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高台に「もう一人の自分」をこしらえよ

3.7.5


現実の自分は何かと迷い、悩み、揺らぐものである。
そうしたとき、自分を導いてくれるのはほかならぬ理想の自分、目的を覚知した自分、
全体を冷静に俯瞰する自分である。
心理学ではそれを「メタ認知」といい、世阿弥は「離見の見」といった。


* * * * *

◆ボールから遠いときに何をしているか
故・長沼健さんは、往年のサッカーファンなら誰しも知る日本代表選手であり、日本サッカー協会会長としてもご活躍された方である。その長沼さんが書かれた『十一人のなかの一人~サッカーに学ぶ集団の論理』(日本生産性本部)の中に、「ボールから一番遠いとき、何を考え何をしているか」という一節がある。―――

「一試合で一人の選手がボールに直接関係している時間は、合計してもわずか二分か三分といわれている。一試合が90分だから、ボールに関係していない時間が87分から88分という計算になる。

ボールに直接関係しているときは、世界のトップ・クラスの選手も、小学校のチビッコ選手も同じように緊張し集中している。技術の上下はあっても、真剣であることに変わりはない。ボールに直接関係していない時間の集中力が、トップ・クラスの連中はすごいのだ。逆にいえば、ボールに直接関係していないときの集中力のおかげで、いざボールに関係するときの優位を占めることができるし、もっている技術や体力が光を帯びることになるわけである。

サッカー選手の質の良否を見分ける方法は比較的簡単だ。ボールから遠い位置にいるとき、何を考え、どういう行動をとるかを見れば、ほぼその選手の能力は判断できる」。



◆「メタ認知」「離見の見」
ところで、心理学の研究テーマのひとつに「メタ認知」がある。メタ認知とは、自分が認知していることを認知することで、いわば、現実に考え行動している自分を、もう一人の自分が一段高いところから観察することをいう。

世阿弥は約600年前に「離見の見」(りけんのけん)・「目前心後」(もくぜんしんご)と言った。つまり、能をうまく舞うためには、舞台を俯瞰できる場所に(想像上の)視点を置き、自分自身の舞いを客観的に眺めよ、目は前を見ているが、心は後ろに構えておけ、と指南するのだ。優れた舞いは、現実に舞っている自分と、それを監視し冷静にコントロールするもう一人の自分との共同でなされるという奥義である。世阿弥の伝えたことが、今日の心理学でいうメタ認知にほかならない。

メタ認知は、実は日ごろの仕事現場にも不可欠な能力である。例えば、会議や商談などで「空気を読んで」適切な発言をすること。これができるには、その場の状況の流れを客観的な位置から感じ取るメタ認知能力が必要になる。

また、何か悪い出来事やストレス負荷のかかる状況に接したとき、それをネガティブな思考回路にくぐらせず、ポジティブな解釈で対処するのもメタ認知レベルの作業である。

さらには、他社の成功事例から学ぶケーススタディは、その本質の部分を抽出して、自社に応用するという抽象化思考を行っているわけだが、これもメタ認知活動のひとつである。同様に、いま流行のクリティカル・シンキング(批判的思考)も、視点を一段上げ、そこから情報の矛盾や真偽を明らかにしていくという点でメタ認知的である。

私はみずから行っているキャリア教育プログラムの中で、「セルフ・リーダーシップ」というセクションを設けている。セルフ・リーダーシップとは、みずからがみずからを導くことであるが、これを説明するのに私は、「現実の世界で迷い、悩み、揺らぐ自分を、大いなる目的を覚知したもう一人の自分が導く状態」としてきた。これはまさに、セルフ・リーダーシップのためにはメタ認知能力が不可欠であることを言っている。

◆高台にいかに「もう一人の自分」をこしらえるか
さて、冒頭の長沼さんの言葉。彼は結局、優れたプレーヤーというのは、ボールが自分のところに回ってきたときだけ、局所的・分業的に高度な技術を発揮できればよいと考える人間ではなく、ボールがどこにあろうが、ピッチ全体を見渡す視点からゲームを眺め、大局的な判断から献身的に、ときに犠牲的に動き回る人間のことだと言っているのだ。やはりこれも、高台にいる想像上のもう一人の自分が、ピッチでプレーする現実の自分と常に高速でやりとりをしながら、瞬間瞬間にベストと考えるプレーを行うというメタ認知能力を駆使している姿である。

スポーツにせよ、芸術にせよ、そしてビジネス現場の仕事にせよ、高台から自分を見つめるもう一人の自分をこしらえることは、きわめて重要な能力となる。では、その高台のもう一人の自分をこしらえるためには、具体的にどんなことが必要になるのか―――それは次の3つのことがあげられる。

1つめに、飽くなき向上心をもって理想の自分像を思い描くこと。
2つめに、関わるプロジェクトに関し、
大きな目的(何を目指すのか×なぜそれをやるのか)を持つこと。
3つめに、たとえ部分的に関わっていることでも、
全体の責任を担うという責任者意識、当事者意識、オーナー意識を持つこと。


―――これら3つを意識したもう一人の自分をこしらえたなら、現実の自分を高台から叱咤激励し、きっと自分が予想もしなかった高みに引き上げてくれるにちがいない。




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