6) 人財育成ビジネスへの視点 Feed

2015年4月12日 (日)

入社3~5年次フォロー研修:「観・マインド醸成」からのアプローチ

◆室伏選手の描いた3段ピラミッド図

あるときテレビの番組で、ハンマー投げの室伏広治選手がボードに絵を描いてインタビューに応じていました。その絵はこんなものでした―――

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彼はアスリートとして必要な鍛錬は3段だと言います。
  一番上が「skill」(技術)
  次に「strength」(強さ)
  一番下にくるのが「fundamental」(基礎)

で、理想形は図の左に書いたようなピラミッド形。ところが右のように「fundamental」が小さい状態では、上の2層をいくら鍛えてもパフォーマンスが上がらないと言う。ヘタをすると、2層の「strength」を強めようとするあまり、ケガをするリスクも高める。

37歳になった自分は「skill」や「strength」の伸びシロは限られてきたかもしれないが、身体をどう使うかといった基本・基礎の部分はまだやりようがいくらでもあるような気がすると。だから、いま自分は最下層にある「fundamental」を見つめ直している。そのために、例えば赤ちゃんをじっと観察して体の動きを研究している、と語っていました。

その成果あってか、この番組の翌年(2012年)に行われたロンドン五輪で、室伏選手は見事銅メダルを獲得。私はこのインタビューを観ながら、道を究める超一級の人物の飽くなき探求心に感心するとともに、熟達は常に基礎の継続鍛錬によって進んでいくことを再認識しました。そして奇遇にも室伏選手の3段図は、私が考える「仕事を成す・キャリアをつくる4要素〈3層+1軸〉」と通底するとも思えました。

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私がとらえる3層とは、
  1層目に、業務をこなす「知識・技能」
  2層目に、成果を出す力である「行動特性」
  3層目に、評価や判断、動機づけの基となる「観・マインド」がくる。

昨今のビジネス現場では、ともかく目の前の業務処理、目に見える短期的な成果への要請が強いために、本人の意識も組織の教育意識も1層・2層に偏っていきます。3層が放置されたままになります。すると、上の室伏図の悪い例のように1層・2層でっかちの状態になってしまいます。仕事成就・キャリア形成においても、やはり、最下層に敷かれる基盤が強くなければ1層・2層は十全に活かされないと私は考えます。本田宗一郎もこう言っています。

「私の哲学は技術そのものより、思想が大切だというところにある。
思想を具現化するための手段として技術があり、
また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれえない。
人間の幸福を技術によって具現化するという技術者の使命が私の哲学であり、誇りである」。
―――本田宗一郎(『私の手が語る』グラフ社)

また、北大路魯山人は書についてこう語っています。

「要するに人物が出来ておらなければならぬ。
手習いでなく人物をつくる方が根本問題であって、
これが一番書道の上にも肝要なことであります。
(中略)人物の値打ちだけしか字は書けるものではないのです。
入神の技も、結局、人物以上には決して光彩を放たぬものであると思います」。
―――北大路魯山人(『魯山人著作集(第二巻)』五月書房)



◆全人的な育成が図られてこそヒトは「人財」となる
ピーター・ドラッカーは『現代の経営〈下〉』の「人を雇うこと」という章の中でこう述べています。

「働く人を雇うということは、人を雇うということである。
手だけを雇うことはできない。手の所有者たる人がついて来る」。
「今日の訓練プログラムの多くは人を柔軟にするよりも硬化させている。
理解を与えるのではなく小手先のスキルを教えている」。


昨今、40代社員のキャリアクライシス問題が顕在化しつつあります。40代に向けたキャリア開発研修ができないかというご相談もしばしば受けるようになりました。20代から30代半ばまで、ひたすら現場の業務戦力として手だけ(つまり知識や技術だけ)を磨いてきたものの、やがて旬の技術を必要とする仕事を若手に引き渡すようになり、けれども管理職の道があるかといえばそうでもない。道があったとしても部下を率いることに向いていない。いわゆる非管理職ミドルたちがどう仕事と向き合い、組織の中で自分の存在意義をつくり出せるかという問題です。

40代のキャリア研修がとても難しいことを、私は経験上知っています。働くことに対する観・マインドが硬直化してしまっている人が多いからです。30代でも難しいところがあります。自律的に自分を開くように固まっているならよいのですが、「自分のキャリアをどう開いていけばいいかわからない。会社がきちんとキャリアパスを用意すべき」といった他律的で環境依存の強い観で固まってしまった場合は、もはや単発の研修ではどうすることもできません。

ドラッカーは別の箇所で、組織がヒトを最大限に活かしていくために真に必要なのは、訓練プログラムではなく、教育プログラムだと言います。すなわち手だけを訓練するのではなく、全人的に教育せよと。「人の成長ないし発展とは、何に対して貢献するかを人が自ら決められるようになることである」と彼が指摘するように、職業人としての在り方を自律的に考えられるのは、若いころから観・マインドがそのように涵養されてこそです。

企業が人を雇い、雇った人の教育に関し、どこまで面倒をみるべきでしょうか。手だけを訓練し、いわば取り替え可能な資源として育てることでよいのでしょうか。それとも、全人的な教育を施し、その人でなければならない価値を生み出す資産として育てるべきでしょうか。前者は「ヒト=資源・人材」のとらえ方、後者は「人=資産・人財」のとらえ方です。それこそまさにその企業の「ジンザイ観」が問われるところです。


◆観・マインドは教育できるか

・「仕事観なんてものは仕事にもまれて修羅場のいくつかをくぐれば自然にできてくるものだ」
・「仕事の哲学は上司が背中で教えるべきこと」
・「そもそも価値観は個人個人で多様なものだから一律に教育すべきものではない。自己啓発にまかせればいい」
・「自律心を教えること自体が自律に反する」
・「そもそも観や働く意識を教えることができるのか。(上から下へ)教えるという形が妥当なのか」


……観・マインド次元の教育には、いろいろな意見があります。それに対して私の考えをいくつかまとめます。

〇観は教えられない。ただ気づきの材料を与えるのみ
一人一人の内面の底に横たわる観・マインドを醸成する研修においては、何かを“教える”というより、何かを“気づかせる”というものになるべきでしょう。私が研修の中で受講の皆さんによく言うのは、講師が短い研修時間の中でせいぜいできることは、“酵母菌を撒く”ことぐらいだということです。つまり、酒や醤油の醸造において、みずから熱を発し、質的変化をしていくのは主原料である米や大豆です。しかし、その醸造変化のためには、“酵母菌”という触媒がなくてはならない。その意味で、講師は酵母菌となるような思考の材料、思索のヒント、行動の刺激を講義やワークの中に収めてプログラム化するのみです。

そのとき受講者によって反応の早い人、遅い人などの違いは出てくるでしょう。いずれにせよ、そうした考える材料を若い時期に与えられたかどうかは、その後の仕事人生において大きな差になります。「あのひと言を聞いておいたから、人生の転機が生まれた」ということは往々にしてあるものです。

〇事業組織においては、共有すべき観があるほど強い
観は人それぞれ多様だから一様に縛ることはよくないというのは、社会全体には言えることですが、こと事業体にあっては、むしろ観を共有できる人が集まって、強い思いの製品・サービスをつくるほうが望ましい姿といえます。共有できる理念・バリュー・文化が土壌としてあって、その上に多様で強力なアイデアが出る。昨今、顧客に強く支持される企業の共通点はそういったところにありはしないでしょうか。

〇上司の背中は語ってくれるか
仕事観は上司の背中から学び取るものである、はそのとおりだと思います。私もサラリーマン時代、上司の言動からさまざまなことを学びました。ですが、そうした背中で語ってくれる上司に巡り会える確率はむしろ低いと言えるかもしれません。私は研修プログラムで「ロールモデル探し」というワークをやりますが、身近の上司をあげる人は実は少数派です。また、仮に上司の考え方が偏向していて影響力が強い場合、それに感化された部下は、ある種、子飼いのような存在になり、派閥形成に荷担することも起こります。観の醸成を上司の背中に任せきりにすることにはリスクがあります。

〇観から湧くエネルギーこそ最強
従業員のほんとうのやる気を引き出そうと思えば、経営者や管理職、組織は、一人一人と観の層で対話せざるをえません。組織側は、まず自らの観を差し示し、それについて従業員も観のレベルで耳を傾け、意見したり、共鳴したりする。そのレベルから起こるエネルギーこそ最強のものです。今期はいいボーナスがもらえたとか、業務がうまくこなせたといったときに起こる喜びよりもはるかに強い力がそこにはうずまいています。個人の観には立ち入れないからというのではなく、観のレベルの話(就労観、事業観、人材観、キャリア観、社会観、理念、コアバリューなど)を真正面からぶつけて、ふだんの職場でも研修の場でも侃々諤々やろうという姿勢こそ大事ではないでしょうか。


◆入社3年~5年次フォローアップ研修で行うこと
ここからは私が新卒入社3年~5年次社員に向けたフォローアップ研修において、どんな観・マインド醸成プログラムを行っているのか、その内容をいくつかの観点から説明します。

〈1:根源的なテーマを考えさせる〉
観・マインドとはここでは、思考や感情、記憶をつかさどる意識基盤、単純には、ものの見方・とらえ方として考えています。自分が対面するものごとにどんな価値(善悪、美醜、真偽、是非、損得、意味、優先順位など)を与え、どう反応するかを決めるものです。こうした観・マインドは、根源的な問いを考えさせるほど、その醸成度合いや向きがわかります。例えば、研修ではこんなテーマの問いを投げかけます。

  ・「仕事とは何か?」「事業とは何か?」
  ・「仕事・事業の目的は金(給料・利益)を得ることか?」
  ・「成長とは何か?」
  ・「自分は世の中に何の価値を提供する職業人か?」
  ・「自律的な働き方とはどういう状態をいうか?」

観・マインドを強く醸成している人ほど、「仕事とは何々である」「成長とは何々することである」といった定義づけを自分の言葉で豊かに表現できます。そしてなぜそう考えに到ったのかと問われれば、具体的な経験や材料をあげて説明することができます。すなわち、観・マインドは、具体と抽象の両輪によって醸成されるわけです。

