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「苦」と「楽」の対称性

5.5.1



◆「10の夢を見れば、10の面倒くさいことが来る」 by 矢沢永吉
強烈な個性を発し続けるミュージシャン、矢沢永吉さんが糸井重里さんとの対談で次のように語っていた。

矢沢: いいことも、わるいことも、あるよ。昔、僕が言ったこと、覚えてる? 「プラスの2を狙ったら、マイナスの2が背中合わせについてくる。プラスの5を狙ったら、マイナスの5がついてくる。プラスを狙わないなら、マイナスもこない。ゼロだ」って。で、どうしますか?って、神様が言うんだよ。俺は、若さがあったから言えたんだよ。「えい。くそ、一度の人生、オレは10狙ってやる!」ってね。そしたら、間違いなかったね、10の敵が来たよ。

糸井: 表裏がセットなんだね。

矢沢: セットなんだから、いろんなことが足引っ張るんだよ。めんどくせーわけよ! 10の夢を見たら、案の定、10の面倒くさいことがきたよ。だけどさ、面倒くさいからとか、いやだとかで一歩も動きません、ゼロでいいです、というのは悲しい話でね。(中略)じーっとしとけば、叩かれることもなかったんだよ。ところが、じーっとできないじゃん。

                                                ───『新装版ほぼ日の就職論「はたらきたい」』より



夢と面倒くさいことはセットである。夢の大きさに比例して面倒くさいことが付いてくる。あの矢沢節でこう言われたなら、強力な説得力をもって腹にズドンとくるだろう。

55101



生きるうえで、働くうえで、いつでも喜びは苦労と対になっている。だから、ほんとうの苦労を経なければ、ほんとうの喜びを味わうことはできない。そこそこの苦労から得られるものは、そこそこの喜びでしかない。フランスの哲学者も次のように言い表わす。

「登山家は、自分自身の力を発揮して、それを自分に証明する。この高級な喜びが雪景色をいっそう美しいものにする。だが、名高い山頂まで電車で運ばれた人は、この登山家と同じ太陽を見ることはできない」。 ───アラン『幸福論』



55102



また、詩人、加島祥造さんの言葉はこうだ。

「高い山の美しさは深い谷がつくる」。     ───加島祥造『LIFE』


55103



◆深い悲しみと高い喜びが人間の厚みをつくる
苦と楽は対称性を成し、その幅は体験の厚みとなり、人間の厚み、仕事の厚み、人生の厚みをつくっていく。ドストエフスキーがなぜあれだけの重厚な小説を書き残せたのか。それは彼の死刑囚としての牢獄体験や持病のてんかんなど、暗く深い陰の部分が、押し出され隆起して至高の頂をつくったからにちがいない。キリスト教にせよ仏教にせよ、なぜいまだに多くの人に連綿と信じ継がれているのか。それは、イエスや釈迦の悲しみが深く大きいために、愛や慈しみもまた深く大きいと人びとが感じるからではないだろうか。

昨今、文学にしても、絵画、映画にしても、作品が小粒になったと言われる。それは豊かで穏やかな社会が苦を和らげるために、表現者の厚みをなくさせていることがひとつの理由にあるのかもしれない。

そんな人生の真実を熟知していたのだろう。陶芸家で人間国宝だった近藤悠三は、つくれど、つくれど、みずからの作品が大きくなっていかないことを思いわずらい、次のように語ったと井上靖さんは書き留めている。

「なんぞ、手でも指でも一本か二本悪くなるか、腕でも片方曲らんようになれば、もっと味わいの深いもんができるかと思うし、しかし腕いためるわけにもゆかんので、夜、まっくらがりで、大分やりましたねえ。そして面白いものできたようやったけど、やっぱし、それはそれだけのものでしたね」。 
                                                        ───井上靖『きれい寂び』より


あえて自分の身体の一部を不自由にしてまで芸の極みに到達したい。それほどまでに近藤は苦を欲していたのだ。

苦と楽は対称性をもつ。そしてその苦楽の幅は、その人の厚みを形成する。もし、自分がある不幸や不遇、悲しみやつらさのなかにあるなら、それとは対称の位置にある幸福や喜びを得られる可能性がある。

だから考え方によっては、自分がネガティブな状態にあることは、ある意味、すでに半分の厚みを得ているわけで、あとはその反対側にある半分のポジティブを手に入れるチャンスが目の前にあるということだ。

