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「自信」について ~自らの“何を”信じるのか

5.6.1



ところで、私は長らく調布市(東京都)に住んでいる。2010年、NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』効果で市はたいへん盛り上がった。そんなことを冒頭に触れておき、きょうは、「自信」ということを見つめなおしてみたい。

「あなたには自信がありますか?」と言ったとき、その自信とはどんな含みだろうか。
つまり、「自信」とは読んで字のごとく「自らを信じる」ことなのだが、
自らの“何を”信じることなのだろうか。


◆2種類の自信
今日では、何か目標や課題に対しそれをうまく処理する能力が自分にある、そして具体的な成果をあげられると強く思っている―――そんな意味で使われる場合がほとんどだ。つまり、「自らの〈能力と具体的成果〉を信じる」ことを自信と言っている。

しかし、自信とはそれだけだろうか? 自信という言葉はもっと大事なものを含んでいないだろうか?

広辞苑(第六版)によれば、自信とは、「自分の能力や価値を確信すること。自分の正しさを信じて疑わない心」―――とある。そう、能力を信じる以外に、自分の「価値」を信じる、自分の「正しさ」を信じるのも自信なのだ。

だから、たとえ自分の能力に確信がなくとも、具体的成果が出るか出ないか分からないにしても、自分に(自分のやっていることに)価値を見出し、意味や正しさを強く感じているのであれば「自信がある」と言い切っていいのである。

自信を2つの種類に分けるとすれば、

1:「能力・成果への自信」=自らの〈能力と具体的成果〉を信じる
2:「やっていることへの自信」=自ら行っていることの〈価値・意味〉を信じる


となるだろうか。前者は「達成・有能志向」であるし、後者は「意義・役割志向」である。


◆水木しげるさんの自信は何だったか?
私は2番目の自信を強く持ち続け、結果的に大成した人物として『ゲゲゲの女房』で再び時の人となった漫画家・水木しげるさんをイメージする。

水木さんは終戦後、兵役から戻り絵を描く商売で身を立てようとするのだが、売れない時代が何年も続き、夫婦は赤貧の日々だった。水木さんには売れる漫画を描くという(いわばマーケティング)能力への自信はまったくなかった。しかし、自分の描いている作品への価値や意味に関しては揺るぎない自信があった。ゲゲゲの女房こと武良布枝さんは、どん底の貧乏で明日のことは見えなかったが水木さんのその自信にずいぶん励まされもし、安心感も得たという。

自分に果たして能力があるのか、それで成功できるのか、などをいちいち深刻にとらえず、自らのやっていることを信じ、肚を据えてひたむきに仕事と向き合う。そしてつくり出したものを世間に「これでどうだ!」とぶつけることをやり続ける。自らが信じる価値や意味の中からエネルギーを湧かせる―――これも間違いなくひとつの自信の姿である。

『ゲゲゲの女房』の佳境は何と言っても、長く続く不遇の日々のなか、大手出版社の編集者がひょっこりと事務所に現れ、以降、水木さんがとんとん拍子に出世していく箇所だ。原著『ゲゲゲの女房』では第4章にあたり、見出しは「来るべきときが来た!」となっている。

著者の布枝さんによれば、夫(水木しげる)の信念と積み重ねた努力が報われないはずがない、報われる準備をしてきて、いま、それがこういう形で報われたのだ、ということだ。水木さんは、1番目の「能力・成果への自信」というより、2番目の「やっていることへの自信」を捨てなかったことによって大輪の花を咲かせた事例である。さらに言えば、2番目の自信を貫き懸命に仕事をやった結果、ついには1番目の自信も獲得した、そんな事例だ。

昨今のビジネス現場では、何事も能力と具体的(特に量的)成果が問われる。そのために、「自分には十分な能力がないのではないか」とか、「他より優れた成果を出すことができるだろうか」といった不安に取り囲まれ縮こまってしまう。そして結果が伴わないと「自分は有能ではない」といたずらに自分を追い込んでしまう。

そうした現状にあって、私が言いたいのは、仕事をする本人も、そして上司や組織も、能力や成果に対しての自信をとやかく問い過ぎるな、その自信を問うよりも、もうひとつの自信、つまり、「自分がやっていることの価値・意味への自信」をもっと掘り起こせ、ということだ。