入社数年も経てばすでにさまざまな経験を積んでいます。しかし、その経験を抽象化してものごとの本質や原理をとらえられるかどうかは人によってかなりの差が出ます。観・マインドの醸成は多分に抽象化能力の影響を受けるので、こうしたものごとの根っこを考えさせる習慣が必要です。

具体的な体験から本質・原理を抽象化し、観として肚に据えることがなぜ重要なのか?───それは、ものごとを個別具体的にとらえるレベルに留まっていると、永遠に個別具体的に処置することに追われるからです。そのことを次の例で説明しましょう。

下に並べたのは英単語の問題です。それぞれのカッコ内には前置詞が入ります。1つ1つ答えてください。

・a fly[       ]the ceiling
(天井に止まったハエ)
・a crack[       ]the wall
 (壁に入ったひび割れ)
・a village[       ]the border
 (国境沿いの町)
・a ring[       ]one’s little finger
 (小指にはめた指輪)
・a dog[       ]a leash
 (紐につながれた犬)


……さて、どうでしょう。

正解は、すべて「on」です。ところで、私たちは前置詞「on」を「~の上に」と習ってきました。習ってきたというか、暗記してきました。そうした暗記的なやり方で英語と接してきた人は、「天井にさかさまに止まった」とか「壁に入った」とか、「国境沿いの」などの言い表しに思考が発展しないので、それぞれの問題に戸惑ったことでしょう。そうして正解を見て、また1つ1つ、「on」の使い方を丸暗記していくことになる。

これに対し、いま私の手元にある一冊の英和辞典『Eゲイト英和辞典』(ベネッセコーポレーション)の帯には、こんなコピーが記載されています───

「on=『上に』ではない」と。

さっそく、この辞書で「on」を引いてみる。すると、そこに載っていたのは、下のような図でした。


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「on」は本来、縦横・上下を問わず「何かに接触している」ことを示す前置詞だといいます。確かにこの図をイメージとして持っておくと、さまざまに「on」使いの展開がきく。この辞典は、その単語の持つ中核的な意味や機能を「コア」と呼び、それをイラストに書き起こして紙面に多数掲載しています。10個の末梢の意味を覚えるより、1つの「コア・イメージ」を頭に定着させたほうがよいというのが、この辞書づくりのコンセプトなのです。

まさにここで出てきた「コア・イメージ」に基づく学習が、ものごとを抽象化して押さえることにほかなりません。

私たちは、ものごとの抽象度を上げて大本の「一(いち)」を本質・原理として肚に据えれば、以降はそれをいかようにでも具体的に展開応用することができる。逆に言えば、抽象化によって「一」をとらえなければ、いつまでたっても末梢の出来事をその都度まちまちに対応することになります。観・マインドが醸成されていないと、場当たり的・感情的に、情報や環境に振り回され、判断や行動が安定しないのです。こういう働き方では周囲からの信頼も得られませんし、第一、本人が疲れます。

具体的な体験をたくさん積めば自然に観が養われるというのは誤りです。抽象化させて「一」をつかませる思考態度を身につけさせないかぎり、いつまでもモグラたたき状態で事に当たることになります。

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〈2:比喩(メタファー)で考えさせる〉
「働くこととは何か」「仕事をつくりだすこととは何か」「キャリアをひらくとはどんなことか」……こうした曖昧模糊とした問いに対して、「あ、そうか、そういうことだったのか!」と腹にすとんと落ちてくる答えをみずから得るためには、比喩による思考材料を与えることが有効です。

例えば、「自立」と「自律」の違いを、あなたの会社の社員はどう理解しているでしょうか?(一般的にはそもそも、両者を一緒くたにとらえているほうが多いですが)

私は、これを「航海」という比喩で説明しています。すなわち、「キャリア・人生は航海」であって、

  ●「自立」とは;航海に耐えうる「船」を造ること
  ●「自律」とは;ぶれない「羅針盤」を持つこと
  ●「自導」とは;地図に描いた目的地に船を進めること

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こうした比喩を使うことで、受講者の理解はすとんと進みます。さらに私は、レゴブロックの創作ゲームを加えています。創作に使うブロックや文具の数を増やしたり減らしたりして進んでいき、最終的に受講者が次のことをキャリア観として肚に落とせるように意図するものです。

●「自立」を高めるとは、能力の手駒を増やして船を大きく堅固にすること
●「自律」を高めるとは、創作物に自分なりの視点、コンセプトを付与すること
●「自導」を高めるとは、自分の作品群に世界観を打ち立てること


そしてこのゲームプログラムでつかんだ比喩による本質を、次は現実の仕事・キャリアにどうつなげ、明日から行動をしていくかに誘っていきます。


3〈古今東西の名言・箴言を紹介する〉
1番目の箇所でも触れたとおり「大本の一」を肚に据えることは、長き職業人生にあってとても大事なことです。世の中にはその「大本の一」を言い得た言葉があります。私は研修コンテンツの中に、古今東西の偉人、哲人、達人が遺した名言・箴言をふんだんに盛り込みます。

それらは哲学の言葉です。昨今のビジネスパーソンに決定的に欠乏しているもの、それは哲学の心です。科学の心によって、分析したり戦略を立てたりすることは大事ですが、それと同時に、その科学の心をつかだどる哲学の心も磨かねばなりません。

「よき仕事」をつくるものは、最終的に「よき哲学」です。
「強きプロフェッショナル」をつくるものは、「強き哲学」です。

「心が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、運命が変わる」。


―――これは、星稜高校野球部の部室に張ってある指導書きです(ヒンズー教の言葉と言われる)。米国メジャーリーグで活躍したゴジラこと松井秀喜さんは、野球人として第一級のプロフェッショナルに成長しましたが、その過程には、高校の野球部監督であった山下智茂氏から受けたこの言葉の影響が大きくあったといいます(松井秀喜著『不動心』より)。

いまの職場に知識や技能を教える人はいても、哲学を与えてくれる人は少ないものです。かく言う私も講師として独自の哲学を与えることはできないかもしれません。しかし、古今東西の哲人たちの「強く深き」言葉を紹介することはできます。受講者の一人一人が、具体的にどの言葉に響くかはわかりません。ただ、ひとつでも多くの言葉を耳に入れておいてあげたいと思っています。あるときに聞いたたったひとつの哲学的な言葉が、人間を根本から変え、生涯にわたって彼(女)を支えることは珍しくありません。

*    * * * *

入社3年~5年次におけるフォローアップ研修をどんな内容でやるかを考えるとき、さまざまなことが考えられるでしょう。私はこのときこそ、同期入社が集って、働くことの根っこを考え合い、観・マインドを醸成する場にすることがよいと思っています。

いずれにしても、ビジネス社会のスピードが増し、複雑化するにつれ、働く人びとの手(=技術)やアタマ(=知識)は大きくなっています。けれども、心や肚はおざなりになっています。そのことが、働く人びとの漂流感や不安感、倦怠感、あるいは、不正や不祥事などモラルハザードの問題として陰を落としているようにも思えます。また、深い次元でのやる気・動機が起きてこないという問題にも通じています。

「働くこと」についての観・マインドの醸成教育は、業務課題に対する即効的な効果を生むものではありません。しかし、個々の仕事・キャリアにおいて、そして組織全体の強さにおいて、根本的な効果を及ぼすものです。



2015年3月26日 (木)

新入社員フォロー研修:「観・マインド醸成」からのアプローチ



今年も新入社員を迎える季節がやってきました。新入社員研修も始まります。会社の人事部門としては、とにかく必要最小限のスキル&マインドを整えて、配属現場に送り出さねばなりません。私は主に「観・マインド」を醸成する研修プログラムをつくっていますが、本稿ではその観点から、入社から半年後くらいのタイミングで行うフォロー研修について書きたいと思います。


◆自信喪失・ミスマッチ感をどうフォローするか

新入社員たちが最初の研修を終えて配属現場に散り、半年くらい経ったとき、どんな点をフォローアップしていくか、それはさまざま考えられます。私は彼らを観察していて、次の3つの点にフォローが必要だと感じています。それは───

1)「自信喪失感」へのフォロー
2)「ミスマッチ感」へのフォロー (ここを中心に書きます)
3)「自立から自律への意識醸成」のフォロー (本稿では割愛します)


1つめのフォローについて。半年後、新入社員たちの少なからずがさまざまに自信をなくし、落ち着かない気持ちでいることでしょう。先輩のようにてきぱきと仕事がこなせない。社外とのやりとりで緊張しすぎてしまう。電話を取るのが怖い。失敗を恐れるあまり能動的に動けない。上司との人間関係がうまくつくれない……など、アンケートではいろいろと不安を訴える声が出てきます。

これに対しては、個別の面談と、OJTではまかないきれない追加の技術研修、例えばコミュニケーション研修やプレゼンテーション研修、フォロワーシップ研修などの対応があります。実際、現況のフォロー研修はこのようなメンタルケアの面談とスキル補強型が中心となっています。



2つめは「ミスマッチ感」へのフォローです。半年間、実際に仕事をやってみると、入社前の期待や理想と、現実の仕事内容や職場の雰囲気にギャップが生じ、それが不整合感や違和感となって表れます。配属が希望と異なっていた人であれば、なおさら「ミスマッチだ」となりますし、希望どおりに配属された人でも、「ひょっとしたら自分は場違いな会社を選んでしまったのかも」と感じはじめます。

ミスマッチは彼らにとって誘惑の言葉です。ミスマッチという理由づけによって、辛抱づよくその与えられた場で能力を開いていく努力を脇に置いて、ある種、自己肯定してしまえるからです。「自分には潜在能力はあるが、ミスマッチだから開けないだけなんだ。環境を変えればなにかが起こるはず」と。そして、ゲームのリセット感覚で転職を考える人も出てきます。特に景気が好転し、人手不足が顕著になると、第二新卒採用の案件は増加するのでなおさらです。

