« サラリーマンの「鈍化病」 | メイン | セレンディピティ~チャンス感度の鋭いラジオになる »

キャリアをたくましく拓くために~「VITMモデル」

1.6.3



◆人はいかにたくましくキャリアを切り拓いていくか:VITMモデル
私がさまざまな職業人のキャリア形成について関心を持ちはじめたのは、20~30代のビジネス雑誌記者をやっていたころである。もちろん当時は、ビジネス情報の取材をするわけだが、知らずのうちにインタビュー対象者の働きざまや仕事観、キャリア経緯にむしろ興味を抱いた。その後、この人財教育分野に転職をして、さらに人びとのキャリア形成について観察を続けた結果、たくましくキャリアを拓いている人たちの4つの要素が浮かび上がった。それが「VITM」である。

・「V」ベクトル:自分が価値を置く軸
・「I」イメージ:理想とする像
・「T」トライアル:行動で仕掛けること、自分試し
・「M」ミーニング:意味・目的

163vitm01



◆V+I:方向と像
キャリア形成の基本となる要素は「V」と「I」である。

「V」=ベクトル、これは───
・どんな分野やテーマ、方向性でやっていきたいのか
・どんな価値を世の中に提供したいのか
・譲れない理念や信条の軸

次に、「I」=イメージは───
・どんな状態になっていたいのか
・目指したい理想像、形・型、世界観
・「ああいう働き方・生き方っていいな」と思える模範


といったものである。最初はどんなに小さなベクトル、あいまいな像でもよい。ともかくこのVとIを意識することが大事である。そのために、必ず言葉に書き落として自分の意識の棚に上げることである。

ちなみに、私の場合であれば、V=「人財育成分野」、「人の向上意欲を刺激する仕事がしたい」「働くことの思索・哲学を促すプログラムの開発を志向する」など。
I=「みんながワイガヤで学べる研修の場」、「都会仕事・田舎暮らしの二拠点生活」「人財教育界の坂本龍馬になれ」などだ。こうしたことを私は毎年、ビジネスダイアリーの元日の箇所に記している。


◆V+Iを持てば情報とチャンスが寄ってくる~「カクテルパーティー効果」
ひとたびVとIを持つと、自分のなかで重大な変化が起こる。意識のアンテナが立ち、漫然と過ごさなくなるのだ。その結果、そのベクトルとイメージに沿った情報と人、チャンスが自然と寄ってくるようになる。「カクテルパーティー効果」が起こるためだ。

カクテルパーティー効果を簡単に説明しよう。人がカクテルグラスを片手に持って、大勢集まっているパーティー会場を想像してほしい。その会場はいろいろな音が混じってうるさいが、私たちは、人の輪のなかでちゃんと会話ができる。ましてや、隣の輪で自分の名が出て話題になっていると、耳が大きくなってそれをも聞き取ることができる。このように、人間の耳が、ざわめきや騒音の中から聞きたい音だけを選び取って聞くことができる聴覚効果をカクテルパーティー効果という。

これをキャリアの話に引き戻して考えてみたい。私は30代ずっとジャーナリズムの世界に身を置いていた。ところが、あるときに、キャリアの進路を「教育」という方向に思い切って変え、その先に「研修事業で独立する」というイメージを設定した。……すると、どうだろう、新聞や雑誌を読んでいても街を歩いていても、やたら「教育」とか「学習」とか「人材」「人事」「トレーニング」「モチベーション」などの文字が見えてきてしょうがない。駅のポスターで「教える」という文字にどきっとしたら……進学塾のポスターだった。

おそらく、それ以前もそれらの文字は同じように目に入ってきていたはずである。しかし、意識の上に乗せていないから素通りしていたのだろう。しかし、ひとたび自分が、V=教育、I=研修事業で独立と定めたとたん、カクテルパーティー効果が起こり、それに関する情報がどんどん集まってきたのだ(正確には、「情報が見えてくる」と言ったほうがいいかもしれない)。


◆チャンスは待つのではなく呼び込む
世の中には情報が溢れている、そしてチャンスも流れている。しかし、漫然と働いているのでは、それらを見逃し素通りさせるだけになる。

フランスの細菌学者、ルイ・パスツールの有名な言葉───

「チャンスは、その心構えをした者に微笑む」。


また、2002年ノーベル物理学賞受賞の小柴昌俊博士もこう書いている───

「たしかにわたしたちは幸運だった。でも、あまり幸運だ、幸運だ、とばかり言われると、それはちがうだろう、と言いたくなる。幸運はみんなのところに同じように降り注いでいたではないか、それを捕まえるか捕まえられないかは、ちゃんと準備をしていたかいなかったの差ではないか、と」。 (『物理屋になりたかったんだよ』より)



