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「水平的成長」と「垂直的成長」

5.1.1


「私の人生は、現在を超越することであり、
一段一段と前進することでなければならない、と、そんなふうに考えていた。
音楽がひとつひとつのテーマを順に、
ひとつひとつのテンポを順に片づけ、演奏し終え、完成させ、前進していくように、
けっして倦まず、けっして眠らず、つねに醒めて、つねに完全に沈着に、
人生の階段をひとつずつ通りすぎ、前進していくべきである」。

                            ───ヘルマン・ヘッセ 『人は成熟するにつれ若くなる』



◆生命の本質は「形成・成長」
「成長している」という実感は人に幸福感をもたらす。なぜなら、人の生命の本質は「形成・成長」だからだ。本質にかなうことは必然的に幸福感を呼び起こす。逆に、本質にかなわない滞留、衰退、怠惰は、不幸や不安感をおぼえさせる。

美術史家でアカデミー・フランセーズ会員のルネ・ユイグは名著『かたちと力』の中で、生命を独自の目線で切り取る。彼は、「生命体とは、エントロピー増大の法則という抗し難い傾斜を遡ろうとする挑戦」、「時間においては、人は存在するのではなく、生成する」、「生命体とは、未来へ移行しようとする不断の熱望である」と書き表している。ユイグはこの本の中で、エントロピー増大の法則に従って、何の抵抗をすることもなく進歩もなく、やがて均衡、摩滅、非緊張という状態に流れていくだけのものを惰性体と呼び、生命体と区別している。

エントロピー増大の法則はこの宇宙・自然界のすべての物質を支配下に置くが、人間という生命体はその支配力に「形成・成長」で反抗している。だから逆に、この反抗をやめたとき、人間は惰性体となり、朽ちていくしかない。

ともあれ、人はその意識の強弱にかかわらず、成長を欲求している。その欲求に働くことを通してみずからに応えていくことが、すなわち仕事の幸福となる。本節ではさまざまな観点から成長を考えていく。

* * * * *

◆「水平的(ヨコの)成長」
成長を「伸びていくこと」ととらえれば、その方向に2つが考えられる。すなわち、水平(ヨコ)方向と垂直(タテ)方向である。

まず1つめに、水平方向での成長。これは主に仕事の量や種類をこなすことによって、その結果、その仕事に順応する、視野が広がる、経験の幅を持つといった成長である。

誰しも、その仕事に不慣れで未熟なころは、ともかく繰り返しその仕事に挑戦したり、場数を踏んだりして自信をつける。また大企業では、ジョブローテーションで定期的に従業員を配置換えするが、これも多様で幅のある業務経験を積ませることが目的である。

その他、自己啓発のためにいろいろな分野の読書をしたり、セミナーや異業種交流会に参加をして、自分の知識領域の面積を拡大させるのも水平的な成長となる。加えて、留学や旅行も格好の水平的成長の機会になるだろう。

概して、水平的成長は、流動的に多様な物事を見聞することで得るものといえる。

◆「垂直的(タテの)成長」
2つめに垂直方向での成長。これまでの仕事より難度の高い仕事に挑戦し、それをクリアしたとき、あるいは、仕事上の苦境・修羅場をくぐって、事態をとりまとめることができたとき、人は垂直的成長を遂げることになる。いわゆる「一皮向けた」変化、「大人になった」変化がこれにあたる。

また、こういう経験によって、これまでとは一段高い目線で考えられるようになった、より高い志・目標を描くようになった、より深くものを見つめるようになった、なども垂直的成長の証である。

概して、垂直的成長は、固定的にある箇所で奮闘し、深掘りする中で得られることが多いように見受けられる。

なお、水平的成長と垂直的成長は、完全に二分しているものではなく、人が成長するとき、たいていはこの両方の微妙な混合の成長が起こるものである。



【研修の現場から】
「広げる」・「高める」・「深める」を意識させる

水平と垂直の2方向に伸びていくことをもう少しわかりやく表現すると、自分を「広げる」・「高める」・「深める」となる。私は20代向けの研修ではこちらの3つの表現を使うことが多い。

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そして、自分を「広げる」・「高める」・「深める」ためにどんな行動を起こすかを演習として考えさせる。その演習の際に、ヒントとして与えているのが次のようなことだ。

1)自分を「広げる」ための行動ヒント
 ・いろいろな読書をする
 ・セミナー、勉強会に出かける
 ・留学や旅行で見聞を広げる
 ・仕事以外の活動も積極的に(趣味、ボランティア、地域活動など)
 ・異動はチャンスだと思え
 ・ネットコミュニティでさまざまな人とつながる
 ・MBA的な知識や幅広教養を蓄える

2)自分を「高める」ための行動ヒント
 ・どんな仕事にも、ひと工夫(改良・改善)を加える意識を持つ
 ・「自分が責任者・経営者だったら」という目線で物事を見る
 ・イベントやプロジェクトでは主催者側に回る
 ・“高み”を目指して生きるロールモデルを持つ
 ・やっかいな仕事が振られたら、チャンスだと思え

3)◆自分を「深める」ための行動ヒント
 ・専門知識を深く勉強する
 ・人にいろいろと教えてあげる
 ・一つの分野ことをしつこく続ける
 ・一度限界を超えるまで徹底的にやってみる
 ・自分の仕事に意味を与える


 
〈Keep in mind〉
場数を踏め・見聞幅を広げよ・高みに挑め・修羅場をくぐれ




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