こうしたミスマッチ感による心の揺らぎは、半年後のタイミングから、その後1年も2年も続き、拡大することも起こります。大卒入社の3割が3年以内に離職するという現象は、このこととつながっています。入社3年目に次の大きなフォローアップ研修を施すところが多いですが、20代の彼らにとって、その揺らぎの1年間、2年間はとても長い。ですから、新入社員のフォロー研修は、彼らのその後の数年先まで見据えたプログラムが必要だと留意すべきです。

私はこうしたときこそ「観・マインド」にはたらきかけることが重要だと考えます。「観・マインド」とは、思考や感情、記憶をつかさどる精神性で、単純には、ものの見方・とらえ方、意識基盤といったものです。

観はだれの内にもすでになにかしらが醸成されています。ただ、その分厚さや堅固さ、向きは異なります。学生から上がったばかりの新入社員たちの多くは当然、観がぜい弱(未醸成)です。入社から半年経った彼らが、多少の違和感を「これはミスマッチだ」と考えてしまうのも、(忍耐力の欠如というより)観のぜい弱さによるものです。

ですから私が新入社員向けのフォロー研修で行うのは、観醸成を促し、一段深いところにもぐってものごとを見つめさせる訓練をすることです。この次元の教育によって、彼らの意識基盤をつくり、自律的に行動を抑制したり、促進したりします。本稿では、私が行っている具体的な方法を2つご紹介します。1つは「概念化して肚に落とすワーク」、もう1つは「分厚い観から出た言葉を提示すること」です。


◆仕事観・能力観・プロフェッショナル観を養うワーク
まず「モザイク作文」というゲームワークです。

〈ワーク1回目〉
□受講者に、「海」「幸福」「夏の日」「中華料理」「甘い」と印刷してある5枚のカードを配ります。
□次に、講師はホワイドボードに大きく「机」と書きます。
□そして課題作業を告げます。───「カードに記された5つの単語を盛り込んで(順番は自由)、ホワイトボードに書いてある「机」に物語が帰結するよう作文してください。時間は10分間」

 

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受講者はあれこれカードの順番を入れ替えながら、なんとか「机」にたどり着くように作文を始めます。たとえば、回答はこのような感じになります───

【出てきた作文例:Kさん・女性】
「桜の花が『甘い』香りを放つ4月、私たちは入学した。みんなで『海』に行き、大騒ぎをした後、横浜に立ち寄って本格的な『中華料理』に舌鼓を打った。そんな『夏の日』もまるで昨日のよう。そして秋が過ぎ、冬が過ぎた。『幸福』な思い出をいっぱい詰め込んで、きょう、私はこの教室、この『机』ともお別れだ」。



各自が書いた作文をグループで披露しあいますが、いろいろと名作・珍作が出て盛り上がります。それで次のワークです。

〈ワーク2回目〉
□作業内容は同じです。さきほどの手元にある5つの単語を盛り込んで作文します。
□ただ、帰結ワードを変えます。講師は「クルマ(車)」とホワイトボードに書きます。


【出てきた作文例:Tさん・男性】
「『中華料理』の丸テーブルを囲みながら、きょうは我が家の家族会議だ。今年の『夏の日』の旅行は何処に行こうか。『海』にも行きたい、山にも行きたい。温泉にも浸かりたい、キャンプもしたい。そんな『幸福』プランはいろいろ出てくる。しかし、現実はそんなに『甘い』ものではなかった。なぜなら我が家は先月、『クルマ』を売っ払ったばかりだった(凹む)」。



帰結ワードががらり変わっても、受講者はたいてい見事に作文をこしらえることができます。人によっては1回目とまったく異なった感じで作文する人もいれば、1回目と同じような路線でシリーズ化する人もいます。さらに、ワークを続けます。

〈ワーク3回目〉
□作業内容は同じです。手元にある5つの単語を盛り込んで作文します。
□帰結ワードを変えます。講師は「夕焼け」とホワイトボードに書きます。
□さらに1点、要件を加えます。───「作文はサトシ君(中学3年生)に贈るものです。サトシ君は、高校受験の前日に交通事故にあって大けがをしてしまい、入院1週間目です。第一志望校の受験も見送らざるをえませんでした。ベッドで元気をなくしています」。


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さて、1,2回目のワークでは単純に作文すればよかったのが、3回目ではそれをやることの意味が加わりました。受講者は考えを巡らせます。どういう物語でサトシ君を励ませられるのかと。たとえば、このような作文が出てきます。

【出てきた作文例:Hさん・男性】
「光太郎は小さな島を飛び出て一流の『中華料理』人になるために、東京の名店で修行を重ねた。そしていよいよ独立して東京に店を出した矢先、火事を起こしてしまい、店は全焼。莫大な借金だけが残った。光太郎は生まれ故郷の島に戻り、『海』を見つめていた。人生、そんなに『甘い』ものではないな、と。でも、命をなくしたわけじゃない。どうにだってやり返せる。この絶望の先に『幸福』はあるはず。『夏の日』の『夕焼け』が水平線を赤く染めていた」。


サトシ君への励まし作文はいろいろと出てきます。上の作例のように希望を持つかぎり頑張れるというメッセージを込めた内容のものもあれば、なにかオチのあるおもしろい小話を作って気分を明るくさせるものも出てきます。

さて、この単純な3回の作文ワークによって、入社半年後の受講者に何を学んでもらうことができるのでしょうか? 何の「観」を醸成することができるのでしょうか───? 

私が意図するのは次の2点です。
 1)能力をひらく能力=「メタ能力」の重要性
 2)「優れた組織内プロフェッショナル」観の醸成


◆「メタ能力」とは
メタ能力の「メタ(meta)」とは「高次の」という意味です。たとえば心理学の世界では、「メタ認知」という概念があります。メタ認知とは、認知(知覚、記憶、学習、思考など)する自分を、より高い視点から認知することです。たとえば、何かスポーツをしているときに、実際にグランドに立ってプレーしている自分がいると同時に、試合全体を上から俯瞰し、自分を含め戦う相手や観客などを観察し、プレーする自分に指示を送る自分がいます。この俯瞰でみている意識のはたらきが「メタ認知」というわけです。

それと同じように、自分が持つもろもろの能力を、一段高いところから統合して成果に結び付ける能力をここで「メタ能力」と呼びます。

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【Ⅰ次元能力】能力をもろもろ保持し、単体的に発揮する
「〇〇語がしゃべれる」「数学ができる」「記憶力が強い」「幅広い教養がある」、「文章力が優れている」「表計算ソフト『エクセル』の達人である」、「〇〇の資格を持っている」「運動神経が鋭い」「論理的思考に長けている」───これらは単体的な能力、素養としての能力です。これらを発揮することをⅠ次元の能力があるととらえます。

新入社員の多くは、こうしたⅠ次元能力を自己の強みとして就活でアピールし、採用もされたので、その延長線上で配属されるだろうことを(一人勝手に)思っています。つまり───

・「私は語学力が買われた。だから海外折衝の部門に配属されるはず」。 →でも、国内支社の購買部に配属された。意欲ダウン
・「私は広告研究会でコピーを何本も書いてきた。その能力で採用されたにちがいない。だからクリエイティブな仕事のできる部署に配属されるはず」。 →ところが、体育会的な営業部に配属された。意欲ダウン


会社では往々にしてこのような配置があるわけですが、これを彼らがミスマッチだとして意欲の低下や安易な転職につながらないようにするために、会社側は新入社員たちに対して、メッセージを発しておくことが必要です。すなわち、「あなたがたの採用はⅠ次元能力を見込んでのことではない。Ⅱ次元能力・Ⅲ次元能力こそ、会社が期待するものである」と。

【Ⅱ次元能力】能力を“場”にひらく能力
私たちは仕事をするうえで、能力を発揮する「場」というものが必ずあります。たとえば、営業部で働いているとすれば、その営業チームという職場、営業という職種の世界、そして事業が属する市場。一般社員であるか管理職であるかという立場。これらが「場」です。そして場はそれぞれに目標や目的を持っている。

私たちは、もろもろに習得した知識や技能(=Ⅰ次元能力)を、さまざまに編成して「場」に成果を出そうと努める。このⅠ次元能力を一段上から司る能力が、Ⅱ次元能力であり、ここで「メタ能力Ⅱ」と名付けるものです。

【Ⅲ次元能力】能力と場を“意味”にひらく能力
さらに言えば、もろもろのⅠ次元能力を自在に組み合わせ、場の要請に応じて成果を出し、ある大きな意味・事業理念を満たしていく(そのために新しい能力を積極的に獲得したり、場をも変えていったりする)能力が、Ⅲ次元能力/メタ能力Ⅲです。

さきほどの「モザイク作文」が、まさにこのメタ能力という概念を肚に落とすためのワークです。つまり、5枚のカードは自分が持つ単体の能力(Ⅰ次元能力)です。そして講師がホワイトボードに書く帰結ワードは、場が与えるミッションです。そのミッションをかなえるべく、5つの能力素材を組み合わせて、自分なりの成果物(=作文表現)を出す。自分の得意で好きなⅠ次元能力の延長に業務があるのではない。会社という事業組織においては、必ず「場」(職場・市場・立場)からの要請・需要があって、それに応える形で成果を出していく。それが「会社という舞台で仕事ができる人」であり、「優れた組織内プロフェッショナルの姿」なのだ、というマインドセットに通じていくワークです。

そういう仕事観・能力観・プロフェッショナル観を会社側が発信していかねば、いつまでも彼らは「会社はやりたいことをやらせてくれない」とか「ミスマッチだ」などの感情に傾きやすく、組織にとっても個人にとってもハッピーでない状態に陥るリスクが継続します。

「単に~ができる」というⅠ次元能力を超えて、どんな部署に配属されようと、どんな業務命題を与えられようと、そこで成果を出し、大きな意味のもとに自分をひらいくメタ能力に優れた組織内プロフェッショナルに育っていってほしい───そのメッセージを研修プログラムに込めて伝えるのが、新入社員フォロー研修の大きな目的になりえるのではないでしょうか。


◆分厚い観から出た言葉を差し出す
知識や技術は伝授や植え付けが可能ですが、観やマインドはそうした一方的な教え込みはできません。あくまで、ある観を示し、それによる影響や感化によって本人の内の醸成を促すことができるのみです。研修でさまざまなワークや講義を行った後に、私が届ける言葉はたとえば次のようなものです───

