« 個と組織の自律性~米・パタゴニア社『社員をサーフィンに行かせよう』 | メイン | 「請求書的」祈り・「領収書的」祈り »

選択肢の創出力 ~仕事を「選べる人」・「選びにいく人」

1.6.5


Aさんのもとには彼の才能と人柄を頼って、日々、いろいろな仕事・仕事相談が舞い込む。そして、彼はその中から自分がワクワクできる仕事を悠々と選ぶことができる。(つまらない案件だと思えば、それを断ることもできる)

他方、Bさんは自分に都合のよい条件の仕事を探し回っている。3度目の転職を考えているのだ。「まったく、世の中にはイイ仕事なんてありやしない」と愚痴混じりに、ネット上の膨大な求人情報をさまよう。


◆カタログ上の仕事情報は急増している・・・だが
ピーター・ドラッカーは『断絶の時代』の中でこう述べている。

「先進国社会は、自由意志によって職業を選べる社会へと急速に移行しつつある。
今日の問題は、選択肢の少なさではなく、逆にその多さにある。
あまりに多くの選択肢、機会、進路が、若者を惑わし悩ませる」。



確かに、この指摘は一面で正しい。だが一面で、正しくないともいえる。つまり、カタログ上の職業や職種、あるいは求人は過去に比べ増えている。ネットや印刷物に載る就職情報・求人情報は日常、溢れるほどあり、そういった意味では、ドラッカーの言うとおり、私たちはその種類の多さに、いったんは惑い、悩む。しかし、よくよく自分の適性やら条件やらに当てはめていくと、「これもダメ」、「あれもバツ」……となっていき、ついには自分が選べるものがみるみるなくなっていく。そして、残った数少ないものに応募し、面接するのだが、結果は「不採用」・・・(沈黙)カタログの中には、無数の選択肢が目まぐるしく記載されているのに、自分はどこからもはじかれてしまう。そんなBさんのような人が世の中には多くなっている。

とはいえ、広い世間には、それとは真逆の人もいる。Aさんのような人だ。彼のもとには、仕事が向こうから寄ってくる。


◆「仕事を選びにいく回路」に留まっているかぎりジリ貧になる
この二人の状況の差を生み出しているのが、「選択肢創出力」の差である。すなわち、「選択肢をつくり出し、結果的に“選べる自分”になる力」だ。

Bさんのように、都合のよいものだけを追いかける働き方をしている人は、そもそも選択肢を増やすことをしない。既存の選択肢に自分が擦り寄り、あれこれ選り好みしているだけなので、早晩、ジリ貧になる。「選びにいく」先の洞窟はどんどん狭くなっているのだ。

ところがAさんは自分が譲れない価値や大事にしたい意味を持っている。それを軸にして仕事をする。たとえ目の前の状況や環境に不満や違和感があっても、軸を変えず、ともかくその場でなにかの結果を出す。そして少しずつ方向修正をしながら、「職業人としての自分」というもの、「自分の仕事」というものの独自性や世界観を醸し出していく。と同時に、周囲からも信頼を得る。その独自性や世界観、信頼は、知らずのうちに人との出会いや機会を引き寄せることになり、結果的に選択肢が広がる状況が生まれる。

自分の仕事の世界観をつくるには、明確な目的を抱き(=自分が働く方向性・イメージ・意味を腹に据え)、自分の道を“限定”していくことだ。自分を目的に沿って限定することが、逆説的だが、実は、選択肢を増やすことにつながっていく。


165



今の世の中は、専門バカといわれようが、オタクと呼ばれようが、そんな小さな隙間分野に固執して大丈夫かと言われようが、自分の決めた目的の下に、粒立った一個の仕事人になることが「選択肢の総出力」を高めることにつながる。

「選べる自分」になるのか、「選びにいく」自分になるのかの分岐点は、理屈をこねず、怠け・甘え・臆病を排し、ひとたび腹を据えて、目的(当初はあいまいでもよい)を設定し、そこにがむしゃらに動くかどうかである。それを実証してみたいなら、何かに3年間しがみついて、こだわって、没入してみること。すると予想もしなかった選択肢が自分のところに寄って来るのがわかるだろう。