もし、いまの自分が幸も不幸もそこそこレベルだとしたら、自分の厚みもそこそこということになる。そんなそこそこで満足していてはダメだというのであれば、矢沢さんの言ったとおり「プラス2」を狙うのではなく、「プラス10」を狙う生き方に変えてみることだ。そして身に降りかかってくる「マイナス10」を勇敢に乗り越えることで、「プラス10」を獲得する。その過程で、その人は「20」の厚みに成長していく。そしてその後、「20」の厚みに相応する仕事をし、それに引き合う人間を呼び寄せ、環境を変えていく。

先天的に、あるいは自分の思いのきかないところで苦労を背負わされることはさまざま起こる。だが、そのマイナス分をプラスに転じていこうとするのは自分の選択だ。

また、特段苦労はないという生活のなかに、夢や志を描いて、その成就のための負荷を意図的につくりだそうとするのも自分の選択だ。人生の厚みを決めるのは、やはり自分の意志であり、選択なのだ。

「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」という言葉のとおり、自分が石になるか、玉になるか、の選択はいつも自分にあり、その境目は艱難を選ぶかどうかにかかっている。モンテーニュは『エセー』でこう記す───

「人は軽薄の友である歓喜や、快楽や、笑いや、冗談によって幸福なのではない。むしろ、しばしば、悲しみの中にあって、剛毅と不屈によって幸福なのだ」。


いまこの記事を書いているのは、厳冬の2月。
冬の寒さを知るほど、春の陽の暖かさを知る。まもなく春が巡ってくる。



【補足の考察】

「苦と楽は対称性をなす」という考え方のほかに、「苦と楽は表裏一体である」というとらえ方もできる。苦と楽、美と醜、善と悪のように対立する概念を、一体のものとしてとらえる思考は、特に東洋哲学において顕著である。

『梵我一如』(「梵=宇宙」と「我=個人」は一体である)や『因果一如』(原因と結果は一体である)、『色心不二』(「色=肉体・物質」と「心=魂・精神」は一体である)、『身土不二』(「身=行い」と「土=環境)は一体である)など、東洋は二元論で分離させず一元論で考えることをしてきた。

55104その概念イメージは、苦と楽を「メビウスの環」の表裏としてとらえることもできる。ちなみに、美と醜、善と悪などの対立概念をこうしてメビウスの環に描く発想は、江戸中期の禅僧である白陰(はくいん)が、布袋(七福神の一つ)をモチーフにした禅画のなかで試みている。




ライフワークとは「醸造する仕事」である

1.7.3



◆ライフワークとは「醸造する」仕事である
毎年、師走になるとベートーヴェンの『第九』があちこちから聞こえてくる。第九の合唱曲『歓びの歌』は、ドイツの大詩人フリードリヒ・シラーの詩を元にしている。

シラーが『歓喜に寄せて』と題した詩を書き起こしたのは1785年。若き23歳のベートーヴェンは1793年にその詩に出会い、そこに曲をつけようと思いつく。当時すでに音楽家として頭角を現し始めていたベートーヴェンであったが、やはり巨人シラーの詩には、まだ自分自身の器が追い付いていないと思ったのだろうか、それに曲をつけられずにいた。

……そこから歳月が過ぎ、『ベートーヴェン交響曲第9番』初演は1824年。つまり着想から完成までに30年以上の熟成期間を要しているのである。

ベートーヴェンは30年間、常にそのことを頭の中に持っていて、シラーの詩のレベルにまで自分を高めていこうと闘っていたのだと思う。『英雄』を書き、『運命』を書き、『田園』を書き、やがて耳も悪くなり、世間ではピークを過ぎたと口々に言われ、そんな中、ベートーヴェンは満を持して、自身最後の交響曲として『歓喜に寄せて』に旋律を与えた。

私は、こうした生涯を懸けた仕事に感銘を受けると同時に、自分にとってはそれが何かを問うている。何十年とかけてまで乗り越えていきたいと思える仕事テーマを持った人は、幸せな働き人である。それは苦闘ともいえるが、それこそ真の仕事の喜びでもあるはずだ。

一角の仕事人であれば「時間×忍耐×創造性」によってのみ成し得る仕事に取り組むべきである。

昨今の仕事現場では、スピーディーに効率的に仕事をこなすことがスマートでカッコイイらしいが、「即席×効率でない仕事」「熟成・醸造の仕事」は、それ以上にカッコイイ。スピーディーに効率的につくられたワインやチーズがおいしいだろうか。少なくともその類を私は食べたいとは思わないし、それをつくる側にもなりたくない。


◆ライフワークとは「何によって憶えられたいか」ということ
ビジネス現場で、私たちは日々せわしなく働いている。1年タームの目標管理は、半年ごととなり、四半期ごととなり、そして週ごとの報告があり、毎朝のミーティングがあり……。気がつけば、会社に入って3年、5年、10年か、となる。

