたとき、それがもたらす報酬とは何だろう? 「報酬」という言葉を辞書で調べると「労働に対する謝礼のお金や品物」と出てくる。確かに、報酬の第一義はカネやモノである。しかし、仕事が、それを成し遂げた者に対して与えてくれるのは、そうした目に見えるものだけとはかぎらない。
仕事を成し遂げることによって、私たちは能力も上がるし、充実感も得る。それと同時に、いろいろな人とのネットワークも広がる。そう考えると、仕事の報酬には目に見えないものもさまざまありそうだ。ここでは、仕事の報酬にどのようなものがあるか考えてみたい。
◆目に見える報酬
【1:金銭】
金銭的な報酬として、給料・ボーナスがある。会社によってはストックオプションという株の購入権利もあるだろう。働く者にとって、お金は生計を立てるために不可欠なものであり、報酬として最重要なもののひとつである。
【2:昇進/昇格・名誉】
仕事をうまくこなしていけば、組織の中ではそれ相応の職位や立場が与えられる。職位が上がれば、自動的に仕事の権限が増し、仕事の範囲や自由度が広がる。昇給もあるので結果的には金銭報酬にも反映される。また、きわだった仕事成果を出せば表彰されたり、名誉を与えられたりする。
【3:仕事そのもの(行為・成果物)】
モノづくりにせよ、サービスにせよ、自分がいま行っているその仕事の行為自体を報酬と考えることもできる。たとえばプロスポーツ選手の場合、その試合に選出されプレーできること自体がすでに報酬である。また、自分の趣味を仕事にして生計を立てられる人は、その仕事自体がすでに報酬となっている。
さらに、仕事でみずからが生み出した成果物は、かけがえのない報酬である。たとえば私はいま、この原稿を一行一行書いているが、この原稿がネットに上がって読まれたり、印刷されて一冊の本となったりすることは、とても張り合いのある報酬である。
【4:人脈・他からの信頼・他からの感謝】
ひとつの仕事を終えた後には、協力しあった社内外の人たちのネットワークができる。もし、自分がよい仕事をすれば、彼らからの信頼も厚くなる。こうした関係構築はその後の貴重な財産になる。
また、よい仕事は他から感謝される。お客様から発せられる「ありがとう」の言葉はなによりもうれしいものである。
◆目に見えない報酬
さて、以上の報酬は、自分の外側にあって目に見えやすいものである。しかし、報酬には目に見えにくい、自分の内面に蓄積されるものもある。
【5:能力習得・成長感・自信】
仕事は「学習の場」でもある。ひとつの仕事を達成する過程で私たちは実に多くのことを学ぶ。仕事達成の後には能力を体得した自分ができあがる。また、仕事を完成させて自分を振り返ると「ああ、大人になったな」とか「一皮むけたな」といった精神的成長を感じることができる。その仕事が困難であればあるほど、充実感や自信も大きくなる。こうした気持ちに値段がつけられるわけではないが、自己の成長として大変貴重なものとなる。考えてみれば、会社とは、給料をもらいながらこうした能力と成長を身につけられるわけだから、実にありがたい場所なのである。
【6:安心感・深い休息・希望・思い出】
人はこの世で何もしていないと不安になる。人は、社会と何らかの形でつながり、帰属し、貢献をしたいと願うものである。米国の心理学者アブラハム・マズローが「社会的欲求」という言葉で表現したとおりである。人は仕事をすること自体で安心感を得ることができる。
また、仕事をやりきった後の休息は心地よいものである。そして、仕事は未来には希望を与え、過去には思い出を残してくれる。
【7:機会】
さて、仕事の報酬として6つを挙げたが、忘れてはならない報酬がもう1つある。
―――それは「次の仕事の機会」である。
次の仕事の機会という報酬は、上の2~6番めの報酬(つまり金銭を除く報酬)が組み合わさって生まれ出てくるものだ。機会は非常に大事である。なぜなら、次の仕事を得れば、またそこからさまざまな報酬が得られるからである。そしてまた、次の機会が得られる……。つまり、機会という報酬は、未来の自分をつくってくれる拡大再生産回路の“元手”あるいは“種”になるものである。「仕事」は、次の「仕事」を生み出す仕組みを本質的に内在している。
報酬としてのお金は生活維持のためには大事だ。しかし、金のみあっても能力や成長、人脈を“買う”ことはできないし、ましてや次の仕事機会を買うこともできない。そうした意味で、金は1回きりのものである。
◆「よい回路」と「わるい回路」
キャリア形成と年収において、「よい回路」に入っている人と、「わるい回路」に入っている人と2種類あるように思う。
「よい回路」に入っている人は、目の前の仕事(それがたとえつまらなそうな内容であっても)に自分なりの意義を付加し、そこから成長なり、人脈なり、信頼なりを獲得できるよう仕事にはたらきかけをし、仕事の掘り起こしをやり、仕事をやりきることを習慣にしている。言ってみれば、仕事を「よい仕事」につくり変えているのだ。そして周囲からの信頼を得、「よい仕事機会」(=チャレンジングなプロジェクト)を手にしていく。その「よい仕事機会」には、「よい仲間」も集まってくる。そうしてさまざまに自分を発展させていくのだ。あるとき気づいたら納得のいく年収が得られていた───これが「よい回路」だ。
ところが一方、現職を「給料が安いからダメだ」とか、「年収が上がる転職はないか」とか、そういった金銭的な単一尺度で、仕事や会社をみている人は「わるい回路」に陥る。年収の多寡を最優先に置く人ほど、仕事を労役と考え、足下の仕事をつくり変えたり、掘り起こしたりしようとはしない。ともかく給料はつらい労働の対価なんだから、せめていい金額をもらえないとやっていられないという心境で仕事に向かっている。だから、もっと割のいい金銭的報酬をくれるところはないかと、つねに目がをうろちょろさせる───これが「わるい回路」だ。
もちろん、不当に安い給料で我慢することはない。労働者の権利として正当な報酬は手にすべきである。ここで主張したいのは、キャリアの発展は金を追うことからは始まらないということだ。仕事そのものに手をかけ、周囲の信頼を得、そして機会をつくり出していくこと。志に満ちた仲間のなかに入っていくこと(あるいは引き寄せていくこと)。これこそが自分の仕事人生を膨らませ、充実したものにしていくための確実な道である。
最後に、仕事の報酬について、ジョシュア・ハルバースタム著『仕事と幸福そして人生について』から言葉を抜いておく。
○「お金はムチと同じで、人を“働かせる”ことならできるが、“働きたい”と思わせることはできない。仕事の内容そのものだけが、内なるやる気を呼び覚ます」。
○「迷路の中のネズミは、エサに至る道を見つけると、もう他の道を探そうとしなくなる。このネズミと同じようにただ(金銭的)報酬だけを求めて働いている人は、自分がしなければならないことだけをする。
○「創造性は、それ自体が報酬であり、それ自体が動機である」。