◆「小さな自由」と「大きな自由」
ネット通販amazonの日本法人の立ち上げ時期に書籍バイヤーとして活躍し、現在は出版コンサルタントをしている土井英司さんは、『「伝説の社員」になれ!』のなかでこう書いている。

「転職は、今いる会社で実績を積み、“伝説”をつくってからでも遅くはありません。いや、実績を積んだときはじめて、転職するもしないも自由な身になれるのです」。



そう、私たちの目の前にはいろいろと選択肢はある。現職に違和感や不満があり、なんとなく転職でもしてみるかという心理モードになる場合もある。確かに人材紹介会社に登録をすれば、どこかに移れるかもしれない。しかし、それは「小さな自由」のなかの選択にすぎない。現職にいましばらく留まって、なにかしらの「伝説」をつくったならば、おそらくそのときにはまったく違った選択肢が自分の周りに見えていることだろう。それが「大きな自由」を手に入れることだ。

いまいるその場で、自分を限定的に燃やし、結果を出すことが大事である。そのことをせずに、いつも目をキョロキョロさせて、もっと都合のいい条件・環境はないかと探し回らないことだ。「選びにいく自分」の末路は必ずどん詰まりになる。理想をイメージすること、自分を目的の下に置くこと、そして何かしらの結果を出してやるぞという気骨さえあれば、「選べる自分」になっていく。特別な能力は必要ない。

私は毎朝メールボックスを開けるのが楽しみでだ。きょうも既知・未知の誰かから、何かしらプロジェクトの提案メールが来ているかもしれない。「選べる自分」になると、未来がワクワクする。


*   * * * *
【補足1】

阪急グループ創業者である小林一三はこう残した───

「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。
 そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ」。



豊臣秀吉が織田信長の下足番からのし上がり、ついには天下を取った話は有名である。小林は著書『私の行き方』の中でこう補足する。

「太閤(秀吉)が草履を温めていたというのは決して上手に信長に取り入って天下を取ろうなどという考えから技巧をこらしてやったことではあるまい。技巧というよりは草履取りという自分の仕事にベストを尽くしたのだ。厩(うまや)廻りとなったら、厩廻りとしての仕事にベストを尽くす、薪炭奉公となったらその職責にベストを尽くす。

どんな小さな仕事でもつまらぬと思われる仕事でも、決してそれだけで孤立しているものじゃない。必ずそれ以上の大きな仕事としっかり結びついているものだ。

仮令(たとえ)つまらぬと思われる仕事でも完全にやり遂げようとベストを尽くすと、必ず現在の仕事の中に次の仕事の芽が培われてくるものだ。そして次の仕事との関係や道筋が自然と啓けてくる」。



要は、生涯、下足番になり下がるも、それを極めて次のステップに自分を押し上げるも、すべては本人の心持ち次第ということだ。演劇の世界に「小さな役はない。小さな役者がいるだけだ」という言葉もある。切り替えて言えば、「小さな仕事はない。仕事を小さくしている働き手がいるだけだ」ということになる。


*   * * * *
【補足2】

「選択力」

人生は選択の連続である。私たちは朝起きてから夜寝るまで、大小無数の岐路に立たされ、何か一つの選択をして進んでいく。人生は選択が織りなす模様ともいえる。そのとき、人それぞれに「選択する力」の差がある。私はその「選択する力=選択力」を次の3つで考える。すなわち、

  ・「選択肢を判断する力」
  ・「選択肢をつくる力」
  ・「選択を(事後的に)正解にする力」

1番目は、眼前にある選択肢のうちどれが最良のものかを分析・判断する力。2番目に、自分が選べる選択肢をつくり出す、増やす、呼び寄せる力(これが本項の中心論議だった)。そして3番目に、自分が選んだ道をその後の努力で「これが正しかった!」と思える状況をつくる力。

選択力を考えるとき、誰しも1番目ばかりに頭がいく。そしてこれを鋭く磨くことのみを考える。だが、人生・キャリアを切り拓いている人は、2番目をしたたかにやり、3番目をしぶとくやっていることに気がつくべきだ。








Related Site

Link