私は、次に紹介するピーター・ドラッカーと内村鑑三の言葉を、毎年、年初にダイヤリー手帳の1ページ目に書くことを勧めている。

○「私が十三歳のとき、宗教のすばらしい先生がいた。
教室の中を歩きながら、『何によって憶えられたいかね』と聞いた。
誰も答えられなかった。先生は笑いながらこういった。
『今答えられるとは思わない。でも、五十歳になっても答えられなければ、
人生を無駄にしたことになるよ』」。
                        ───ピーター・ドラッカー『プロフェッショナルの条件』より


○「私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、
このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も残さずには死んでしまいたくない、
との希望が起こってくる。何を置いて逝こう、金か、事業か、思想か。
誰にも遺すことのできる最大遺物、それは勇ましい高尚なる生涯であると思います」。
                        ───内村鑑三『後世への最大遺物』より




◆ライフワークとは「無尽蔵に湧出するオイルの燃焼」である
上の言葉のように、ドラッカーと内村は奇しくも人生50年目を重要な時点ととらえた。しかし、使命に目覚めた人間の力は想像を超える。50を超えてもまだまだ生涯を賭して仕事をやるリスタートは可能なのだ。

もともと商人であった伊能忠敬が、測量技術・天文観測の勉学を始めたのは51歳である。そして全国の測量の旅に出たのが56歳。以降、死ぬ間際の72歳まで測量を続けた。彼の正確な計測は、『大日本沿海輿地全図』として結実する。おそらく伊能忠敬の腹の底からは止処もなくオイルが湧き出してきてそれが赫々と燃え盛っていたに違いない。

ライフワークに没入することは、仕事中毒とはまったく別のものである。仕事中毒は病的な摩耗だ。虚脱がずるずると後を引いて人生を暗くする。
しかしライフワークは、健全な献身活動であって、後から後から、エネルギーが湧いてくるのである。ライフワークに勤しむ人は、日に日に新しい感覚でいられる。そしてライフワークに心身を投げ出す人は、たいてい「ピンピンコロリ」である。

……ライフワークは確かにスバラシイ、しかし自分はサラリーマンの身で目の前には組織から命ぜられた仕事が山積している。そんなものを探し出す頭も体も余裕がない。―――たいていの会社人間はこういうだろう。そんな人のために、フェルディナン・シュヴァルという男を次に紹介しよう。


◆ライフワークとは「~馬鹿」と呼ばれること
フェルディナン・シュヴァルは、フランス南部の片田舎村オートリーヴで1867年から29年間、この地域の郵便配達員をした男である。彼の仕事は、来る日も来る日も、16km離れた郵便局まで徒歩で行き、村の住人宛ての郵便物を受け取って、配達をすることだった。

毎日、往復32kmを歩き続けたその13年目、その小さな出来事は起こった。

彼は、ソロバン玉が重なったような奇妙な形をした石につまずいたのだ。彼はなぜかその石に取りつかれた。そして、その日以降、配達の途中で変わった石に目をつけ、仕事が終わると石を拾いにいき、自宅の庭先に積み上げるという行為を続ける。

彼は結局、33年間、ひたすら石を積み続け、独特の形をした建造物(宮殿)をこしらえて、この世を去った。彼には建築の知識はまったくなかったが、配達物の中に時おり交じってくる絵葉書などに印刷されたさまざまな建築物を見て、見よう見まねで造ったのだ。今日、これは「シュヴァルの理想宮」と呼ばれ、観光スポットにもなっている。(参考文献:岡谷公二著『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』)

私は、この話を知ったとき、「塵も積もれば山となる」という言葉を超えて、シュヴァルの「愚直力」に大きな感銘を受けた。そんなものは単なるパラノイア(偏執病)男の仕業さ、というような分析もあるようだが、たとえそうだったとしても、没頭できるライフワークを見つけたシュヴァルは間違いなく幸福者だったと思う。冷めた他人がどうこう評価する問題ではない。

「~馬鹿」として活き活きと生きること、これができるかどうかは好奇心と意志の問題だ。サラリーマンで忙しくしているから難しいという問題ではない。


◆ライフワークとは「恩返し」
男子フィギュアスケートの高橋大輔選手は、ハンクーバー冬季五輪(2010年)で銅メダルを獲得した後、将来のことについて「スケートアカデミーみたいなものを作ってみたい。僕はコーディネーターで、スピン、ジャンプとかそれぞれを教える専門家をそろえて……」と語っていた。結局、現役続行ということでその計画はしばらく置くことになったが、彼は将来必ずやると思う。

