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『一徹視理』~3年ジョブローテーション再考

4.3.4



手元にビジネス雑誌『THE 21』2009年6月号(PHP研究所発行)がある。この中のキッコーマン・茂木友三郎会長のインタビュー記事が面白かったので紹介したい。

茂木会長のコメントを要点だけ抜き出すと、


毎年、新入社員に「いつでも会社を辞められる人間になれ」という言葉を贈る。いつでも辞められる、どこにいっても働けるぐらいの人材でないと、社内で思い切ったことができない。自分の意見もおっかなびっくりでしか言えない、また、上から睨まれて、クビにされるのが困ると思ってしまう人材に、会社に長くいてもらってもいいことはない。


要は、“スペシャリティー”をもて、ということ。スペシャリティーとは、「社内でこの問題はあいつに任せれば安心だ」とか、「この問題に関してはアイツにはかなわない」というようなレベルではない。「業界の中で、キッコーマンのアイツはスゴイよ」とか、「キッコーマンにはあいつがいるからウカウカできないぞ」といった業界内で名前が轟(とどろ)くようなスペシャリティー。


(企業では3年ぐらいでジョブローテーションをさせるのが一般化している。そんな中でスペシャリティーを磨くのは容易ではないが、との問いに───)

これはもうとんでもない話。一つの仕事を3年しかやらないなんてナンセンス極まりない。そもそも3年サイクルのローテーションは、エリート官僚のための制度だった。官僚の中のトップ5%くらいの人間が、そうやっていろいろな仕事をかじって、全体をみる経験をしていく。企業に入ってくる多くの大卒者はエリートでもなんでもない。そんな人材が、短期間でグルグル仕事を変わるなんてことは意味がない。3年ぐらいではとてもスペシャリティーなんて身につかない。その世界では、まだまだ下っ端にすぎない。


私の理想論としては、最低でも一つの仕事を10年間やる。それくらいの経験が大事。30歳までに一つの仕事。そして40歳までにもう一つの仕事。その二つの仕事でスペシャリティーになれば、どこへいっても通用する人間になる。


(40歳までに二つの仕事しか知らないのでは世界が狭すぎないか、との問いに───)

そんなことはない。スペシャリストになると、仕事のコツや勘どころがみえてくる。それはどんな仕事にも応用が利く。40歳以降は、それまでに培った自分なりの“仕事の仕方”を全部の仕事に応用していけば、どんなジャンルの仕事もこなせる人間になる。



* * * * *

能力開発・キャリア形成における時間レンジのとらえ方はいろいろあるだろうが、私は、3年・5年・7年・10年に重要な区切りがあると感じている。

3年は、その分野の「基本習得」に必要な期間。
5年は、その分野の「深耕」に必要な期間。
7年は、その分野に「根を張るため」に要する期間。
そして
10年は、その分野の「プロフェッショナルとして自立・自律するため」に要する期間。


その意味で、茂木会長の持論は傾聴に値する。ジョブローテーション制度により、「一畑三年」でたびたび異動をさせてしまうと、多様な経験はできるものの深耕や根を張るところまではいかない(この深耕や根を張るところでの負荷が、実は人間を図太く成長させる貴重な機会でもある)。仮に、そうした流動的な環境で、うまく仕事をやりこなしていく人間が出たとしても、それはやはり「組織内ジェネラリスト」「組織内エキスパート」の域を出ないのではないか。社外に放り出されてしぶとく独りでやっていけるプロフェッショナルには育たない可能性が高い。

だから、20代と30代をかけて「一畑十年×2ラウンド」という発想は、実行に値する。組織が骨のあるプロフェッショナルを育てるには、10年レンジでの育成観が必要だ。ただ確かに、3年ほどでローテーションさせる制度にはメリットも多い。しかし、人事の方々とこの話をすると、

 ・ジョブローテーションの制度を謳わないと、新卒募集の人気に悪い影響が出る
 ・モチベーションをなくした社員に対し、異動は一つの刺激剤にはなる
 ・実際、3年を待たず、職場をかわりたがる社員が増加している

など、ローテーション制度が本来もっていたはずのポジティブ要因ではなく、ネガティブ要因によって支持される傾向が強まっているようにも思える。ただ現実は、育成には時間がかかるが、20代をいろいろと異動させて自己特性と職種をマッチングさせる期間とし、30代、40代で、「一畑十年×2ラウンド」というのが適切なのかもしれない。実際のところ、私自身も20代は業界横断的に流動的に仕事を変えた。