「最初の仕事はくじ引きである。
最初から適した仕事につく確率は高くない。
得るべきところを知り、向いた仕事に移れるようになるには数年を要する」。
───ピーター・ドラッカー(経営学者)

「下足番を命じられたら、
日本一の下足番になってみよ。
そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ」。
───小林一三(阪急グループ創設者)

「小さな役はない。小さな役者がいるだけだ」。
───(演劇の世界での言葉)

「人生とは10パーセントの我が身に起こること、
そして90パーセントはそれにどう対応するかだ」。
───ルー・ホルツ(米・アメリカンフットボールコーチ)

「転職は、今いる会社で実績を積み、“伝説”をつくってからでも遅くはありません。
いや、実績を積んだときはじめて、転職するもしないも自由な身になれるのです」。
―――土井英司『「伝説の社員」になれ!』


こうした言葉の含蓄を彼らがどこまでそしゃくできるかはわかりません。しかし、耳に入れておくのとそうでないのとでは大きな違いが生まれます。こうした下地があれば、この先、彼らが遭遇する出来事から、「あ、あのときのワークはこういう意味があったのか! あの言葉の本質はこれだったのだ!」という気づきが起こりやすくなります。そしてそのときの意識変化、行動変化は根本的なものになるでしょう。「観・マインド」醸成の教育とはこうした中長期わたってじわりと効いていく類のものです。

昨今、人事担当者の間では社員を「自律的」に育てたいということがよく言われます。この「自律」とは何でしょう。“律”とは規範やルールです。つまり、自らの規範やルールに基づいて判断、行動できることが自律ということです。自らの規範やルールを内面に打ち立てるには、そもそもその根っことなる価値基軸や観がしっかりなければなりません。ですから、自律的な人材の育成には、観の醸成教育を避けて通ることはできません。

と同時に、そこでは組織側の観も問われることになるでしょう。一体全体、会社はどんな就労観、事業観、人材観、キャリア観、社会観を持って事業を推し進めようとするのか。そこをていねいに発信し、社員と共有しようとすることが会社にも求められます。「観は人それぞれ多様だから、縛ることはよくない」というのは、社会全体には言えることですが、こと事業体にあっては、むしろ観を共有できる人が集まって、強い思いの製品・サービスをつくるほうが望ましい姿といえます。共有できる理念・バリュー・文化が土壌としてあって、その上に多様で強力なアイデアが出る。昨今、顧客に強く支持される企業の共通点はそういったところにありはしないでしょうか。

いずれにしても、新入社員に対し、技術習得や知識獲得とは別に、意味・価値次元からものごとを考える機会を、内面の揺らぎの大きい20代にこそ豊富に与えるべきだと思います。「観・マインド」の醸成や共有は、しかるべきタイミングを逃すと、人の内面の土壌は固まってしまい、後からの教育はなかなかうまくいきません。新入社員をけっして子ども扱いせず、真正面から「観・マインド」を見つめさせる問いを投げかけていいのではないでしょうか。


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2014年9月23日 (火)

「成長」は目的ではない~「VITM」を転回せよ



◆「課長、その仕事、成長できますか?」と訊く若手社員
心理学博士の榎本博明さんは、『「やりたい仕事」病』(日経プレミアシリーズ)のなかで、昨今の若手社員が、やりたい仕事がみえないことへの不安、目の前の仕事によって成長が得られないことへの焦りなどを過剰に抱える様子について興味深く分析している。「成長欠乏不安症」の人は一度読んでみるといいだろう。

多くの上司や経営者、先生方、親たち、大人たちは、部下や従業員、生徒、子供たちに向かって「成長しろ、成長しろ」と言う。そして、私たち一人一人も「成長しなくては」と(強迫観念的に)思っている。

しかし私たちは、必ずしも「成長するぞ」と思って成長するわけではない。一所懸命、何か課題に取り組み、解決できたときに、“結果的に”成長しているというのが実態である。

だから人は「成長しなければ」とか、「なぜ成長しなければならないか」を考えてもはじまらない。「どんな仕事に没頭すれば、成長せずにいられないか」という順序でとらえるべきなのだ。成長は目的ではないからだ。何かを全うしたときに、あるいは、何かに持続的に身を投じている過程で、ふと振り返ってみたら結果的に成長していた、そんなものだ。

◆「VITM」という処方箋
若手社員の間で「やりたいことが見つからない症候群」「成長できますか症候群」が増える状況にあって、私が研修を通して行っている処方箋は、「キャリアをたくましく展開する『VITM』モデル」である。

  ・「V」ベクトル:自分が価値を置く軸
  ・「I」イメージ:理想とする像
  ・「T」トライアル:行動で仕掛けること、自分試し
  ・「M」ミーニング:意味・目的

私がこれまでにさまざまな人びとのキャリアを観察してきた中で、自分らしくキャリアをたくましく拓いている人の鍵になる要素がこの4つである。ただ、4要素のうちどれもバランスよく強い人は少ない。人によって強弱が出る。

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「I」(イメージ)先行でその理想実現に向かってひた走る人もいれば、必ずしも向かう先のイメージはできていないけれども、自分の譲れない価値軸「V」や意味「M」にこだわって地道にプロセスを積み上げる人もいる。また、ともかく「T」(行動)してみて状況変化を起こし、そこから次の一手を考えながら進む傾向の強い人もいる。

だが、何か1つでも強いということが実は重要である。その1つが引き金となって、キャリアがごろりと展開を始める可能性が高いからだ。「VITM」の4要素は相互に刺激し合って全体を強めていく。全体に流れができてくればしめたもので、その流れが起こったときはすでに何かに没頭する状態になっているはずである。そして知らずのうちに、結果的に「成長してしまう」ことになる。

さらに言えば、「VITM」がうまく回ることは、それ自体が報酬となる。自分の求めるV(価値)がどんどん見えてくる。理想とするI(イメージ)が成就する。M(意味)を満たすことができる。T(行動)することの爽快感を得られる。これらはすべて、金銭的報酬に勝るとも劣らない報酬である。

なお、この「VITM」を転回させるということは、働く個人のみならず、事業組織においても有効な概念モデルといえる。


◆忙しさは成長を約束するものではない

「忙しいだけなら、アリやミツバチだって忙しい。
問題は何によって忙しいかだ」。


とは、ヘンリー・デイビッド・ソローの言葉だ。漫然と忙しくしているだけでは、実は人は成長を得られない。ここに、いわゆる「アクティブ・ノンアクション」の問題がある。

「アクティブ・ノンアクション」(active non-action)とは、「行動的な不行動」とか「不毛な忙しさ」と訳され、多忙ではあるが目的意識を伴った行動となっていないがために結果的に生産的・価値的でない行動に終始していることを説明する概念である。

この概念は、もともと、哲学者ルキウス・アンナエウス・セネカが言及した「怠惰な多忙」(busy idleness:あくせくしながらも結果として何も生んでいない空転状況のこと)から派生した。セネカが約2000年前の人物だということを考えると、人類の“不毛な忙しさ”問題は、古今東西を貫く一大問題なのかもしれない。

確かに私たちの仕事生活は忙しさに追い立てられ、それが止むことがない。でも、1日、1ヶ月、1年、3年を振り返ったとき、何かほんとうに価値のあることを成しえているのか、自分は何に向かって、何を積み重ねているのか……? おそらく漫然と忙しくしている人にとっては、つらく不安な自問になるだろう。

忙しさに納得ができ、その忙しさがきちんと自分の手ごたえある発展につながってくるためには、先ほど触れた「VITM」の意識のもとに働くことが欠かせないと私は思っている。企業内研修の場で多くの受講者と接し、就労意欲の減退感、キャリアの停滞感を抱く人は多い。一つの理由は、企業の事業目的・計画数値に合わせて、自分という労働力を提供し報酬をいただくという単純な対価交換関係に埋没していることだ(もちろん労働契約というのは、そもそもそういう関係をいうのだから、労使ともに特別問題のあることではないのだが)。つまり与えられた目標数値と自分との閉じた関係の中で、尽きない忙しさによる疲労感がどんどん充満していく。

ところが同じような数値目標下、同じような忙しさの中でも、嬉々として働いている人間もいる。それは、意識するしないにかかわらず「VITM」が彼(女)の中で転回しているためだ。「VITM」の転回は、らせん状にオープンに広がっていく発展実感を伴う。そしてその転回の舞台として、たまたま現職場があるという感覚だ。その意味で、「VITM」をうまく回している人にとって、会社というのは舞台提供者であり、パートナーやパトロンに近い関係意識を持つようになる。

また、「VITM」をうまく回している人は、必ずしも能力に長けた人(いわゆる「ハイパフォーマー」)ではないし、高い給料をもらっている人でもない。業務処理能力や専門知識のレベル、年俸の多寡とは別の次元、すなわち内省的に思索ができる、抽象的に本質を引き出すことができる、そして理念を行動で試すことができる、リスクをいとわないといった次元で強さや素直さを持った人である。V(価値)とかI(イメージ)とか、M(意味)とか、そういった“正解のない問い”に対して自分がどう肚をつくるかという問題なのである。

組織は個に対し、業務処理の高度化とスピード化を求める。そして事業を成長させるために、右肩上がりの数値を掲げて現場に発破をかける。個は組織に対して、正当な報酬と成長できる仕事を求める。組織も個も成長がほしい。だが、成長を目的として動いても容易に達成が得られない状況になっている。

知識と技術を身につけ、真面目にがんばれば何か報われた時代があった。だが、いまは組織も個も、いったん、意味や価値といった次元に思考と行動をくぐらせなければ、状況を打開できないときに来ている。サイエンスではなく、アートの要素がますます求められる時代になったともいえる。「VITM」モデルはまさに、アートとしての事業・仕事を考える作業なのである。

組織も個人も「アリやミツバチのように忙しいだけ」なのか、「みずからが想い描くVITMのもとに手ごたえをもって忙しい」のか、この差は大きい。スケジュールが埋まる日々にあって、「怠惰な多忙」を恐れよ。





2014年7月14日 (月)