また同じように、プロ野球の読売巨人軍、米大リーグ・パイレーツで活躍した桑田真澄選手も引退表明時のコメントは次のようなものだった。―――「(選手として)燃え尽きた。ここまでよく頑張ってこられたな、という感じ。思い残すことはない。小さい頃から野球にはいっぱい幸せをもらった。何かの形で恩返しできたらと思う」。その後、彼は野球指導者として精力的に動いていると聞く。

人は誰しも若い頃は自分のこと、自分の生活で精一杯で、自分を最大化させることにエネルギーを集中する。しかし、人は自らの仕事をよく成熟化させてくると、他者のことを気にかけ、他者の才能を最大化することにエネルギーを使いたいと思うようになる。

働く動機の成熟化の先には「教える・育む」という行為がある。教える・育むとは、「内発的動機×利他的動機」の最たるものだ。

高橋選手や桑田選手も、ひとつのキャリアステージを戦い抜け、その先に見えてきたものが「次代の才能を育む」という仕事であるのだろう。GE(ゼネラル・エレクトリック)のCEOとして名高いジャック・ウェルチも自分に残された最後の仕事は人財教育だとして、
企業内大学の教壇に自らが頻繁に立っていた。プロ野球の監督を長きにわたってやられてこられた野村克也さんも「人を残すのが一番大事な仕事」と語っている。

また、女優のオードリー・ヘップバーンのように晩年をユニセフの親善大使として働き、貧困国・内戦国の遺児を訪ね回るという形の「育む」もあるし、大原孝四郎・孫三郎・総一郎の三代親子のように、倉敷という文化の町を「育む」という形のライフワークもある。

いずれにせよ、こうした「内発×利他」の次元に動機のベースを置く仕事は、ライフワークたるにふさわしい。こうした人々に限らず、一般の私たち一人一人も例外ではない。それぞれの仕事の道を自分なりに進んでいき、その分野の奥深さを知り、いろいろな人に助けてもらったことへの感謝の念が湧いてきたなら、今度はその恩返しとして、その経験知や仕事の喜びを後進世代に教えることに時間と労力を使う―――それは立派なライフワークになりうる。


◆ライフワークとは「働く・遊ぶを超えて面白いもの」
娯楽は英語で「pastime」。その語のとおり「時間を過ごす(パスする)」という意味だ。労働史の中で娯楽というものが生まれてきた背景は、産業革命以降、工場の生産ラインで働く労働者たちが、その単一的な作業から心身を回復させるために気晴らしの時間を過ごす必要があったことである。いわば労役の裏返しとして「pastime」はあった。

現代でもその構図は変わっていない。目の前の仕事を労役と感じている人ほど、娯楽が必要になる。そしてカラダが疲れていればいるほど、その娯楽は受動的に楽しませてくれる時間つぶしのものになる。「やれやれ、せめてリタイヤ後は趣味でも見つけて穏やかに暮らしたい」そう願う人はたくさんいるだろう。

しかし、「毎日が休日というのは、一つの地獄の定義である」と誰かが言ったように、毎日をpastimeしている暮らしは、耐えられないばかりか、やがてその人間をおかしくしてしまうだろう。運動をしない肉体はかえって衰えてしまい、予期せぬ障害・病状を生むのと同じように。健康に長生きする秘訣の1つは「朝起きたとき、さぁやるぞという仕事があること」なのだ。

作家の村上龍さんは『無趣味のすすめ』で次のように書いている───

「趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、
人生を揺るがすような出会いも発見もない。
心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。
真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクを伴った作業の中にあり、
常に失意や絶望と隣り合わせに存在している」。 


趣味を全否定するわけではない。私もいろいろ趣味を楽しむほうだ。しかし、快活で健やかな人生の基本はやはり「よく働き・よく遊ぶ」である。そして、ライフワークは働くよりも面白く、遊ぶよりも面白いものなのだ。ライフワークとは、働くと遊ぶを超えたところで統合された夢中活動と言ってもいい。真剣にやる「道楽」かもしれない。


◆ライフワークとの出合いはすでに始まっている
ライフワークはひとつの「天職」だと言ってもよい。天職は漫然と働いていて、ある時、偶然に出合えるものではない。それを欲する意志のもとに動いていると、いつか知らずのうちにその門を通り過ぎていて、気がついたときには「ああ、これが天職だったのか」と認識するものにちがいない。

