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個と組織の自律性~米・パタゴニア社『社員をサーフィンに行かせよう』

4.3.3


今日、従業員の自律性を高めることは、人材育成上の大きな課題となっている。ここでは、個々の自律性を考える教材として、一冊の本を取り上げたい。その中には、自律的な働き手たちのひとつの模範がある。その本とは───

『社員をサーフィンに行かせよう-パタゴニア創業者の経営論-』
(原題:Let My People Go Surfing)
イヴォン・シュイナード著(森摂訳)、東洋経済新報社

米・パタゴニア社はアウトドアスポーツ愛好者の間では多くが知る道具・衣料メーカーである。本社はカリフォルニア州の太平洋を望むベンチュラにあり、日本支社は神奈川県鎌倉市にある。いずれも間近にサーフィンのできる海岸があることがミソだ。

それで、この本の「日本語版への序文」を少し長いが引用する(部分的に省略した)。

◇ ◇ ◇

私たちの会社では、本当に社員はいつでもサーフィンに行っていいのだ。もちろん、勤務時間中でもだ。平日の午前11時だろうが、午後2時だろうがかまわない。いい波が来ているのに、サーフィンに出かけないほうがおかしい。私が「社員をサーフィンに行かせよう」と言い出したのには、実はいくつか狙いがある。

第一は「責任感」だ。私は、社員一人一人が責任を持って仕事をしてほしいと思っている。いまからサーフィンに行ってもいいか、いつまでに仕事を終えなければならないかなどと、いちいち上司にお伺いを立てるようではいけない。もしサーフィンに行くことで仕事が遅れたら、夜や週末に仕事をして、遅れを取り戻せばいい。そんな判断を社員一人一人が自分でできるような組織を望んでいる。

第二は「効率性」だ。自分が好きなことを思いっきりやれば、仕事もはかどる。午後にいい波が来るとわかれば、サーフィンに出かけることを考える。するとその前の数時間の仕事はとてもはかどる。たとえば、あなたが旅行を計画したとすると、出発前の数日間は仕事をテキパキやるはずだ。机に座っていても、実は仕事をしていないビジネスマンは多い。彼らはどこにも出かけない代わりに、仕事もあまりしない。仕事をしているふりだけだ。そこに生産性はない。

第三は「融通をきかせること」だ。サーフィンでは「来週の土曜日の午後から」などと、前もって予定を組むことはできない。もしあなたが真剣なサーファーだったら、すぐに出かけられるように、常日頃から生活や仕事のスタイルをフレキシブルにしておかなければならない。

第四は「協調性」だ。パタゴニアには、「私がサーフィンに行っている間に取引先から電話があると思うので、受けておいてほしい」と誰かが頼むと、「ああ、いいよ。楽しんでおいで」と誰もが言える雰囲気がある。そのためには、誰がどういう仕事をやっているか、周囲の人が常に理解していなければならない。

第五の狙いは「真剣なアスリート」を多く会社に雇い入れ、彼らを引き止めることだ。なぜ、真剣なアスリートを多く雇いたいのか。それは、私たちの会社は、アウトドア製品を開発・製造し販売しているからだ。自然やアウトドアスポーツについては、誰よりも深い経験と知識を持っていなければならない。

結局、「社員をサーフィンに行かせよう」という精神は、私たちの会社の「フレックスタイム」と「ジョブシェアリング」の考え方を具現化したものにほかならない。この精神は、会社が従業員を信頼していないと成立しない。これを私なりにMBAと呼んでいる。「経営学修士」ではなく、「Management By Absence(不在による経営)」だ。いったん旅行に出ると、私は会社には一切電話しない。そもそも携帯電話もパソコンも持っていかない。もちろん、私の不在時に彼らが下した判断を後で覆すことはない。社員たちの判断を尊重したいからだ。そうすることで、彼らの自主性がさらに高まるのだ。



◇ ◇ ◇

……どうだろう、私はここに「自律的な個人と自律的な組織」のひとつの模範をみる。

読者の中には、「これは特殊な会社の事例だ」「企業プロパガンダの施策ではないか」「うちの事業サービスでは従業員が職場を離れることなど非現実的」「大企業組織ではそもそも無理」などといった感想があるかもしれない。

いや、ここで着目してほしいのは、パタゴニア社の「やり方」ではなく「考え方」だ。つまり、

・自律的な組織のみが自律的な個人を育むことができる。
 そして自律的な個人が、その組織をより自律的に強めていく。
・自律性とは知識や技能とは別次元のものである。
 それは心の構え様であり、習慣、文化でもある。
・自律的な個人と自律的な組織の間で強力なエンジンとして回転しているのは
 経営者の思想である。



私はこれらの考え方をこそ多くの組織は真剣に取り込む必要があると思う(やり方は組織それぞれに適合したものがあるにちがいない)。

組織・人事の世界では、ひところ、というか今でもなお、社員のキャリアの自律性を高めるためには「ポータブルスキル」を身につけさせることだという考え方がなされる。これは誤りだ。

「会社を越えて持ち運び可能なスキルを持てば、どこの会社でも雇ってもらえる=自律的」という解釈なのだろう。これは自律的という意味を矮小化している。

先の二番目にあげたとおり、自律性は、知識や技能の習得の問題ではない。いくら知識を豊富に持っていても、いくら技能に長けていても、「みずからの判断を下せない」「みずからの仕事をつくり出せない」「みずからのキャリアを拓いていけない」働き手は多く存在する。自律的であるとは、みずからの「律」(=規範・価値観)に基づいて判断・行動ができ、みずからの選択肢をつくり出し、局面を拓いていこうとする心の構え様の問題なのだ。

自律性は心の構え様であるだけに、他人がテクニック的に教えることはできない。本人がみずからの内に醸成するしかない。他者ができるのは、その醸成の刺激づけや範を示すことである。だから、自律性の強い組織からは、自律的な人財が育ち輩出する流れができる(逆に他律的な組織では、他律的な働き手が居つき、自律的な働き手は流出する)。そして自律を促す経営者の思想や理念は、そこに組織文化を生み、求心力を生む。

力強い個の力強い組織をつくるためには、まず「自律性」の涵養からはじめなくてはならない。プロ野球監督としていくつものユニフォームを着た野村克也さんも次のように言う。

「しつけの目的は、自分で自分を支配する人間をつくること」。
(『野村の流儀』より)



そのために、パタゴニア社のシュイナード社長は「社員をサーフィンに行かせよう」という方法をとった。さて、あなたの組織では、どんな取り組み・仕掛けがなされているだろうか。あるいは、組織の中心者は「自律性」ということに対し、どんな思想・理念を現場の一人一人に発しているだろうか。






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