私個人の話をすると、私は独立して10年超が経ち、何冊かの著書を刊行させてもらっている。私は当初から事業をうまくやる能力や本を書く能力に自信があったわけではない。ましてやヒット商品やベストセラー本を当てる確信もなかった。しかし、自分のやろうとする事業や自分の書く本の意義に関しては依怙地なまでに譲れない軸を持って、自らを信じてやってきたつもりである。

「やっていることへの自信」は、何よりも“粘り”を生む。能力の不足や見込みの甘さによって事業の苦労は絶えないが、自分が価値を見出している仕事であるから、粘れるのだ。粘れるとは、多少の失敗にもくじけない、踏ん張りどころで知恵がわく、楽観的でいられる、そんなようなことだ。

そしてもがいているうちに、本当に必要な能力もついてくる、成果も出はじめる。まさに水木さんと同様、2番目の自信がベースにあれば、1番目の自信は時間と労力の積み重ねのうちについてくるものであることを実感している。


◆自信の4象限
自信を持つことにおいて最良の状態は、「能力・成果への自信」と「やっていることへの自信」の両方を持つことだが、どうすればそういう境地に至れるのか―――それを図で考えてみたい。

次の図は、本記事で説明した2つの自信を分類軸に用い、4象限に分けた図である。
それぞれの象限を次のように呼ぶことにしよう。

〈達人〉=「能力・成果への自信:強い」×「やっていることへの自信:強い」
〈腕利き〉=「能力・成果への自信:強い」×「やっていることへの自信:弱い」
〈使命感の人〉=「能力・成果への自信:弱い」×「やっていることへの自信:強い」
〈縮こまり〉=「能力・成果への自信:弱い」×「やっていることへの自信:弱い」

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理想の境地〈達人〉に至るには2つのルートがある。
ひとつめに、まず自信のベースを「能力・成果への自信」に置き(=「腕利き」となり)、そこから自分のやっていることへの価値や意味を見出していって〈達人〉に至る―――これがルートSである。

ふたつめに、まず自信のベースを「やっていることへの自信」に置き(=「使命感の人」となり)、そこから能力や成果への自信をつけていって〈達人〉に至る―――これがルートBだ。もちろん一個の人間の内で起こることはとても複雑なので、実際のところ、人はルートSとBを混合させながら動いていくわけであるが、ここでは単純化して考える。

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◆2つの坂
次にこの4象限を斜めから俯瞰したのが下の図である。
この図は、〈達人〉の境地が最も高いところに位置しており、そこへの道のりは、2つの坂を上っていかねばならないことを示している。

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ひとつの坂は「能力・成果への自信」をつけるための傾斜で、すなわち、習得する・熟達する・安定して成果を出すという技能的な鍛錬をいう。もうひとつの坂は「やっていることへの自信」をつけるための傾斜で、すなわち、やりがい・意義・使命感を見出すという意志的な希求をいう。

〈達人〉に至るルートSとルートB、この2つはどちらがよいわるいというものではない。人それぞれにいろいろあっていい。さきほど水木しげるさんや私個人の例で示したのはルートBのほうだ。

Bの場合、〈使命感の人〉になるまでのルートB1という坂を上ってしまえば、そこからもうひとつの坂(ルートB2)を上るのは必然性があるので努力がしやすい。なぜなら上で説明したように、「やっていることへの自信」がある人は、それを世の中に知ってもらおう、広げようとする“粘り”が出て、技能的な習熟に自然と懸命になれるからである。その点で、〈使命感の人〉は比較的〈達人〉に近いといえる。

一方、〈腕利き〉は〈達人〉から遠くなる場合がある。というのは、〈腕利き〉は、ルートS1という坂を上って能力・成果に対する自信をつけていくのだが、自分の腕前が上がってくると、技能や知識そのものが面白くなってきたり、成果をあげることで経済面で裕福になったり、成功者として満足を得たりして、その状態に留まってしまうことが起こるからだ。

ルートS2という坂は、価値や意味を見つけるというあいまいな作業である。技能を磨く、成果を出すといったような具体的なものではない。だから〈腕利き〉の状態にある人たちは、少なからずが〈達人〉を目指さなくなる。