* * * * *

私は、仕事上でいろいろなキャリアの姿を研究してきて、そしてまた、ビジネス雑誌記者時代から幾百もの第一級の仕事人を観察してきて、あるいは自分自身が、メディアの世界で情報編集畑の仕事を10年、教育畑の仕事を10年やってきて、思い浮かんできた言葉(造語)がある。それは―――

  『一徹視理』(いってつしり)
  一つを徹すれば、理(ことわり)を視(み)る

つまり、一つのことを徹していけば、全体に貫通する筋道・法則のようなものが視えてくる、ということだ。

そしてこうした道筋・法則のようなものが視えてくると、変化が怖くなくなる。自分の変えない信念や軸ができているので、変えるのは技術や適応方法でよい、というように腹が据わるからだ。逆に、一つに徹するという「経験×時間」がなく、環境を頻繁に変える人は、そもそも変えてはいけない信念・軸が醸成されず、粘り強さも身につけていないので、技術や適応方法を変えることに右往左往し、不安がる日々が続く(たぶん定年まで、そして定年以降も)。

企業内の人財育成において、「10年をかけて一つの分野に徹する」という観点にもっと関心がいってもよいと思う。もちろん「徹する」のであるから、漫然と同じ1年を10回繰り返すのではなく、毎年厚みを重ねていく10年にしていくことは言うまでもない。



創造する心

5.3.4



◆以前と創造の感じが変わった
ここ数年、私は好んで詩の本を手に取ることが多くなった。もちろんひとつには仕事上の能力向上のためというのがある。あいまいな概念をうまく言葉として結晶化させ、受け手(=お客様)に咀嚼しやすい形で差し出すことは教育のプロとして磨かねばならない能力のひとつだ。だが、その理由以上に感じるのは、自分自身の仕事における創造や創造する心が、詩作や詩人の心とずいぶん近くなってきたからではないか―――ということである。

例えば、いま新川和江の『詩が生まれるとき』(みすず書房)と『詩の履歴書~「いのち」の詩学』(思潮社)の2冊を読んでいる。彼女は詩の生まれ出るときの様子をこう書いている―――

あ、このひと、息をしていない―――と自分で気づく一瞬が、
私にはしばしばある。われにかえり、深く息を吸いこむのだが、
多くの場合、ひとつの思いを凝(こご)らせようとしている時で、
周りの空気に少しでも漣(さざなみ)が立つと、
ゼリー状に固まりかけていた想念が、それでご破算になる。
高邁な思想や深い哲学性をもつ詩の種子でもないのだけれど、
ひと様から見ればとるに足りない小品も、そうしたいじましい時間を経て、
やっとやっと、発芽するのである。



また、「詩作」と題された詩は―――

はじめに混沌(どろどろ)があった
それから光がきた
古い書物は世のはじまりをそう記している
光がくるまで
どれほどの闇が必要であったか
混沌は混沌であることのせつなさに
どれほど耐えねばならなかったか
そのようにして詩の第一行が
わたくしの中の混沌にも
射してくる一瞬がある

それからは
風がきた 小鳥がきた
川が流れ出し 銀鱗がはねた
刳(く)り船がきた ひげ男がきた はだしの女がきた

(中略)

それが済むと
またしても天と地は
けじめもなく闇の中に溶け込み
はじまりの混沌にもどる
だから 光がやってくる最初のものがたりは
千度繙(ひもと)いても 詩を書くわたくしに
日々あたらしい



私は自らのビジネスにおいて、詩ほど純粋無垢な創造活動をやっているわけではないが、それでも、彼女の言い表そうとするこの微妙で繊細で、それでいてどこか壮大な感覚を持つことがしばしばある。だから、この文章に接したときに額のすぐ奥のほうの細胞がぴんと反応したのだ。しかし、「創造」という作業は仕事で昔から嫌というほど恒常的にやってきたはずなのに、昔はあまりこういう感覚にはならなかった。

それはなぜだろうと、少し考えを巡らせてみる……。

企業勤めをやっていたころの創造は、マスの顧客に受けようとする企てや仕掛け、あるいは、何かゲームに勝つことの戦略や目論見のような類のもので、そこでうまく創造ができると、「してやったり!」といった痛快さを得るものであった。

それに対し、いまの仕事での創造は(主には教育プログラムをつくることであるが)、何か自分から滲み出た(絞り出したといったほうが適切だろうか)作品を売っているそんなような類のものになった。うまく創造ができると「そうか、自分はこんなものをつくりたかったんだ」という驚きがある。このように、以前の創造といまの創造は何か別のものになった。