◆T:試すことでVとIが明確になってくる
VとIを心にセットすることで意識のアンテナが立ち、見えてくるべきものが見えてくる。
そこで次に大事になるのが、「T」=「行動で仕掛けること、自分試し」である。Tによって何が起きるかといえば、それは「フィードバック」(行動の結果・反応から得る情報)である。

フィードバックによって、「方向性(V)をちょっと修正したほうがいいぞ」とか、「もっと別の形(I)を想定してみよう」など、次にどう試すかの知恵が湧く。当初、おぼろげでつかみどころのなかったVとIは、「試す→修正→試す→修正・・・」を繰り返す過程で、どんどん太く明確に輪郭を現してくる。

163vitm02


Tを繰り返すうち、当初のVやIはどんどん変わっていき、最終的には全く予想していなかったもの行き着くことは普通に起こる。「Aの山を目指していたが、気がつけばBの山に登っていた。いや、B山もまんざらではない」と。―――だが、それこそがたくましくキャリアを切り拓く人のダイナミズムであり、充実感なのである。

V・Iを持つことは主に頭の中の作業だが、Tは具体的な行動の作業となる。頭の作業には、費用や失敗リスクは生じないが、試す行動にはカネや手間もかかるし、リスクも生じる。他者や世の中に打って出なければならないので、わずらわしさもある。だから、多くの人は「試す」ことをやらなくなる。そして、ただ心の中で「こうなればいいのになぁ」というおぼろげなVかIだけが頭の中を漂う。そして周りの成功者をうらやんだりもする。

本田宗一郎の口グセは「やりもせんに」(やりもしないで、頭だけでものの可否を断ずるな)だった。サントリーの鳥井信治郎は「やってみなはれ」と言った。そして、ナイキの企業メッセージは「Just Do It 」。―――まずは行動で試すこと、その単純なことが実は難しいからこそ、こうした名言が言い継がれているとも言える。


◆M:意味はV・I・Tの基点そしてエネルギーの源泉
私たちはV(方向性)とI(像)を持ち、T(行動で試すこと)により、VとIをどんどん明確につかまえることができるようになる。で、このとき、私たちは常に「なぜ、この方向を目指すんだろう・像を実現したいんだろう」という自問を投げかける。人間は、行動に何かしらの意味を付与しなければ、それを続けることが苦痛になる動物だからだ。しかし逆を言えば、いったんそこに大きな意味を付与できれば、大きな動機が無限に湧いてくる。V、I、Tの下地で効いてくるのが最後の要素であるM(意味・目的)である。

たとえV、I、Tを持ったとしても、長い仕事人生の途上では当然、停滞したり、迷ったり、くじけたり、わけがわからなくなったりすることが、何度もあるだろう。だが、「意味に帰る」ことのできる人は強い。行き詰まったとき、自分が満たしたい意味に戻って静かに考えることで、何かしらの腹決めができるからだ。そして、そこからまた物事が動き出す。腹決めしているから、どう物事が動いてもどしっと受け止められる。働く意味をどう見出すかは、キャリア形成の基点としてほんとうに重要なものとなる。

以上、たくましくキャリアを拓いていくための4要素を整理すると───

□方向性(V)と像(I)を持て
→情報とチャンスが寄ってくる(「カクテルパーティー効果」による)

□行動で仕掛けよ(T)
 →目指す方向・像(V・I)が修正され明確化する

□意味を見出せ(M)
 →V・I・Tを回す基点となる
 →V・I・Tを持続的に回すエネルギーが湧く



◆「どうしたらM(意味)が見つけられますか?」との質問に対し……
4つの要素「VITM」は相互に作用し合う。どれか1つでも強力に突出するものがあれば、それに影響を受けて全体的なダイナミズムが生まれる。むしろ、この4つを同時に強く立てられる人は少ない。だから、どの要素でもいいから、自分が強く押し出せるものに注力していくことをお勧めする。ただ、逆に言えば、どれも漫然と放置しておけば、全体が漫然としたまま時が過ぎてしまうことも肝に銘じておくべきだろう。

以上が、私の考察する「たくましくキャリアが切り拓かれる仕組み解説」である。すると、講演やセミナーでは、「Mがなかなか見出せません。どうすればよいですか?」とか「Iを描くよい方法は何かありますか?」という質問が飛んでくる。しかし私はきっぱりと、「それを自分なりに考えるのが、あなたの人生そのものだから答えません」と返す。

VITMを具体的にどう実践するかは、個々人の生きざまの問題である。その答えをつくり出すことが、人生の営みそのものである。それを他者の与えるハウツーに事細かに頼ろうとすることは、自己の大事な部分を放棄することである。怠けていると言ってもいい。ともかく、私が提示するのは「VITM」というメカニズムだけであり、あとは人それぞれの奮闘を望むものである。



Related Site

Link