私は仕事上、多くの人のキャリアを観察しているが、〈腕利き〉に留まった人ほど、燃え尽き症候予備群であったり、人事異動によってその後のパフォーマンスがぱたりとさえなくなったり、リタイヤ後の人生に漂流観を感じたりする場合が多いようだ。

また、〈腕利き〉の中でも、仕事をひとつの求道だとみる人、職人気質の人、何か大きな病気にかかった人などはルートS2の坂をしっかり上っていくように思う。

加えて言っておけば、〈使命感の人〉にも陥りやすい穴はある。自分のやっていることに大きな意味を感じる、とそれだけで自己満足になってしまい、技能的な努力をおざなりにしてしまうことや、自分のやっていることは正しく社会的意義があるのだから、世の中は当然認めてくれるはずだという期待がわき、成果を意図的に出そうとするのではなく、成果を半ば受け身で待つという姿勢になりやすい。いずれもルートB2を上らなくなるという穴だ。こんなとき、〈使命感の人〉に対するアドバイスは、「正義は勝つ」のではなく、「正義は勝ってこそ証明される」を意識させることである。


◆「長けた仕事」と「強い仕事」
〈腕利き〉は、自らの専門技術や知識を活かして「長けた仕事」をする。〈使命感の人〉は、自らの強い価値信念のもとに「強い仕事」をする。

前者の「長けた仕事」においては、目標の達成度や事がうまくできたかどうかの優劣が問われ、競争が働く者を刺激する。後者の「強い仕事」においては、成すべきことの意味や自分の役割が問われ、共感が働く者を刺激する。

「長けた仕事/競争」も「強い仕事/共感」もどちらも大事であるが、昨今の事業現場では、「長けた仕事/競争」への偏りが大きいことが問題だ。

いったい今のあなたの職場に、自分の仕事に関し、自分自身への意義、組織への意義、社会への意義を見出しながら、こうあるべきという信念を軸に自律的な「強い仕事」をしている働き手がどれくらいいるだろうか。それと同時に、上司や組織は、そうした意義を引き出すために、どれだけ個々の働き手たちと共感の対話をしているだろうか。(これについては拙著『個と組織を強くする部課長の対話力』で詳しく書いた)

“skillful”な(スキルがフル=技能が詰まった)人財ばかりを求め育てるのではなく、
“thoughtful”な(思慮に満ちた)人財を増やしていくことに
もっと上司と組織は意識を払うべきである。

そのためにはまず、上司と組織が、自組織にとっての2番目の自信、すなわち、自らの組織がやっていることの価値・意味を信じることが不可欠だ。そしてそれを言語化して、部下や社員に表明できなくてはならない。企業が単に利益創出マシンになっているところからはこの自信は生まれてこない。


◆負けたら終わりではない。やめたら終わりだ
個人においても組織においても、自信をもつことは精神的な基盤をもつことに等しい。逆に、自信をなくすことは基盤をなくすことでもある。

自信には2つあるが、では、1番目の「能力・成果への自信」と2番目の「やっていることへの自信」とどちらが最下層の基盤なのだろう?―――私は後者だと思っている。

先日、知人のベンチャー会社経営者と会ったとき、会社存続が危ういことを打ち明けられた。事業整理もし、人員整理もし、ぎりぎりのところで踏ん張ろうとするのだが、それでも見通しは厳しい。いっそ会社をたたんでリセットしてしまい、一人身軽に再出発するほうがはるかにラクだという。有能なコンサルタントであった彼の自信はもはやズタズタに切り裂かれた。経営能力の不足、経営者としての未熟さ……自分を責めても責めきれないのだが、そうこうしている間にも、次の資金繰りのタイムリミットもくる。

「やはり会社をたたむかな」……。
そこで会ったとき、彼は最後にそうつぶやいていた。

2週間ほど経ち、再び彼から連絡があった―――会社をたたまずに頑張りたいと。彼の内では、「能力・成果への自信」は完全に砕かれていたが、「自分がやろうとしていることへの自信」は消えていなかったのだ。確かに彼は、会社を軌道に乗せるというビジネスの勝負にはいったん負けた。しかし、負けたからといってそこで終わりではない。自分がやりたい・やるべきだと信ずるものを持ち続けることをやめたら、そこが本当の終わりなのだ。