◆創造することの広がり図
そこできょうは、「創造」あるいは「創造する心」について整理してみたい。まず、創造することにつき、次の4つの創造の軸を考える。
 
  ・「真」を求める創造
  ・「美」を求める創造
  ・「利」を求める創造
  ・「理」を求める創造

これら4つの軸で図を描くと下のようになる。

534



〈1〉真/美を求める「芸術」的創造
創造といえば、大本命はここである。言葉を紡ぐ、物語を編む、句を詠む、曲を書く、音を奏でる、歌を歌う、絵を描く、形を彫る、器を焼く、書を認める、舞いを舞う、茶を立てる……。これら美を追求する創造は、それ自体が目的となり、よいものが出来たことこそが最大の報いとなる。

もちろんここでいう芸術的創造は芸術家の作品だけにかぎらない。暮れ泥(なず)む光の中で普段の道を歩き、ふと季節の変わり目の風を感じたとき、その驚きを何か手帳に書き留めておきたい、そうした詩心による作文も立派な創造である。また子供が白い画用紙に無心で描きなぐる絵も、浜辺で夢中でこしらえる砂のお城も芸術的創造だ。

芸術的創造は、表現を極めていけばいくほど、それは求道となり、その先に見えてきそうな真なるものを見出したいという想いへと昇華していく。その昇華の過程では、創造は感性的な表現という優雅なニュアンスではなくなり情念の噴出を形として留める闘いに変容する。

〈2〉美/利を求める「生活」的創造
生活の中では実にいろいろな知恵が起こる。これは日常を美しく生きたい、便利に暮らしたいという気持ちから起こる創造である。例えば家電製品や生活雑貨の商品開発においては、ユーザーの使い勝手がいいように機能や形状を考えに考える。これはこの生活的創造の次元に立った作業である。

〈3〉利/理を求める「戦略」的創造
武力戦争にせよ、ビジネス戦争にせよ、戦いの場では勝利・生き残りをかけて、創造が活発に起こる。それは覇権を握るための仕組みづくりであったり、競争優位に立つための改良・改善であったり、相手を陥れるための謀(はかりごと)や実利を得るための駆け引きであったりする。ここでは、データを分析し、ロジックに考え、勝てる確率を客観的に上げていくという創造が行われる。

〈4〉理/真を求める「研究」的創造
20世紀、アインシュタインが残した世界最大級の創造は、E=mc2という数式。自然科学の世界の創造とは、物事を理で突き詰めていき、「多を一で説明ができる」法則を発見することだ。科学者の研究にせよ、学童の自然観察にせよ、その創造の源泉は、万人の心の中にある好奇心である。「なぜだろう?」「なんだろう、これ?」―――この単純な問いかけこそこの宇宙を貫く“大いなる何か”への入り口なのだ。

このように創造と言ってもさまざまに広がりがあり、私たちはその広がりの中のさまざまな地点で創造を行っている。

で、先ほど、私自身の仕事上の創造を振り返り、以前の創造といまの創造はどこか別物になったような気がする、書いた。その“別ものになった”をよくよく考えていくと、実はこの図でいう創造の地点が変わったからではないか、ということに行き着いた。

つまり、以前の仕事では自分の創造(あるいは、創造する心)が主に、利×理を求める「戦略」象限でなされていたのに対し、現在の仕事では、真×美を求める「芸術」象限、より正確に言うと、「芸術」象限の中でも、真×理を求める「研究」象限との境に近いところ、でなされるようになった。私は日々、ビジネスを真剣にやってはいるものの、いまの創造は、競争戦略のための創造というより、詩作に近い創造なのだ。だから詩人の言葉に響くのだと思う。


◆「うわべの理×利得」の創造に偏っていないか
もとより創造は人間に備わった素晴らしい能力である。図の4象限のうちのどんな位置で行われる創造であっても、創造は価値あるものだし、創造はやっている本人に面白みも、充実感も与えてくれる。

しかし、私が感じるのは、昨今の企業現場での創造が、あまりに経済的な「利」にとらわれ、同時に、あまりに「理」がうわべだけの知識使いになっていないか、そしてそのために創造が何かギリギリと尖り、ペラペラと薄くなっていないか―――そんな点だ。