中学生向けキャリア教育 ~世の中は“表現”にあふれている

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一昨年、昨年と福山市立山野中学校(広島県)で行ってきた「働くって何だろう?」を考える特別授業。今年もその続編である第3回目を、実施することができました。

ちなみに、過去の授業の模様はこちらのページで紹介しています。
  ●〈第1回〉中学生向けのキャリア教育プログラムを実施
  ●〈第2回〉中学生向けのキャリア教育~すべての働く人には“思い”がある


* * * * *

■ 実施日・実施校:
  2014年(平成26年)7月9日  
  10:50am~12:40pm
  広島県福山市立・山野中学校にて


■ 授業名:
  「働くって何だろう!?」を考える特別授業〈第3回〉
  ~世の中は“表現”にあふれている


■ プログラム概要:
「働くって何だろう!?」を考える特別授業は、山野中学校の柳井晃司校長から要請を受け開発を始めたもので、全体として3部構成となっています。本年はその第3部を実施しました。

プログラム全体の核概念は───

「仕事(働くこと・職業)とは、
『能力』と『思い』を組み合わせて『表現』する活動である」

これを簡単に表記すると、「仕事=能力×思い→表現」です。第1回目は「能力」に、第2回目は「思い」にフォーカスを置き実施してきました。そして今回は、「表現」に重点を置くプログラムです。
今回の内容を端的に言えば、働くことは最終的に何らかの「表現」をする活動であり、その「表現」を製品やサービスとして生みだし、お客様に買っていただく営みであるということです。つまり、「表現」をお金に換え、「表現」を通し世に役立っていく――それが職業。これをワークや講義を通して理解をしていきます。


■ 事前課題『活動X分解シート』:

〈作業1〉
これまでにあなたがやった活動の中で、次にあてはまるものを何か1つ想像してください。

 □ 夢中になって作ったもの
 □ 大成功したこと
 □ 努力して成し遂げたこと
 □ みんなにとても喜ばれた行動
 □ すごい記録になったり、表彰されたりしたこと

それは具体的にどんなことだったかを下の例にならって、『活動X分解シート』に書き出してください。特別授業では、この書き出したものを『活動X(エックス)』と呼ぶことにします。

=記入例=わたしの『活動X』
  〇去年の文化祭のとき、映画を作った。警察官役を演じた。
  〇母の誕生日に本人に内緒のプレゼントを企画した。誕生日当日、母が半日外出
   する予定だったので、その間に兄弟で家の大そうじをやることに。そして実行。
   家に帰ってきた母はとても驚き、喜んでくれた。

  〇富士山に登った。6時間かかったが無事頂上まで登った。
  〇ボランティア活動で、介護施設に行き、演奏会をした。
  〇英語暗唱大会で3等賞を取った。


〈作業2〉
 ・あなたの『活動X』はどんな「表現」をした活動だったのでしょう?
 ・あなたが『活動X』をやったとき、どんな「能力」を使いましたか?
  どんな「能力」が必要でしたか?(重要だと思うものを2つ~3つあげる)

 ・あなたが『活動X』に取り組んでいるとき、どんな「思い」でやっていましたか?

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■ スライド講義(抜粋):

まず、事前課題で各自が書いた『活動X分解シート』を一人ずつ発表します(シートをスクリーンに投影して、プレゼンテーションする)。

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この作業を通して各自に考えさせたいことは、自分が何か意志をもって活動するとき、かならず表現(その表現は物となるときもあれば、その場で消えてしまう行為で終わるときもある)を生みだしていること。そして、その表現を生みだす基となっているのが、能力と思いであること。さらに、こうした表現を生みだす、生みださずにはおられないのが、人間であること、です。

生徒のみなさんからは、『活動X』において、「詩という表現をした」「野球をするという表現、そして優勝という表現を残した」「文化祭の演劇でおとなしくて良い子を演じるという表現をした」「子どもの世話という表現をした」などの発表がありました。そして、それぞれがその表現をするために、どんな能力が必要だったか、どんな思いを下地にしてやったかを発表してもらいました。

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こういうワークをやることで、彼らは、能力がある目的を成就するための手段であることに気がつくでしょう。大半の中学生は、まだ、勉強をそれ自体が目的であるとして認識しているのが普通だと思います。そこにきて、いや、学校でいま身につけていることは、将来いろいろなことを成すための手段になるのだということに認識を広げることは、思考枠の殻を破るという意味でよい気づきになるのではないでしょうか。また、人の活動には志向性があり、その下地になるのが情動や価値観といった思いであることを考えるのも、思考を深めるといった観点で有意義であると思います。

発表を終えたところで、人の活動の結果生まれる「表現」が職業につながっていることに触れます。例えば、生徒Aさんは「詩という表現をした」ことを語ってくれましたが、詩という表現にとことん取り組んでそれを職業にしている人が世の中にいる―――それが詩人。また、B君は「野球をするという表現」を発表してくれましたが、野球という表現を突き詰めて仕事にしている人―――それがすなわちプロ野球選手。同様に、「劇で役を演じるという表現」を職業にしている人は役者・俳優たち。「子どもの世話をする表現」を仕事にしてお金を得ているのは保育士、と言った具合です。

どんな表現であれ、世の中にはそれを突き詰めて職業にしている人たちがいる。あるいは、その表現をすることが好きで、それを追い求めていけば、その表現にかかわる仕事に就くことだってできる。―――この発想を与えることはとても重要ではないかと私は思っています。

私が本業である企業内研修および大学講義の場でさまざまな従業員・学生と接して感じることは、多くの人の職業選択の発想が貧しいことです。より正確に言えば、与件的でふくらんでいないといいましょうか。すなわち「自分は文学部だから、このあたりの就職先なるのかな」「適性診断結果がこうなっているからこういった職種にすべきなんだろう」といって通販カタログから商品を選ぶように候補会社を選んでいる。あるいは、「試験さえ受かればなれるので(○○士になろう)」「安定しているし、親も納得してくれるし(だから公務員になろう)」というふうに、なれる道筋がはっきりしているからとりあえずそこにするといった発想。ともかく条件的なもので自分のなれそうな職業を限定していく人たちが多いのです。

もちろんそうした条件で絞り込んでいくという作業は必要ですが、職業選択の発想は、なによりもまず情意をふくらませるところから始めるべきなのではないでしょうか。だからこそ、私は中学生に「表現/表現することの喜び」に関心を持ってもらいたい。そしてそこから未来につながる職業をイメージする思考プロセスを体験してもらいたい。今回のプログラムにはそんな意図があります。


それで、「表現」というものにもっと注意を引き寄せるために、次のミニワークをやります。「教室の中にどんな表現があるか」を書きだしてもらうのです。

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生徒のみなさんからは、「黒板」「チョーク」「机」「窓」「時計」「パソコン」などさまざまな答えがありました。

そう、目に見えている製品は、すべてが誰かの頭と手による「表現」なのです。この黒板は誰かが設計して、誰かが作り、誰かが売り、誰かが運んで、誰かが取り付けてくれたものです。その過程すべてに、その「表現」を職業にしている人がいるということです。

そして、この黒板を設計することを職業にしている人は、黒板の設計という「表現」を生みだすために、「能力」を使い、「思い」を込めて仕事をやったのです。どんな能力か―――黒板の素材知識、図面を書く技術など。どんな思いがあっただろうか―――先生や生徒さんが使いやすく長持ちする黒板を作りたい。
チョークも同様です。このチョーク1本1本を作る仕事人が世界のどこかにいる。よりよいチョークを作るという「表現」をするために、日夜、「能力」を磨き、「思い」を込めている人がいる。

このように、世の中は「表現」にあふれている。
そして、その表現の分だけ、職業がある。
だから、世の中は職業にあふれているといってもいい。
(それなのに、多くの人は職選びとなると、とたんに与件的に限定的に発想が貧しくなる)



「表現」について考える次の観点は、「表現」には“できばえの差”があるということ。つまり、世の中には、じょうずな表現もあれば、ヘタな表現もある。質のよい表現もあれば質の悪い表現もある。心のこもった表現もあれば、心がこもっていない表現もある、という事実です。

例えば、「サッカーの試合」という表現を考えた場合、中学生の部活試合を「ふつう」のレベルとすれば、Jリーグの試合は「非常にじょうず」だし、ワールドカップの試合は「超じょうず」のレベルになる。

また、「箸(はし)」という表現を考えると、「質がよい」輪島塗の高級箸(1膳2万円)がある一方、スーパーで売っている箸(1膳500円くらい)は「ふつうの質」だし、100円ショップで売っている割り箸(1膳1円くらい)は「質がわるい」。

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あるいは「料理」という表現ではどうか。お母さんが作ってくれるお弁当や職人気質(しょくにん・かたぎ)のシェフがいるレストランの料理は、「心がこもっている」。だが、料理や接客が雑なレストランの料理は「心がこもっていない」。だから、もう二度とこんな店に来るものかと思う。

では、こうした「表現」のできばえの差はどこから生じるのか? これを考えるために、この授業で核概念となっている「能力×思い→表現」の図をあらためて見せます。「表現」の基になる「能力」と「思い」に着目させます。

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表現のレベル差を生んでいるのは、「能力」の差、「思い」の差であることを解説します。ある表現がなぜヘタだったり、質がわるかったりするのか。それは、能力が未熟であったり、思いがなく適当であったりするためです。それとは逆に、ある表現がじょうずで質がよいのは、能力が磨かれていて、妥協しない思いでつくっているからです。

世の中には「道を究めようとする人」がいる。それはどんな人かというと―――

 ・優れた「能力」を持ち、さらにそれを研ぎ澄まそうと貪欲に学ぶ
 ・いい加減を許さずつねに最高をめざそうとする「思い」を抱く
 ・そして、見る人をうならせる「表現」を生みだす人

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そういう「道を究める人」を探していこうと呼びかけます。そのために、第一級の表現に触れていくことを誘います。

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そして講義の最終パート。「表現」から逆算して、就職を具体的に考えることをします。今回は、紙製品を例にあげて説明をしました。なぜ紙製品かというと、山野中学校の生徒さんは課外活動で模擬株式会社をつくって、手漉き和紙品を製作して販売しているので、イメージがしやすいからです。