彼は起業当初の志をまだ捨てていない。最下層の基盤は彼の内で死守された。自信とは不思議なもので、特に2番目の自信は、苦境や不遇の状態に身を沈めているときにこそ強化される場合がある。

なぜなら、2番目の自信は「意志的な希求」という坂を上ることによって得られるもので、まさに人は、苦しい状況にあればあるほど価値や意味といったものを真剣に求めようとするからだ。言い方を変えれば、自らの信ずるものは、苦難によって篩(ふるい)にかけられるということだ。

たぶん、水木しげるさんも赤貧の下積み時代に、自ら信ずるところの想いを地固めし、自らの存在意義を確かめながら、20年30年分のアイデアを溜め込んでいたのではないだろうか。そうした自信を基盤にした人は、突然のブレイクでヒットしたとしても、中身が詰まっているので、その後、泡沫のように消えていかないのが常だ。たまたま要領よくスマートに物事が処理できて、早くから成功してしまい、その能力に自信過剰になった人間が、その後、逆に人生を持ち崩すことがあるのとは対照的である。

「能力・成果への自信」と「やっていることへの自信」、この両方を自分の内に強く持って、〈達人〉の境地で働くこと―――これはすべての働き手にとって大きなテーマである。




 

自分自身の評価眼を持て

3.7.3


「私は五大陸の最高峰に登ったけれど、高い山に登ったからすごいとか、厳しい岸壁を登攀したからえらい、という考え方にはなれない。山登りを優劣でみてはいけないと思う。要は、どんな小さなハイキング的な山であっても、登る人自身が登り終えた後も深く心に残る登山がほんとうだと思う」。

                                                ―――植村直己『青春を山に賭けて』


現代は「個性が多様化する時代」だと言われる。だが、見方によっては、逆に「没個性化がどんどん進む時代」でもある。

たとえば、「あの本はベストセラーだから、きっと面白いんだろう」と、売れている本はますます売れていく。書籍の宣伝の常套コピーは「アマゾン売れ筋No.1!」だ。また、行列ができるラーメン店は、「さぞ、うまいに違いない」ということで、さらに行列ができる。そして、「あのセレブが、何々というブランドのバッグを買った」などと雑誌で紹介されるや、そのブランドバッグは翌日には品切れになるという状況が起こる。

確かに、まずは流行に乗ってトレンドを感じておこうという遊び心はあってよい。また、特に若いころはそうやっていろいろなものを手にとって、「もののよさ/わるさ」を知っていくこともよい。問題は、歳を重ねるにしたがって、モノをみる眼やコトを評価する軸が成熟化していくかどうかだ。流行に乗って遊ぶかたわらで、自分だけの「ほんもの」もきちんと選べているかだ。実際のところは、モノやコトの価値をみずからの基準で判断しようとせず、他人の評価や世間の評判に依存する意識が自分のなかで定着してしまっている人が多いのではないか。

その結果として、誰もが同じようなものを手にし、口にし、耳にし、身につけ、同じようにそこそこ満足するという没個性社会ができあがる。

さて、あなたは、自分の基準で「いいものは、いい!」、「世間では見向きもされていないが、こんなに優れたものがここにある!」と言い切れる“目利き力”をもっているだろうか? それは言い換えれば、自分の中に独自の評価眼を養い、他に説明する力があるかどうかだ。

「個として強い」人は、自分の基準でモノや情報を評価する眼を持ち、それがなぜよいのか、よくないのかを語ることができる。そして、世評や流行に関係なく、自分が認める「ほんもの」を味わう楽しみを知っている。


〈Keep in mind〉
ゴッホの絵を観て、いい絵だと思うのは、既知の巨匠が描いたからなのか。
同じ絵をゴッホの無名時代に観て、
あなたは「美しい!」と言っただろうか?