マックス・ヴェーバーは『職業としての学問』でこう語る。

「情熱はいわゆる『霊感』を生み出す地盤であり、
そして『霊感』は学者にとって決定的なものである。
ところが、近ごろの若い人たちは、学問がまるで実験室か統計作成室で取り扱う
計算問題になってしまったかのうように考える。
ちょうど『工場で』なにかを製造するときのように、学問というものは、
もはや『全心』を傾ける必要はなく、
たんに機械的に頭をはたらかすだけでやっていけるものになってしまった」。



この中の「学問」という単語を「仕事」に置き換えてもまったく有効である。言うまでもなく、ここでヴェーバーが使う「霊感」とは、単なるひらめきよりもずっと深い意味を込めている。ましてやオカルト的な怪しげなものを言っているのでもない。霊感とは、何か大いなるものとつながっている智慧の一種だ。

企業の現場では、ますます大量のデータを蓄積し、情報分析の手法を編み出し、こぞってロジカルシンキングを重視し、理知的に創造をさせようとする。そしてその創造は競争に勝ち残る、利益を獲得するという目的に向けられている。創造を「理×利」の方向に押し進めれば押し進めるほど、私たちは霊感(語感が重ければ“インスピレーション”と言ってもいい)による創造からどんどん遠ざかってしまう。

理知的に利益を求める創造が悪いと言っているのではない。「理×利」の創造は、果たして霊感から遠ざかることを補うに余りある創造を私たちにもたらしているのだろうか?―――その点を見つめたいのだ。

評論家の小林秀雄は、現代人の感受性・思考についてさまざまに指摘している。
(以下引用『人生の鍛錬』より)

「現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、
無常という事がわかっていない。
常なるものを見失ったからである」。

「古代人の耳目は吾々に較べれば恐らく比較にならぬ位鋭敏なものであった。
吾々はただ、古代人の思いも及ばぬ複雑な刺戟を受けて
神経の分裂と錯雑とを持っているに過ぎない」。

「能率的に考える事が、
合理的に考える事だと思い違いをしているように思われるからだ。
当人は考えている積りだが、実は考える手間を省いている。(中略)
考えれば考えるほどわからなくなるというのも、
物を合理的に究めようとする人には、極めて正常な事である。
だが、これは能率的に考えている人には異常な事だろう」。



私たちは知識や情報を駆使することで理知的に賢くなっている、そう思いがちだ。しかし、小林はむしろ現代人の退化を喝破する。その要因を心理学者の河合隼雄は次のように一言で表す。

「現代人は『信ずる』ことよりも、『知る』ことに重きをおこうとしている」。

                                            ───『生きるとは自分の物語をつくること』より



現代人は確かにさまざまに創造はしているけれども、ほんとうに深く大きな創造をしているのか。そして何よりも、創造のほんとうの喜びを得ているのか……。霊感や信ずることを排除してしまい、人間が古来持ってきた“何か大事な創造の心”を失いかけているいま、私たちは次の言葉を再度噛みしめたい。

「Wonder is the basis of worship.」
(不思議だという驚きは崇敬の地盤である)
        ―――トーマス・カーライル(英国の歴史家)

「ものをみるために、私は目を閉じるのです」。
        ―――ポール・ゴーギャン(フランスの画家)

「静に見れば、もの皆自得すと云へり」。
        ―――松尾芭蕉



ちなみに、松尾芭蕉のこの言葉について、日本画家の東山魁夷は、「自己の利害得失を離れて虚心にものを見れば、その時はじめて、天地の間に存在する万物がそれぞれの生命をもって十全とした姿を現す。そうした対象と自己とが深い所でつながったときの喜びを芭蕉は記したのではないか」と『風景との対話』の中で書いている。

ビジネスは生き残りをかけた戦争なんだから、そこに詩人の心を持ち込むのはお門違いである、あるいは、ナイーブすぎると反論があるかもしれない。そのとき私は言いたい―――目の前の仕事に詩的創造を加える人は、その仕事をほんとうに楽しめる人だ。そしてまた、詩心をもった人こそがビジネスをやることで、経済は地球的規模で変わっていく。



「ゲーム」としての仕事・「道」としての仕事

5.3.2



いまではすっかり過去の横綱となった朝青龍関。能力・成績においては大横綱といってよいほどの存在だったが、引退の引き金となった横綱品格問題は、世間を二分するほどの話題となった。角界のしきたりを守らない奔放な言動に、街の声は、「真剣に反省していないんじゃないの。横綱として問題あり」というものと、「やっぱり強い横綱がいればこそ場所が盛り上がる」というものとで、良くも悪くも相撲への注目は高まった。