「紙製品」に関わる職業について、次の5項目で話を進めます。
 1)製品の種類:世の中にどんな紙製品があるか
 2)就職形態:どんな形で働くか
 3)業種:どんな種類の事業か
 4)職種:どんな種類の仕事か
 5)その職業につくために必要な勉強・能力

まず、紙製品にどんなものがあるかを挙げてもらう。
 ・手紙セット・グリーティングカード
 ・本・雑誌・新聞・ノート・コピー用紙
 ・手帳・カレンダー
 ・包装紙・箱・段ボール
 ・紙コップ・牛乳パック
 ・トイレットペーパー・ティッシュペーパー
 ・ふすま紙・障子紙・唐紙
 ・フィルター(ろ過)製品・マスク
 ・ちょうちん・あんどん
など、紙製品にかかわる職業といっても、これほど広範にあることを知る。

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2番目に、どんな形で働くか。
 ・会社に勤める(会社員)
 ・役所に勤める(公務員)
 ・自営でやる(自営業主)

3番目に、紙製品を扱うといってもどんな種類の事業があるか。
 ・製造業(製紙会社)
 ・製造業(文具メーカー)
 ・卸/小売業(販売会社)
 ・印刷会社 
 ・デザイン会社 など

4番目に、どんな種類の仕事があるか。
 ・研究開発・製造
 ・販売/営業
 ・デザイン
 ・経営管理
 ・商品企画 など

5番目に、就職するためにどんな勉強をし、どんな能力をつけていけばよいか。
 ・研究開発・製造 ←化学、工学、産業技術、環境学など
 ・販売/営業 ←経営学、マーケティング学、人と接する力、語学力など
 ・デザイン ←デザイン・工芸、美的センスなど
 ・経営管理 ←経営学、法学、情報工学など
 ・商品企画 ←経営学、マーケティング学、柔軟な発想力など

紙製品に関わる職業に就いた具体的な姿をいくつか提示します。

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このパートから発したいメッセージは次のようなことです―――

紙製品という「表現」にかかわる職業はさまざまある。
そしてその職業に就く道筋もさまざまある。
世の中にある「表現」に興味を持とう。
そしてそれを職業にしている人に興味を持とう。
どうすればその職業に就ける道筋があるかを先生や親にきいてみよう。

最後に、偉人・賢人の言葉。

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■補足:生徒たちへの事前メッセージ(手紙):

山野中学校のみなさんへ

今年も『働くって何だろう?を考える特別授業=第3回=』をやることになりました! 今回も一風変わった練習をしながら、みなさんといっしょに「仕事・職業」について考えていきたいと思います。

さて、「人間は〈〇〇する〉生き物である」とした場合、あなたは〈〇〇する〉のなかにどんな言葉を入れるでしょう。つまり、人間はほかの生き物と比べて、なにをするところがまったく違うのか、です。

それについてある人は、「人間とは〈考える〉生き物である」と言いました。また「人間とは〈遊ぶ〉生き物である」、「人間とは〈道具を使う〉生き物である」と言った人もいました。どれもなるほどと思えます。そして今回の授業では次のように考えてみたいと思います───「人間とは〈表現する〉生き物である」と。

「表現」とは、自分の内面にある思い・気持ち・考えを、外側に見えるものとして出すことです。たとえば、物を作る、文章を書く、絵を描く、話す、歌う、踊る、など。さて、あなたは事前課題でどんな『活動X』を書き出したでしょう。その書き出した『活動X』において、まさにあなたは表現をしています。

〈記入例〉の場合でみると、「映画を作った」とき、できあがった映画作品というのは立派な表現です。「警察官役を演じた」というその演じる行為も表現です。「そうじ」というのもお母さんへの感謝を示す表現ですし、それをプレゼントにするというアイデアも表現です。「富士山に登って」自分の体力と辛抱強さを証明してみせたのも表現です。「演奏会でなにか楽器を弾いた」のも表現です。その表現が人を喜ばせたのです。「英語で暗唱した」のも表現です。その表現は上手だったので3等賞が取れたわけです。

このように、なにか意志を持って活動するとき、わたしたちは自然と「表現」をしています。表現は物として残る場合もあるし、そのときの行為として消えてしまう場合もあります。いずれにしても、あなたが書き出した『活動X』は、必ずなにかの表現になっているはずです。
……とまぁ、今回の授業はそんな「表現」というものをみていき、「表現」を人に買ってもらい、お金を得ることが職業であることを理解していきます。では、続きは授業にて。では、今年もみなさんにお会いできることを楽しみにしています。

平成26年7月
東京より
キャリア・ポートレートコンサルティング 村山昇



■生徒の感想:

○私は今日、村山先生の話を聞いて、私たちが普段使っているペンやノートやテレビや鏡などは誰かが作っていて、それはその人が作った表現物だと分かり、とてもおもしろかったです。また私たちも生活の中でたくさんの表現をしていることも分かりました。私はこれからもっとたくさん表現をして、将来役に立つようにしたいと思いました。今日は本当にありがとうございました。  (3年・女子)

○今日は3回目となる特別授業をしていただきありがとございました。「表現」をテーマにして、「能力」「思い」がないと「表現」にたどりつかないことがわかりました。自分の『活動X』について、どんな「能力」「思い」を使ったか、考えて発表することができました。これから夢に向かって、様々な能力、考える力をつけていこうと思いました。 (3年・男子)

○今日は山野中学校に来てくださりありがとうございました。私は今回3回目でした。3回目の今日は、「表現」について学んで、みんなの『活動X』で表現していることが、大人はそれを職にして働いているということに気づきました。「表現」と言われると難しいけど、自分の周りには、たくさんの人達が表現した製品やサービスがあることが分かりました。 (3年・女子)

○今日は特別授業で、世の中は「表現」にあふれていることを教えてくださりありがとうございました。僕は、いろんな会社は、商品の使いやすさやいろんな工夫をして、たくさんの表現をしていることがわかりました。それに会社一つ一つによって表現のしかたが違うこともわかりました。今日教えてくださったことを(我が校の模擬株式会社の)商品作りに生かしていきたいなと思いました。 (2年・男子)

○私は「能力」と「思い」がかけあわさって「表現」することを改めて知りました。人間にしかできない良い表現をたくさんやりたいと思います。自分の夢はまだ見つからないけど、もし、やってみたいと思ったことは、村山先生の話をもとにしてがんばってやりたいです。 (2年・女子)

○今日の先生の「表現」についての話を聞いたとき、私の中で一番印象に残っていることは、「紙(製品)」という物だけでも、たくさんの人たちが動いているということでした。私たちの身の回りには、今まで数えたことはなかったけれど、身の回りの物一つ一つに多くの人のたくさんの表現が形になっているのだなと気がつきました。だから私は、将来働くことになったら、様々な表現をしたいです。ありがとうございました。 (2年・女子)




■山野中学校・柳井晃司校長からいただいたお礼の手紙:
(ご本人に承諾を得て掲載しました)

過日の特別授業に際しましては,天候も心配されるなか遠路,本校までお越しいただき厚くお礼申し上げます。また,今年で3回目を迎えます「働くって何だろう?」の特別授業を実施していただき感謝の言葉もありません。

先生の3部構成の構想のもと,「働くって何だろう」の特別授業は,毎回,生徒たちだけでなく教職員もインスパイアされる内容でした。事前に生徒たちへメッセージを送っていただきました。そのメッセージには特別授業のテーマと内容についての分かりやすい説明が書いてありました。そして,事前に予習することで当日の生徒たちのモチベーションを高めることができたと思います。企業研修で行うような中身を中学生にも理解できるような言葉で語りかける村山先生の授業に,「働くとは何か?の通訳になる」という先生の真髄を感じた次第です。生徒の感想を同封しています。どうぞご覧ください。

最後になりますが,村山先生との出会いに感謝します。出会いは学びの場に繋がりました。今後ともキャリア・ポートレートという人財育成にむけて,益々の先生のご活躍を祈念し,そして,3年に渡る「働くって何だろう」の特別授業に感謝と先生の熱意に敬意を表しお礼の言葉とさしていただきます。
                                 
                          
                         平成26年7月18日
                         福山市立山野中学校
                         校 長 柳 井 晃 司





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【過去の特別授業に関する記事】
〈第1回〉中学生向けのキャリア教育プログラムを実施
〈第2回〉中学生向けのキャリア教育~すべての働く人には“思い”がある

【新規プロジェクト】
●中学生に読んでほしい
生きることの根っこをかんがえるウェブ絵本プロジェクト
『ふだんの哲学』を開始しました!

このブログ記事に関するご意見・お問い合わせは下記までどうぞ。
キャリア・ポートレートコンサルティング代表:村山
→ info@careerportrait.jp



2013年7月16日 (火)

中学生向けキャリア教育~すべての働く人には“思い”がある


Asahi0710 特別授業の模様が朝日新聞(7月10日付・地方面)で紹介されました



「働くって何だろう!?」を考える特別授業〈第2回〉
~仕事を“能力×思い→表現”で分解してみる

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昨年7月、福山市立山野中学校(広島県)で行った「働くって何だろう?」を考える特別授業、その続編である第2回目を、過日実施することができました。

ちなみに、昨年の第1回授業の模様はこちらのページで紹介しています。
中学生向けのキャリア教育プログラムを実施


* * * * *

■ 実施日・実施校:
 2013年(平成25年)7月9日  
 10:50am~12:40pm
 広島県福山市立・山野中学校にて
 

■ 授業名:
 「働くって何だろう!?」を考える特別授業〈第2回〉
  ~仕事を“能力×思い→表現”で分解してみる


■ プログラム概要:
 『“働くって何だろう!?”を考える特別授業』は、山野中学校の柳井晃司校長から要請を受け開発を始めたもので、全体として3部構成を想定しています。昨年、その第1部を実施しました。本年が第2部です(第3部は来年実施予定)。