* * * * *
【補足】

◆福澤諭吉が見透かした日本民族の特性
個々の日本人に対して「独立自尊」を説いた福澤諭吉は、ある日、面白い実験をした。『福翁自伝』の「路傍の人の硬軟を試みる」の箇所で語られている話を紹介したい───

旅先で目的地に向け一人歩いていたときのことである。向こうからやってくる百姓らしき男に、福澤が道をきいた。そのときの福澤の素振りがどこか横柄で士族のように荒い言葉だと見えて、その男はていねいに道を教えてくれ、お辞儀をして去ったという。そこで福澤はこう書く───

「こりゃ面白いと思い、自分の身を見れば持っているものは蝙蝠傘(こうもりがさ)一本きりで何もない。も一度やってみようと思うて、その次に来る奴に向かって怒鳴りつけ『コリャ待て、向こうに見える村は何と申す村だ、シテ村の家数はおよそ何軒ある、あの瓦屋の大きな家は百姓か町人か、主人の名は何と申す』などとくだらぬことをたたみ掛けて士族丸出しの口調で尋ねると、其奴(そいつ)は道の側(はた)に小さくなって、恐れながらお答え申し上げますというような様子だ」。


福澤は人びとの反応に興味がわき、今度は逆をやってみようと思いつく。腰を低くして「もしもし、はばかりながらちょっとお尋ね申します」などと丁寧に話しかける。すると話しかけられた通行人は、福澤を町商人か何かと見なし、横柄に会釈もせずさっさと通り過ぎていくありさまだった。福澤はこうして、通りがかりの人びとに対して、こちらが尊大に出るのと、丁寧に腰を低くして出るのとを代わる代わるに三里ほど試してみた。結果は案の定、人びとは福澤の振る舞いによって、見事変わるのだった。福澤は書く───

「如何(いか)にもこれは仕様のない奴らだ。誰も彼も小さくなるなら小さくなり、横風ならば横風でよし、こうどうも先方の人を見て自分の身を伸び縮みするようなことでは仕様がない、推して知るべし、地方小役人らの威張るのも無理はない、世間に圧制政府という説があるが、これは政府の圧制ではない、人民の方から圧制を招くのだ」。


福澤は、相手次第でこのように驕傲(きょうごう)になったり、柔和になったりする民の様子におおいに落胆し、「まるでゴムの人形を見るようだ」と書いている。だからこそ、日本人一人一人に学問を授け、独立自尊の気概を持たせなければならないと叫んだ。でなければ、この国は容易に欧米列強の属国に成り下がってしまう、との福澤の危機感はいかばかりだったろうか。

◆「分断された個」はそれでも全体を気にしながら情緒的にフワフワと考える
これを昔の話と決め込んではいけない。こうした権威や肩書き、メディア、外見、世間の評判などによって、見方・態度を“ゴム人形のように”軟弱に変える(変えるというか、移ろう)性質は、いまの日本人もさほど変わりがない。

もちろん、立場の上下を慮り、敬語や謙譲語を使い分ける日本の文化は美しい。しかし、それはあくまで所作の面で流麗に応対することの美しさだ。自己の存在の核となる自尊心や価値判断まで相手に依って容易に変えてしまうなら、それはむしろ弱く醜い姿だろう。

一般的に、日本人は「全体の空気のなかに混ざろうとする個が、情緒的に自分の考えのようなものを抱く」、欧米人は「独立した個が、意思的に主張を持ち表明する」と言われる。このことは、私も米国在住経験や海外への度重なるビジネス出張での観察から、おおかた当たっていると思う。ただ、本来的にはこのどちらが「よい/わるい」ということではなく、どちらも過度になると弊害が出てくるということなのだろう。私は米国留学時に、何度も彼らの「個の主張の激しさ」に辟易した。日本に帰ってきたときに、「やっぱり日本はラクだなぁ」と正直思ったものだ。

しかし、日本人のその「全体の空気のなかに混ざろうとする個が、情緒的に自分の考えのようなものを抱く」ことが、新しい傾向性を帯びてきたように感じる。
これまで日本人が全体の空気を感じ取るとき、そこには他に調和したり、他を思いやったりするという美徳に通ずるプラス面があった。これは長らく続いてきた日本の「ムラ社会で互恵的に生きていく文化」の影響によるものだろう。だが、昨今では、「ムラ」の解体はもちろんのこと、核家族化、さらには非婚化、独居化によって、個がますます分断されつつあり、全体へのつながりが急激に薄まっている。その結果、個々が自己の殻に閉じこもりがちになった。