私個人の中でも、やはり横綱たる者、相応の品格を備えてほしいという思いと、多少破天荒で逸脱したキャラクターであっても、強くて魅力的な取組を観せてくれるならそれでよし、という思いが微妙に交錯した。これら2つの相反する思いにかられるのはなぜだろう。


◆求めるものが異なる「ゲーム」と「道」
それは、相撲という日本の伝統競技を

相撲スポーツ=「ゲーム」とみるか、
相撲道=「道」とみるか、

の観点で思いが違ってくるからではないか。
(*ここでの「ゲーム」とは、遊興としてのゲームよりももっと広い意味である)

「ゲーム」とは───
 ・他者と勝敗を決するための能力的(知能・技能)活動であり、
 ・そこには競争・比較・優劣がある
 ・最上の価値は「勝つこと・覇権を取ること」にある
  そして勝つことによって他者から賞賛を得たいと思う=成功の喜び 
 ・ルールの下で合理的、技巧的、戦略的なやり方を用い、
  客観的に定量化された得点を他者よりも多く取ったほうが勝者となる
  そのときの優越感、征服感がプレイヤーを満足させる

他方、「道」とは───
 ・真理会得のための全人的活動であり、
 ・そこには修養・鍛錬・覚知がある
 ・最上の価値は「技と観を得る」ことにある
  それは一人のなかでの喜びである(他者からの賞賛を必ずしも欲しない)=求道の喜び
 ・しきたりや慣わし・型・格・美を重んじ、
  真理を追究する過程における世俗超越性・深遠性が行者を引き込んでいく


 
このように、ゲームと道とは、どこか似通っていながら、実は両極のものであるようにも思える。朝青龍関をめぐる二分する思いも、「ゲームとしての相撲」からすると、強いプレイヤーの存在→ガンバレ!となるし、「道としての相撲」観点からすると、横綱失格→残念・けしからんとなるわけである。

ところでその一方、朝青龍と並んで、毎度の場所でひときわ人気を集めていたのは角番大関・魁皇であった。相撲ファンが魁皇関を応援するのは、もう勝ち負けということより、カラダがボロボロになってもひたむきに相撲「道」を求めようとするその姿であった。

ボロぞうきんになるまで現役にこだわり続ける。それは、三浦カズ、桑田真澄、野茂英雄もそうだった。彼らはすでに肉体的なピークを過ぎ、ゲームプレイヤーとしての最上価値である「勝つこと」からはどんどん遠ざかりつつも、サッカー道、野球道を求めてやまない。そんな姿は、多くの日本人の心のヒダに染み入ってくるものがある。


◆「よい仕事」とは?
「ゲーム」なのか、それとも「道」なのか……それは組織が行う「事業」や、個人が行う「仕事」にもいえる。

私はかつて出版社でビジネス雑誌の編集をやっていたころ、年間で100人近い経営者やビジネスパーソン、フリーランス、職人たちにインタビューをしていた。そこで感じたのは、企業のなかでビジネスをしている人たちは、事業や仕事を「ゲーム」(=利益獲得競技)ととらえる場合がとても多いということだった。そのために彼らはよく戦略・戦術の用語をよく使う。一方、フリーランスや職人になると、事業や仕事を「道」ととらえる割合が多くなる。もちろん一人の心の中で、事業・仕事は道かゲームかというのは、白か黒かという立て分けではなく、あいまいなグレー模様でとらえるわけであるが。

「よい事業・よい仕事」とは、どんなものだろうか? この問いの答えは、千差万別に出てくるだろう。それは、「よい横綱」とはどんな横綱かと問うのと同じように。

「事業・仕事はゲームである」という観点に立てば、戦略・戦術的な思考に立ち、競争相手をつねに意識し、利益・年収といった得点をどんどん上げていく、そうした勝ち組になることがよいことになる。ただ、その成功欲が過ぎると、独りよがりになったり、手段を選ばずとなったり、つまりは品格の問題が出てくる。「ともかく強けりゃイイ」という朝青龍的行き方がここにあるわけだが、さて、あなたはこの行き方を選ぶかどうかだ。選ぶのも面白いと私は思うし、選ばないのも熟慮のひとつであると私は思う。どちらが正解であると決めつけはできない問題だ。