 プログラム全体の核になる概念メッセージは───

  「仕事(働くこと・職業)とは、
  『能力』と『思い』を組み合わせて『表現』する活動である」。
  簡単に表記すると、「仕事=能力×思い→表現」となります。

 第1部は特に「能力」というものの理解に重点を置き、レゴブロックを使ったゲームで学んでもらいました。今回の第2部は「思い」に重点を置いたプログラムです。次回第3部は、「表現」にフォーカスすることを予定しています。

 今回第2部の肝は、『仕事分解シート』演習にあります。教材として『朝日中学生ウィークリー』の「ジョブなう」という記事を使います。

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 「ジョブなう」の連載はすでに130回を超えていて、毎回さまざまな職業が紹介されます。この記事のよいところは、実際の人物を取材し、その人を通じて職業を見せていく点です。職業内容やその職業に就くための要件はもちろんのこと、その人の生い立ちやその職に就いた背景なども記事に織り込んであります。
 今回、この記事を過去8カ月分(約30本)用意し、生徒たちに興味をもった職業(記事)を選んでもらいます。それで生徒たちは『仕事分解シート』を手に、仕事を「能力・思い・表現」の3要素に分解してとらえる作業を行います。


■ スライド講義(抜粋):

まず、基本概念となる「仕事=能力×思い→表現」の説明から入ります。

「能力」とは何か、「思い」とは何か、「表現」とは何か、については、
昨年の第1回授業で説明しているのですが、復習を兼ねてスライドを見せます。

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実際の仕事の例をあげて、「能力×思い→表現」をイメージしやすくします。

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仕事の理解でさらに大事なことは、表現したもの(=商品・サービス)が人に買ってもらわなければならないことを知ることです。人に役立ち、必要とされ、支持され、購買されてはじめて報酬(ここでは特に金銭的報酬を指しますが)が生み出されることを頭のなかに入れなければなりません。

子どもはよく親の手伝いをすると小遣いがもらえることを体験しています。このとき大人が留意すべきは、子どもに対し、小遣い(=金銭的報酬)は、何か我慢して労働したときの対価であるという認識に偏らせてはいけないということです。「自分は我慢して働いたのだからお金をもらって当然」と考えるのはあくまで一面であり、利己の視点です。「自分の表現したものが人の益になり、世の中に貢献した。そのとき人や世の中が、お礼の気持ちとして代金を払ってくれる。それがつまり売上になり、給料になる」という、利他からの視点でとらえることを伝えねばなりません。

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さて、ここまでの下地の理解をつくっておき、『仕事分解シート』演習に入ります。
新聞記事を熟読し、自分が選んだ仕事を「能力・思い・表現」に分解してとらえ、皆の前で発表します。今回、新聞記事と『仕事分解シート』は1週間ほど前に配ってあり、生徒はかなりの程度予習をしてきてくれました。

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「能力」や「思い」の箇所は、ヒントワード集を与えて、語彙が出やすいように刺激づけします。

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書き込みを終えたら、1人1人が発表用シートをスクリーンに投影して、その仕事につき「3要素の分解」によって説明をしました。

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R (写真提供:山野中学校)


以下、授業のまとめに入ります。


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■プログラム開発の意図・背景:

 学童向けキャリア教育のアプローチはさまざまに考えられます。現状そのほとんどは具体的・体験的なアプローチを採用しています。1つ1つの具体的な仕事を見せ、体験させ、それを通じて働くことに関心をもたせるというものです。職業体験、あるいは職業の疑似体験をさせるテーマパークなどは、いろいろに広がっていくことが望まれるものですが、その手のプログラムは子どもに強烈な刺激を与える半面、フィーバー(熱)も冷めやすいものです。また、体験した職業を「技術的に自分ができそうかどうか」「カッコイイかどうか」「仕事内容が自分にとって単純かどうか」など表面的な材料で切り取ってしまう可能性もあります。

 そこで私がとるのは、抽象的・観念的なアプローチです。本プログラムが試みるのは、「働くことの根っこにある本質を押さえる力を育むこと」です。「仕事=能力×思い→表現」というひな型にそって、千や万もある職業を考えさせるのもその意図のもとだからです。たとえば、第1回では「なぜ能力(知識や技術)をたくさんもつことが大事なんだろう?」という問いを立てます。そこをレゴブロックでゲームをしながら、根本の考えを見つけるよう促していきました。

Photo_2  また第2回は、『朝日中学生ウィークリー』の記事を教材にして、職業を技術的要件で理解するだけでなく、その職業に就いている人間の気持ちになって、「その人はその仕事を通して、どう世の中に役立っていこうとしているのか」を想像させる訓練をしました。その意図は、「すべての働く人には“思い”があるという価値認識の力を養うこと」にあります。働くことを深く理解するには、そうした多面・多義的な咀嚼(そしゃく)が不可欠だからです。


 私は企業の従業員や公務員に向けてキャリア開発研修を数々行っています。大学生に向けてもたびたび講義を行います。そこで感じることは多々あるのですが、ここでは次の2点に触れます。

 1点目として、雇用側・被雇用側の双方で、職業が「技術的能力と金銭的報酬の交換である」という考えがますます支配的になっていることです。そのために仕事現場において、雇用側は働き手の技術・知識による成果をもっぱら評価し(つまり企業は全人的にヒトを求めるのではなく、即戦力としての手や頭を欲する)、他方、働き手側は報酬の多寡をもっぱら考える状況が強まっています。就職(転職)においても、求職者はますます、自らの技術・知識をいかに企業の欲するものにマッチングさせていくかという競争になっています。いずれにしても、そこでは働く「思い」(=仕事観、仕事の意義、理念、信条、夢・志、使命観)といったものが脇に放置されています。

 確かに就職面接の際には、雇用側も働き手側も「志望動機=なぜそこで働きたいのか」なるものを問い、答えます。しかし、そこでやりとりされる動機の多くは、入社するための方便としていかにその志望先の組織に興味関心があるかに終始していて、必ずしも「なぜ自分は働くのか?」という根本の問いへの答えにはなっていません。
 実際、企業研修で、3年、5年、10年と働いてきた社員たちに、「なぜ自分は働くのか・なぜいまのこの仕事なのか」という直球の問いに、多くの受講者は明快に答えることができないのです。「生計を立てるためには働かねばならないから」と書くのが大半です。この答えは決して間違ってはいませんが、「人はパンのみに生きる存在か?」という問題に対し、真正面から考えるのを避けているように思えます。


 とはいえ私が観察するに、「思い」が強力で堅固な人も少なからずいます。そういった人は、「思い」が先行していって、そこで必要になる能力を後付けでどんどん習得していく、また、その「思い」に共感してくれる人たちを巻き込んで事を成し遂げていく、そんな姿で自身の道を拓いています。

 私が考えるたくましいキャリア形成というのは、技術や知識を雇用側に神経質にマッチングさせていくものではなく、「思い」がぐいぐいとキャリアをドライブ(駆動)させていき、それに引きずられる格好で能力と人(同志・支援者・共感者)が付いていくものです。ですから今回、子どもたちが職業をとらえるときに重要視させたかったのが、この「思い」という観点だったのです。

 2点目に、私は企業内研修の現場で、大人になっても依然、概念化思考、抽象化思考が苦手で、ものごとの本質がとらえられない、本質に向おうとしない受講者を多くみています。具体的にマニュアル的に指示されなければ動けない働き手が増えていることはこのことと無関係ではありません。なおかつ日本人は情に流されやすい性質(たち)です。こうした2つの要素が掛け合わさると、日々起こってくる末端の出来事に感情レベルで反応するしかない、結果的に疲れる生き方になります。
 結局、仕事においても、その配属された部署が好きか嫌いか、任された担当業務に対し気分が乗るか乗らないか、上司とは気が合うか合わないか、といった都度都度の感情で右往左往する状況になりがちです。モチベーション(動機)が表層の感情から起こっているので、仕事に向かう姿勢が安定しないのです。そして何か成功マニュアル・処世術の類のものに頼ろうとしてしまう。

 しっかりと自分を持っている人は、配属された部署の役割は何か、自分が任された業務の肝は何か、職場の人間関係づくりで大事なことは何か、といった本質的なことをつかもうとします。そしてそのつかみとった本質を軸にして、自分をどう生かしていけばよいか、与えられた環境をどう活用していくか、といった意識で働こうとします。モチベーションの源泉が本質的な奥のところに置かれているので、強く安定しています。

 「自律的な人財」ということがよく言われますが、まさに自分がつかみとった本質を軸(=律)にして、ぶれない判断をして能動的に振る舞えるのが自律的ということです。自律の「律」とは、規範やルールということです。自分の内に規範やルールを設けるためには、正しいとは何か、善いとは何か、美しいとは何か、といった本質的な価値を抽象していく能力が欠かせません。だからこそ、抽象化思考は訓練されなければならないのです。
 感情的に行動するのは悪いことではありません。本質の次元から意志を湧かせ、その上で感情豊かに振る舞うのであれば、それこそ鬼に金棒です。

 以上、企業の研修現場で感じ取る2点から、今回の中学生向けキャリア教育プログラムづくりがあります。本業の合間を縫って行っているボランティア活動ですが、子ども対象にプログラムをこしらえることは、まさに「教えること・学ぶこと」の本質により深く迫っていかねばならない作業で、私自身、それが本業にもたいへんよい効果を及ぼしていると感じています。


■「NIE」(教育に新聞を)について:
 「NIE(エヌ・アイ・イー)」とは“Newspaper in Education”の略で、学校などで新聞を教材として活用することを言います。1930年代にアメリカで始まったそうです。国内でも日本新聞協会が96年から本格的に展開を始めました。
 今回の特別授業では『朝日中学生ウィークリー』を教材として使用しました。たまたま山野中学校が県内のNIE指定校だったこともあって、朝日新聞の甲斐俊作福山支局長が当日取材に来てくださり、翌日の朝刊に記事掲載いただきました(ブログ冒頭の記事写真)。