閉じこもりがちになったとはいえ、個は相変わらず世間全体の流れに依りながらしか物事をとらえようとしない。言ってみれば「全体の空気を気にしつつも、分断された個が、情緒的に自分の考えのようなものを抱く」という状態への変化だ。


◆情緒的な所感のやりとりに留まるディスカッション
私が企業の研修現場で観察することを少し加えよう。
私は働くことの根本を考えさせるために、「働く目的は何か?」「仕事とは何か?」「仕事を通して自分は何の価値を届けたいのか?」「成長とは何か?」「金儲けは悪か?」「プロフェッショナルとは何か? 理想のプロ像とはどんなものか?」……といったことを問う。そしてグループで討論させる。

こうした真・善・美・利といった根本の価値論に通じる問いや、意味・理想を語らせる問いについて考えることは、ほんとうに日本人は苦手である。思考空間の下層部に醸成されるべき観が軟弱で、そうした問いを深層部にくぐらせ、自分自身の価値評価による堅固な答えを持つことができないのだ。

討論の様子や個人の発表を聞いていると、情緒的所感が交わされる表層的なものになりがちでどうも迫力がない。「好き/嫌い」「気持ちいい/気持ち悪い」「なんとなく共感できる/共感できない」「カッコイイ/カッコ悪い」といった感覚的なレベルで答えがつくられていき、最後は「しょうがないから・やるしかないから」という諦観に飛躍する。しかも、他の発表を聞きながら、自分の答えがある範囲内に収まっていることに安心を得るふうでもあり。 (もちろん、粒立ちの明快な力強い意志を発表する個人も少なからずいる。それはそれで頼もしいと思うのだが、全体の傾向としてはここに述べたとおりだ)

いずれにせよ、日本人について「個が弱い」という一般論はいつの時代も言われてきたのだろうが、私はこの(研修事業という)仕事をやるようになり、個人個人の意志的に考える力を日々試す立場になって、その一般論の妥当性を直接的に感じる。ただ、だからこそいまの自分の仕事にはいっそうのやりがいも感じている。この『働くこと原論』サイトに、「観を耕せ・強い個になれ」と副題をつけているのもそうした想いからだ。

ちなみに私は、日本人の「全体の空気のなかに混ざろうとする個が、情緒的に自分の考えのようなものを抱く」性質はけっしてネガティブなことではないと思っている。私自身は、これをベースにして、欧米型の「独立した個が、意思的に主張を持ち表明する」色合いを同時に濃くしていきたい。そしてさらには、日本人というアイデンティティを持ちながら、「コスモポリタン」(世界市民)として国内外で仕事をしたいと思っている。



「人材」と「人財」の違いを考える

4.3.1



 〈考える材料1〉        
◆ダイヤモンドの2つの価値

ダイヤモンドには2つの「価値」側面がある。つまり、ダイヤモンドは高価な宝石として取り引きされる一方、研磨材市場においても日々大量に取り引きされているのだ。前者は「財」(たから)としての価値が扱われ、後者は「材」としての価値が扱われている。

1粒1粒のダイヤモンドは、産出されるやいなや、「財」商品に回されるか、「材」商品に回されるか決められてしまう。その両者の境界線はどこにあるのか───それを一言で表せば「代替がきく」か「きかない」かである。

「財」はその希少性・独自性から代替がきかない。だから大粒のダイヤモンドは宝飾品として重宝され、高い値段がつく。石によっては、家宝として代々受け継がれるものもある。時が経ても価値は下がらない。

他方、研磨材として利用されるダイヤモンドは、石粒のなかに異物や空気が混じっていたり、小さかったりして宝石にならない。採掘量は多い。硬いという性質から研磨材に回されるわけだが、使い減ってくれば、やがて新しいものに取り替えられる運命にある。消耗材としてのダイヤモンドの姿がそこにはある。