私はビジネス雑誌の取材を通し、中小企業の経営者、そして独立自営の建築家やデザイナー、また工芸品職人などともよく話をした。そこには確かに、金儲けはヘタかもしれないけれど、堅気に自分の信念を貫き、時代の荒波のなかで生業を継続させている人たちがいた。彼らは「道」としての事業・仕事を一所懸命にやっている。そこにもまたひとつの「よい事業・よい仕事」の姿がある。


◆事業・仕事が過度にゲーム化する現代
マックス・ヴェーバーは、1904-1905年の著作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のなかで、「資本主義の初期においては、仕事の目標は神の恩寵の証しにあった。しかし、アメリカでは富の追求はその宗教的、倫理的意味を失いはじめ、営利活動は、いまや世俗的情熱と結合してスポーツの性格を帯びている」と指摘した。それからおよそ110年が経ち、ビジネスは完全にグローバルな市場を舞台とした利益獲得競技になったといえる。そしてそれを取り仕切る経営者たちの一部には、利己的な拝金主義に陥る姿もある。

加えて、そうした経営の内実を問わず、結果的に儲けた経営者をビジネスヒーローとして簡単にあおるメディアの軽さも目に付く。メディアもまた、そうした大衆に受ける記事を売ることで部数獲得ゲームに勝とうとする心理があるからだ。

さらには、投資家・株主も経営者に対して間断なきプレッシャーをかける。経営者に品格があろうとなかろうと、ともかくゲームに勝て、株価を上げろ、配当を上げろ、のプレッシャーである。問題が複雑であるのは、その投資家・株主の一部が、いまや株を購入する一般のサラリーパーソンたちであることだ。彼らは株主の立場で、企業が儲けることにプレッシャーを与える側に回ると同時に、働く現場では経営層から「もっと利益が出るように働け」とプレッシャーを受ける側でもあるのだ。

資本主義経済という一大システムが織り成すゲームは、実に複雑で巧妙である。だからこそ事業経営というゲームは面白くてたまらない。勝てば勝つほどに、富が手に入り、その富は(このシステム下では)また富を生む。富はさまざまな欲望も満たしてくれる。逆に言えば、貧はますます貧を呼ぶ。資本主義下のゲームは、その意味で“中毒的で暴力的”ともいえる。ゆえに、事業経営には一方で「道」というものがいる。


◆求道というそのプロセスにすでに幸福がある
経営者のみならず、一人の働く人間にとっても自らの仕事人生がこのゲーム回路に過度にはまり込まないよう、自分の仕事を「道」としてとらえる意識が必要になる。

ただ、企業のなかで働くサラリーパーソンにとって、自分の業務に対し、「道」の意識を持てるかどうか、それは実質的にひじょうに難しい問題ではある。分業化され、目標数値が与えられ、やらされ感のある仕事に、どう求道心を燃やし、何を極めていけというのか、という人は大勢いるだろう。

本項では、仕事をゲームか道かという二項で考察しているが、実際のビジネス現場では、ゲームとしての仕事の面白さを感じることもなく、道としての仕事の奥深さも得ることなく、むしろ、仕事は「生活のために我慢してやるもの」という冷めた意識が大多数だったりする。そうした問題の深掘りは別の箇所でやるとして、ここで私が言いたいのは、仕事をある部分でも道としてとらえることができるなら、その人は働くことの幸福を手に入れているということだ。

すなわち、道としての仕事を行っている人は、求道というそのプロセスにおいて全人的に没頭することができ、その時点ですでに幸福を味わっているのである。その点、ゲームとしての仕事を行っている人は、得点による勝利を得ないかぎり満足感は湧いてこないし、いったん勝ったとしても次の敗北におびえなくてはならない日々が続く。彼らの勝利や成功は消費されるからである。だからゲームに生きる人間は、次の勝利、次の成功へと間断なく心身を駆り立てられることになる。ゲームが中毒的であるとはこのことだ。

私自身、30代半ばまではゲームとしての仕事を楽しんできたように思う。しかし次第に、そのゲームが追う勝利や成功といったものに疲れたり、疑問を持ったりした。いまでは道としての仕事を追い求める行き方に完全に変わった。成功を欲するのではなく、道を欲する。すると気がつけば(結果的に)「あぁ、この仕事をやっていて幸せなんだな」と思えるようになった。40代前半にしてようやくである。

朝青龍関(本名:ドルゴルスレン・ダグワドルジ)は相撲を引退して、次は何の「ゲーム」の成功を目指すのだろう? それとも、何かの「道」を見つけるだろうか?







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