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2008年4月18日 (金)

「成功」と「幸福」は別ものである <中>


成功と幸福は明確に違います。

この違いを腹で押さえておくと、働いていく上で、生きていく上で、

随分ラクになります。


私は、両者の違いを次のような図で考えます。


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◆成功/不成功は「定規を当てる」こと 

まず、左側の『定規モデル』をみてください。


これは、自分が仕事上で獲得したもの、例えば、

収入とかそれで買ったモノ、あるいは自分の知識や能力、

さらには仕事の成果・業績など、

有形・無形を問わずそれらのものを、

定規(スケール)を当てて、自他で比較して評価することを表しています。


その結果、自分の「相対的な位置」が確認できます


他人よりも多く、うまくやっていれば喜び、ほめられ、

逆に、他人より少なく、ヘタであれば元気をなくし、責任を問われる。


当てる尺度はたいてい、定量的なものか、単純な定性的なもので、

どれも一般化されていて、

その実行者本人の複雑で繊細な個性価値を表すには程遠いものです。


しかし結局、世に言う「成功と不成功(失敗)」「勝ち組と負け組」とは、

まさにこの定規による相対的な判別を指しているのです。



◆幸福は「器をつくる」こと 

では、幸福とは具体的にどういうことでしょうか。

それが『器モデル』です。


仕事の幸福は、まず、自分の「器」(ポット)をこしらえることから始まります。

器の素材や形状は、自分なりでいいのです。

それは、仕事人生に対する、あなたの個性・美意識・価値観の表れですから。


したがって、器をこしらえる活動自体もまた楽しいものです。

また、器の大きさは、自分の「構え」の大きさに等しいものになるでしょう。

構えとは、心構え、精神的な懐(ふところ)、視野、世界観といったものです。


そして、その器は、

仕事そのもの、および仕事から得られるもので満たされていきます。

そしてまた、器の中身を他者に注いでやることもひとつの喜びとなります。

 

こうした、器をこしらえること、器を満たすこと、 

器の中身を他に注ぐことすべてが、「仕事の幸福」なのです。


また、健全な志と野心の区別はつきにくいものですが、

前者の達成意欲は器を大きくしようとするものです。

しかし、後者の執着心は、器を大きくするというより、

器のどこかに穴かヒビ割れを起こすのでしょう。

――――入れても入れても、決して貯まることがない。



◆成功は相対的なもの・幸福は個性的なもの

結論から言えば、成功(あるいは不成功)は、

他との比較相対を基に成されるもので、

幸福とは、自分に絶対軸を据えて、それを基に感得するものです。


哲学者・三木清の『人正論ノート』から重要な箇所を抜き出してみましょう。


「成功と幸福とを、不成功と不幸とを同一視するようになって以来、

人間は真の幸福は何であるかを理解し得なくなった。

自分の不幸を不成功として考えている人間こそ、まことに憐れむべきである。


他人の幸福を嫉妬する者は、幸福を成功と同じに見ている場合が多い。

幸福は各人のもの、人格的な、性質的なものであるが、

成功は一般的なもの、量的に考えられ得るものである。

だから成功は、その本性上、他人の嫉妬を伴い易い。(中略)


純粋な幸福は各人においてオリジナルなものである。

しかし成功はそうではない。

エピゴーネントゥム(追随者風)は多くの場合成功主義と結びついている。

近代の成功主義者は型としては明瞭であるが個性ではない」。


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