ダイヤモンドにみる「財」と「材」の価値差は、私たち一人一人の働き手にもまったく同じことが当てはまる。「その仕事はあなたでしかできない」と言われる人は、代替がきかないゆえに「人財」である。逆に、「その仕事はあなたがやっても、他の人がやっても同じ」と言われてしまう人は、代替がきくゆえに「人材」なのだ。

景気に左右されず、いつの時代にも「財」としてのヒトは足りないものだ。ピーター・ドラッカーは『プロフェッショナルの条件』の中で医療機関を例に出し、病院には技術機器が多く投入されているが、ヒトは減っていない。逆にそれを使いこなす高度で高給なヒトが余計に必要になっている旨を書いている。

労働力はいま、はっきりと二極化していく流れになっている。人「材」は安い賃金の労働力、もしくは機械に取って代わられ、飽和していく。その一方、人「財」はかけがえのない価値を持つがゆえに、ますます尊ばれ、逼迫していく。

自分が「材」に留まるのか、それとも「財」に昇華していくのか、ここは人生・キャリアの重大な分かれ目となる。



* * * *

 〈考える材料2〉            
◆ヒトを資源とみるか資本とみるか 

最近、名刺交換をすると、「人財開発部」とか「人財育成担当」とか、“人材”という表記ではなくて、“人財”という漢字を当てる会社が増えてきたように思う。これは、それだけヒトが重要だと認識する組織が増えてきた流れであるのだろう。

私たちの家の中には、火事などで消失してしまいたくない物がたくさんある。成長と共に使い慣れてきた箪笥、思い出の詰まった写真アルバム、海外で買ってきたお気に入りの食器、プレゼントでもらった置時計、新品のスーツ、最新機種の大型液晶テレビ、データを蓄積したパソコン……これらはみんな「家財」である。財(たから)の価値がある。

同様に、組織で働くヒトは、大事な「財」である。だから「人財」と書きたい。「人財」という表記は、ヒトを大切に思いたいという意思表明なのだ。

これは英語表記でも同じことが言える。日本でも一般化している「HR」とは“Human Resource”のことだ。これは、ヒトを“資源”とみている。このとらえ方の下では、ヒトは使い減ったり、適性がよくなかったりすれば取り替えればよいという発想になる。そして経営者は、ヒト資源を他の資源(モノ・カネ・情報)とどう組み合わせて、最大の成果を出すかをひたすら考える。ヒトは「材」という考え方に近い。

その一方で、“Human Capital”という表記も増えてきた。これは、ヒトを“資本”とみる。この場合、ヒトは長期にわたって価値を生み出すものであり、生産のための貴重な元手ととらえる。したがって、経営者は一人一人に能力をつけさせ、そのリターンをさまざまに期待する発想をする。すなわち、「人財」の考え方だ。


* * * *

 〈考える材料3〉     
◆石組みとブロック積み

武田信玄は「人は石垣、人は城」と言った。
1人1人違った個性が心をひとつにして石垣、城となれば、難攻不落の基地ができあがるとの意味だ。

さて、石垣を造るのに、1個1個形の違う石を組み合わせて完成させるのは、技術的に難しいし、手間や時間がかかる。しかし、いったん巧みに組んでしまえば、なかなか崩れない。それに比べ、レンガブロックを積み上げる建造法は、形状と質を規格化し均一化したブロックを扱うため、技術的には容易で、スピーディーに柔軟的に建造ができる。しかし石垣ほどの頑強さは出ない。

事業組織は、実に多様な個性をもつヒトの集まりである。1人1人の働き手を、1個1個形の違う石として活かし、事業という建造物を組み立てていくのは、経営者にとって、人事担当者にとって、上司にとって、とても手間がかかるし、煩わしいし、忍耐と根気の要る作業となる。しかし、そうして成就させた事業というのはとても強いものになる。

その一方、働き手を組織の要求する人材スペックの枠にはめ込み、技能・資格を習得させ、ある価値基準に従わせる―――つまりヒトを規格化し、均質化したブロックにすることで、事業目標をスピーディーに効率よく達成させるという方法もある。経営者にとって、人事担当者にとって、上司にとって、働き手をブロック化したほうが何かと扱いがラクになるのだ。しかし、人びとの関係性は粘りのあるものでなくなり、失うものも多い。