 今回のプログラム開発にあたり、生徒たちに仕事を3つの要素(=能力・思い・表現)で分解してとらえさせることは決めていました。で、その分解対象となる仕事(職業)をどう選ばせようか、そこをずっと思案していました。当初、『13歳のハローワーク』(村上龍著)を使うアイデアを思いつきました。同書は世の中にあまたある職業をカタログ的に網羅した内容です。そのなかから、自分が興味をもった仕事を選んでもらうわけです。
 ところが、やはりカタログ本であるために、1つ1つの職業の説明記述が無表情というか、淡々として実際に働く姿が想像しにくいものになっています。特に今回のプログラムは、職業のなかから「思い」というものを引き出してほしいという意図があります。したがって、実際の人間が仕事を物語るという情報のほうが教材として望ましいと考えました。そこで新聞やテレビのインタビュー記事やドキュメンタリー番組を探るうち、『朝日中学生ウィークリー』の「ジョブなう」に遭遇したのです。

Photo_3  「ジョブなう」は記事群としては職業カタログ的でありながら、1本1本の記事は具体的な人物の働く姿が詳しく描かれ、肉声がちりばめられていますので、子どもたちにも共感をもって読んでもらえると感じました。結果的に、生徒たちは記事を何度も読み込みながらその人の気持ちになって、情報不足のところは想像をはたらかせながら、「能力・思い・表現」の3要素に分解して職業をとらえることができたように思います。


 また、これを機に山野中学校では、数カ月分の「ジョブなう」紙面を廊下の壁に貼り出し、他の職業も読むように促しています。「世の中には実にいろいろな職業がある」ということを子どもたちに知らしめていくことは大事なことですし、1つの職業紹介記事との出合いが人生進路を変えてしまうこともありえますので、こういった取り組みは意義のあることだと思います。


【参考】NIEのウェブサイトはこちら



■事後アンケートの声(生徒):


○「私は『能力×思い→表現』の『思い』の話のとき、人は何かをするとき必ず思いを持っているという先生の言葉が心に残りました。何かを考えいろんなことを思うから、仕事が出来るんだと思うし、なりたいと思う職業が見つかるんだと分かりました。自分でも発表してみると、今まで知らなかった仕事への思いが沢山分かりました。もっと仕事について考え、自分に合った職業を見つけたいと思いました」。 (1年生・女)


○「やりたい仕事は簡単にできるのかなと思っていたけど、その仕事につくまででもけっこう大変なんだということがわかりました。能力などを紙に書くのが少し楽しかった」。 (3年生・男)

○「『ジョブなう』の中で私は図書館司書を選んで、将来の夢に近そうな仕事だなと思った。その仕事を能力・思い・表現に分けてみると、自分に足りないことは何なのか、どういう気持ちで(その人は仕事に)励んでいるのかが分かった」。 (3年生・女)

○「仕事をするのは大変だと思うけど、いろいろな商品を作っている会社は、使ってもらう人に対していろいろな気持ちを持っていることがわかった」。 (1年生・男)

○「『ジョブなう』の記事から能力・思い・表現に分けるのは難しいところもあったけど、記事をしっかり読んで書くことができました。書くことによって自分がどんな事を努力すればよいのかも分かりました」。 (2年生・女)

○「僕は『救急医』を書いたけれど、本当は看護師か薬剤師になりたいです。今日書いた「能力×思い→表現」の「能力」には、チームワークや持続力などを書きました。その中で僕は、病気や薬に関する知識や、観察力、記憶力が足りないと分かりました。なので、学校で習う最低限の知識を身に付け、観察力、記憶力を鍛えたいです」。 (3年生・男)




■事後アンケートの声(教職員):


○「具体的な人のお話、人生をもとに組み立ててあるので、非常にわかりやすかった。新聞に連載されたものがもとなので、授業に使うにも使いやすい。Eテレの『あしたをつかめ』も視覚的に訴えるところは大きいが、クラスで使うには『ジョブなう』のほうが向いている」。

○「仕事とは自己の生き方の思い、社会に対しての思いを表現・発揮することでもあるという視点がすばらしい。考えてみれば当たり前のことでもあるが、自分がこうありたいという視点とともに、他者に対してどうありたいのかがクローズアップされた取組となっていると思う」。

○「生徒一人一人が『仕事分解シート』をもとに発表したことは、これもまた“自らの表現”であり、“思いの発”であり、仕事さがしに向けて、自ら歩むことへの意思表示であったと思います」。

○「それぞれの生徒が、興味のある仕事について調べたり、書いたり、発表したりするということで、意欲を持って考えることができていたと思います。将来生徒が社会に出て、思いを持って仕事する人が増えてくるといいなと思うのですが、学校でできることはどんなことでしょうか」。





■山野中学校・柳井晃司校長からいただいたお礼の手紙:
(ご本人に承諾を得て掲載しました)


キャリア・ポートレートコンサルティング

代表 村山昇様

 謹啓 仲夏の候 ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
 過日の特別授業に際しましては、ご多用のなか遠路、本校までお越しいただき心より感謝申し上げます。また、昨年度に引き続き、「働くって何だろう?」を考えるをテーマに特別授業を実施していただき、厚くお礼申し上げます。

 今回、「能力×思い→表現」で仕事分解していくなかで、生徒たちは仕事について、じっくり考えていきました。インプットとして「ジョブなう」の記事を読み、アウトプットとしてワークシート(仕事分解シート)の発表を行う。このプロセスは生徒たちに将来就きたい仕事をフォーカスする作業になったと感じています。また、今回の村山先生の特別授業は私たち教職員にとっても「自らの仕事」を考える機会となりました。教師として「仕事に対する思い」を生徒にたちに語った担任。この仕事に就いた思いや仕事のやりがいを問いなおした教職員。生徒たちは将来の仕事を考え、教職員は今の仕事をみつめなおすことのできた特別授業でした。生徒及び教職員のアンケートを同封しています。ご参照いただければ幸いに存じます。

 最後に今回、特に感じたことを記することにします。出会いは学びの場であることと、継続することで学びが深まることです。村山昇先生との出会い、そして二度目の特別授業。またお会いできることを楽しみにしています。今後も「仕事って何だろう?」について仕事観を描き出していく先生の益々のご活躍を祈念いたしまして、お礼の言葉とさせていただきます。

敬白
 

平成25年7月12日
福山市立山野中学校
校長 柳井晃司






■補足:生徒たちへの事前メッセージ:

山野中学校のみなさんへ

 今年4月から3年生・2年生になったみなさん、こんにちは。去年の夏、レゴブロックを使った特別授業をやらせていただいたキャリア・ポートレートコンサルティングの村山です。そして今年から入学された1年生のみなさん、はじめまして。間もなくお会いできるのを楽しみにしています。

 さて、今年も『働くって何だろう?を考える特別授業=第2回=』をやることになりました! 今回も一風変わった練習をしながら、みなさんといっしょに「仕事・職業」について考えていきたいと思います。

 ところで、みなさんは「将来どんな夢をもっていますか?」ときかれたら、次のAさんとBさんのどちらに近いでしょう……


■Aさん:
「ぼくの夢はなんといっても科学者になること! 宇宙ステーションの開発にかかわる仕事をしたい。そのためにアメリカの大学に行って博士号をとるのが目標」。


■Bさん:
「私はとくに夢のような立派なことは思い描けないなぁ。けれど文章を書くのが好きだし、きれいな絵にも興味がある。だから、なにか本や雑誌をつくったりする仕事ができればいいかなと思う」。



 Aさんは明確な将来像をもっています。そしてその大きな夢に向かって突き進んでいく強い気持ちがあるようです。他方、Bさんは明確な夢は描けていません。向かうべき目標があいまいなために、将来に向かう気持ちもどことなくあいまいです。
 それで私はここでみなさんに、「全員がAさんのように明確な夢をもちなさい」と言うつもりはありません。安心してください(笑顔)。確かにAさんのようにはっきりとした夢をもてればそれにこしたことはありません。ですが、中学生や高校生くらいになると、だんだん自分のことや世の中のことがみえてきて、夢や志のようなものがもてなくなってくるのも事実です。
 ですから私はBさんのような答えでもいっこうにかまわないと思っています。正直、私も中学生のころは自分の夢というものをもてずにいました(しかし、いまはもっていますよ!)。

 Aさんのように将来の夢を語れる人にとっても、またBさんのように夢が具体的に語れない人にとっても、ひとつ大事なことがあります。───それは、人がその仕事をしている“思い”に関心をもつ、ということです。
 たとえば、町で消防士さんを見たとき、「なぜあの人は危険な消防士という仕事を選んだのだろう?」と考えてみる。あるいは、スーパーマーケットに行って、店員さんが「野菜が安いよ、安いよー」と大声をあげて一生懸命に売っているのを見かける。そのとき、「あの人はなぜ、ああいうふうに仕事に一生懸命になれるのだろう?」と考えてみる。働いている人たちには、それぞれに働く理由があるものです。そしてまた、仕事を通して世の中に届けたい何かをもっているものです。それが“仕事に対する思い”です。

 これからのみなさんは、ぜひ、大人たちの“仕事に対する思い”に気を留めてください。そして機会を見つけてその大人たちに「なぜその仕事を選んだのですか?」「その仕事はどこが面白いですか?」「その仕事のやりがいはなんですか?」と質問してみてください。身近なところでお父さんやお母さん、親戚の人、学校の先生にきいてみるのもいいでしょう。
 実際、大人たちにきいてみると、「家族を養うために給料をもらわなきゃならないからね」とか、「お客さんからありがとうの笑顔をもらえることがうれしい」、「この仕事を通して社会に役立っていることが誇りに思える」「仕事は厳しいけど、自分がどんどん成長できるのが面白い」などさまざま出てきます。

 そうした“仕事に対する思い”をいろいろ考え、人にもきいていくうちに、自分のなかで働くこと・仕事についての興味がどんどん強くなっていきます。そんな心構えをずっと続けていくと、自分が将来何になりたいのかが必ず見えてきます。思いをもてば、それにかかわる知識や技術を身につけようとする意欲も高まってきますし、知恵もわいてきます。つらくても粘れる自分ができてきます。思いを持った人は強くなれるのです。

 そんなところから、今回の『働くって何だろう?を考える特別授業=第2回=』は、“仕事に対する思い”を考える練習をします。ぜひお楽しみに! では、7月9日にお会いしましょう。


平成25年6月
東京より
キャリア・ポートレートコンサルティング 村山昇





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