だから少なくとも、天職・ライフワークを見出そうとすれば、それを欲するところから始まる。その欲するスタートは、20代だろうが30代だろうが、50代だろうが、早すぎることもないし、遅すぎることもない。

欲する意識を持ってアンテナを立てておけば、
ある日、何かヘンテコな石につまずき、
それが大きなものにつながっていくようなことが起きる。





「天職」とは“境地”である

1.7.2



私は 「天職とは、仕事を通して得た最上の境地」 ととらえている。

つまり、何十年と働いてきて、「ああ、ほんとうに自分はこの仕事でよかった」と思えるときの天職の「職」とは、特定の「職業」ではなく、「境地」と置き換えてもいいようになるのだ。

西村佳哲さんが書かれた『自分の仕事をつくる』(晶文社)という本がある。著者がものつくり系のデザイナー・職人たちをさまざまに訪ね、「仕事とは何か」というテーマを追っていく良書だが、このなかで興味深いコメントが散見される。

例えば、東京・富ヶ谷にパン屋「ルヴァン」を開く田中幹夫氏のコメントは───

「パンそのものが目的ではないな、という気持ちが浮かんできた。
……パンは手段であって、
気持ちよさだとかやすらぎだとか、平和的なことを売っていく。
売っていくというか、パンを通じていろんなつながりを持ちたいというのが、
基本にあるんだなと思います」。


また、日本在住の人気デザイナー、ヨーガン・レール氏のコメントは───

「自分の職業がなんであるとか、そういうことはあまり気にしません。
私は、モノをつくってるというだけでいいです(笑)」。



これらはまさに天職を生きている人たちの言葉だ。
彼らの心の次元では、もはやパン焼き職人とか、アパレルデザイナーだとかの具体的な職業は主たる問題ではなくなっている。いまのこの力強い心の平安を自分にもたらしてくれている職業が、たまたまパン職人であり、デザイナーである、というところまで気持ちが昇華されているのだ。つまり、これらの人たちは、仕事を通じてある高みの境地に達したといえる。

この悟りにも似た感覚は、私自身も感じるし、私がビジネス雑誌記者時代に遭遇した一級の仕事人たちも同じようなことを口にしたのを記憶している。


◆ふつふつと湧き起こる想いが天職への入り口
このような天職境地にたどり着くための必須要件は「想い」である。
先の田中氏にしても、レール氏にしても、彼らは決して何々という職業の形にこだわってはいないし、それを始めるにあたって、仕事と能力のマッチングがどうだこうだと適性診断テストで自己分析したわけでもないだろう。ましてや雇用の形態や会社の規模、年収額など気にかけたはずはない。

彼らは内奥からふつふつと湧く「想い」をただ実現しようと生きてきた(いる)だけである。「想いの実現」が目的であり、職業は手段なのだ。その結果として天職を感得した。

「想いの実現」を奮闘していった後に“ごほうび”として得られる泰然自若の状態
―――それが天職だ。


昨今の働き手は、職業選択にあって、職種・会社・雇用条件という外形や、能力適性の問題を過度に考えるきらいがある。もちろんここを無視してよいわけはないが、念入りに自己分析や情報収集、雇われ先への要求などをやるわりには、自分の想いは放置したままというのが大半ではないだろうか。

人生で天職を得たいのであれば、最も重要なものは「想い」である。だから、私が行う研修プログラムのなかで最も注力するのは、「想いを描く」という部分である。ここで言う「想い」というのは、単に情緒レベルから発せられる自分のやりたいことや好きなことではない。もっと強い意味・価値を含んだ意志的なものである。

受講者一人一人のかけがえのない職業人生にあって、
「何を働く中心テーマ」に据えたいのか、
自分という能力存在を使って「何の価値」を世の中に届けたいのか、
日々の仕事のアウトプットには「どんな想い」を反映させたいのか、
そして自分の送りたい人生は「どんな世界観」なのか、
……これらを各人がうまく引き出せるように刺激を与える。

これらを肚で語れないかぎり、会社員はずっと「働かされ」モードから抜け出ることはない。当然、天職という境地にたどり着くこともない。だが逆に、もし自分の想いのもとに会社組織のなかで仕事をつくり出せるなら、そんないいことはない。安定して雇用されながら、天職にも近づいていけるのだ。

ただ実際は、会社員として安定的に雇用され、そこそこの給料で生活が回っていくと、自分の想いを描かず、あるいは想いにかなう仕事なんて見つかりはしないとあきらめ、適当な満足感で安住し、会社にぶらさがる生き方も出てくる。「想い」を持とうとしない人は、天職から遠くなるばかりでなく、能動・主体の人生も危うくなる。




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