もちろんこの2つは両極の姿であって、実際の組織はこの間のどこかで、ヒトをある割合「石」ととらえ、ある割合「ブロック」ととらえながら用いていく。組織にとって大事なことは、1人1人の働き手を極力個性ある「石」として活かすことだ。ヒトをいたずらに「ブロック」化して、取っ換え引っ換えやればいいと考える組織は、早晩、ヒトが遠ざかっていく。

また、働き手にとって大事なことは、他と代替のきかない「石・岩」となって輝くことである。決して没個性な「ブロック」になってはいけない。組織にとってブロックは使い勝手がよい反面、同時に取り換え勝手もいいのだ。


* * * *

 〈考える材料4〉       
◆宮大工棟梁の言葉

西岡常一さんは、法隆寺の昭和の大修理(1300年ぶりといわれる)を行った宮大工の棟梁である。『木のいのち木のこころ〈天〉』(草思社)から、彼の言葉を少し長いが引き出してみる。

○「口伝に『堂塔建立の用材は木を買わず山を買え』というのがあります。飛鳥建築や白鳳の建築は、棟梁が山に入って木を自分で選定してくるんです。

それと『木は生育の方位のままに使え』というのがあります。山の南側の木は細いが強い、北側の木は太いけれども柔らかい、陰で育った木は弱いというように、成育の場所によって木にも性質があるんですな。山で木を見ながら、これはこういう木やからあそこに使おう、これは右に捻(ねじ)れているから左捻れのあの木と組み合わせたらいい、というようなことを見わけるんですな。これは棟梁の大事な仕事でした。


今はこの仕事は材木屋まかせですわ。ですから木を寸法で注文することになります。材質で使うということはなかなか難しくなりましたな。材質を見る目があれば、この木がどんな木か見わけられますが、なかなか難しいですな」。

○「この大事なことを分業にしてしまったのは、やっぱりこうしたほうが便利で早いからですな。早くていいものを作るというのは悪いことではないんです。しかし、早さだけが求められたら、弊害が出ますな。

製材の技術は大変に進歩しています。捻れた木でもまっすぐに挽(ひ)いてしまうことができます。(中略)木の癖(くせ)を隠して製材してしまいますから、見わけるのによっぽど力が必要ですわ。製材の段階で性質が隠されても、そのまま捻れがなくなるわけではありませんからな。必ず木の性質は後で出るんです。それを見越さならんというのは難しいでっせ」。

○「そうした木の性格を知るために、木を見に山に入っていったんです。それをやめてどないするかといいましたら、一つは木の性格が出んように合板にしてしまったんですな。合板にして木の癖がどうのこうのといわないようにしてしまったんですわ。木の性質、個性を消してしまったんです。

ところが癖というのはなにも悪いもんやない、使い方なんです。癖のあるものを使うのはやっかいなもんですけど、うまく使ったらそのほうがいいということもありますのや。人間と同じですわ。癖の強いやつほど命も強いという感じですな。癖のない素直な木は弱い。力も弱いし、耐用年数も短いですな。

ほんとなら個性を見抜いて使ってやるほうが強いし長持ちするんですが、個性を大事にするより平均化してしまったほうが仕事はずっと早い。性格を見抜く力もいらん」。

○「曲がった木はいらん。捻れた木はいらん。使えないんですからな。そうすると自然に使える木というのが少なくなってきますな。使えない木は悪い木や、必要のない木やというて捨ててしまいますな。これではいくら資源があっても足りなくなりますわ」。

○「依頼主が早よう、安うといいますやろ。あと二割ほどかけたら二百年は持ちまっせというても、その二割を惜しむ。その二割引いた値段で「うちは結構です」というんですな。二百年も持たなくて結構ですっていうんですな。千年の木は材にしても千年持つんです。百年やったら百年は少なくても持つ。それを持たんでもいいというんですな。ものを長く持たせる、長く生かすということを忘れてしまっているんですな。

昔はおじいさんが家を建てたらそのとき木を植えましたな。この家は二百年は持つやろ、いま木を植えておいたら二百年後に家を建てるときに、ちょうどいいやろといいましてな。二百年、三百年という時間の感覚がありましたのや」。






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