5) 仕事の幸福論 Feed

2013年7月27日 (土)

「幸福を感じ取る器」は大きい方がよいか/小さい方がよいか

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きょうは自身の幸福観をめぐる思索実験をやってみましょう。


まず、人はだれしも「幸福を感じ取る器」を内面にもっていると考えます。
その器は、高さ、深さ、広さ、鋭さから成っていて、人それぞれに大きさがあります。
さて、いまSさんとLさんの2人がいます。


Sさんの「幸福を感じ取る器」の大きさは「2」です。
いま、「2」の量の幸福を感じています。

他方、Lさんの「幸福を感じ取る器」の大きさは「10」あり、
いま、「4」の量の幸福を感じています。

……このとき、どちらが、より幸せなのでしょう?
あるいは、あなたはどちらの幸せ充足状態を望みますか?

つまり、器は小さくとも幸福充足度10割のSさんを望むか、
Lさんのように、
幸福をより高く、深く、広く、鋭く感じる大きな器をもつものの、

4割しか満たされない状態を望むか……。




* * *

上のSさんとLさんの違いを、少し卑近な例で紹介しましょう。

たとえばS1さんはごく普通の大学1年生です。食べることにはどちらかというと無頓着で満腹になればそれでいいという育ち盛りの学生です。いま部活が終わり、街の定食屋で牛丼大盛りを平らげました。彼はその料理の味にも量にも十分に満足しています。
他方、L1さんは40代のビジネスパーソンです。国内外の出張も頻繁にこなし、ところどころの有名なレストランで優れた料理をたくさん食べてきました。料理に関しては舌がすごく肥えていて、食の楽しみ方もさまざまに知っています。L1さんはある晩、評判のフレンチレストランに入り、コースディナーを食べました。決して悪くない料理ですが、彼にとっては「イマイチ」のレベルだったようです。さてこのとき、「食べることの幸福」からすると、S1さんとL1さんのどちらがより幸せなのでしょう?

次の卑近な例です。
S2さんとL2さんが一緒に山歩きに出かけました。山のふもとから川や湖を見て回り、5合目まで登ってきてお昼ご飯にしました。山歩き初心者のS2さんは「もうこれで十分山を楽しめた」ということで、午後は早々に山を下りることにしました。
他方、山歩きベテランのL2さんは、「山の魅力はこんなものではない。もっと上に行けばもっと素晴らしい眺めがあるし、登頂すれば爽快な達成感が得られる」ことを知っているので、午後もさらに上を目指しました。予想通り6合目の景色は5合目よりも雄大でした。ところがその後天候が急速に悪化し、7合目くらいで雨に降られ、下山を余儀なくされました。L2さんは登頂できず残念な様子です。さて、「山歩きの幸福」からすると、2人のうちどちらがより幸せなのでしょう?

もう1つ卑近な例をあげましょう。
S3さんとL3さんは、同期入社の10年目社員です。S3さんは能力的には並みで担当業務をこつこつこなします。今期も何とか与えられた個人目標をクリアできたことに「やり切った感」を得ています。
他方、L3さんは能力的に秀でており、新人のころから頭角を現して、いまではマネジャー職に就いています。これまでいくつものプロジェクトに加わり、仕事の面白みや醍醐味、同時に苦労や修羅場も知っています。今期任されたプロジェクトは難題で、チームをまとめきれなかったこともあり、成果も中途半端にしか出ませんでした。疲労感残るなか、「これも成長のためには大事な経験」と自分に言い聞かせています。さて、「仕事の幸福」からすると、どちらがより幸せなのでしょう?

……以上、3つの例から、SさんとLさんの状況の違いのニュアンスを読み取れたでしょうか。では、冒頭の問いについて考えてみてください。また、以下に思索を深める材料を並べておきました。

この問いに対する答えは、ここでは特に書きません。おそらく百人考えれば、百様の答えが出てくるでしょう。あるいは、自分のなかでも答えが1つに収束しない場合も起こります。それはそれでいいのです。その思索を巡らせるプロセスこそが「哲学する」(=フィロソフィー=智を愛する)ことにほかなりません。哲学の目的は、必ずしも明解に答えを出すということにはありません。考える行為をする、考える作業を愛することが哲学の主目的です。





【思索や議論を深めてくれる材料】

□「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」 ───『史記』
 (えんじゃく いずくんぞ こうこく の こころざし を しらん や)
  

  ツバメやスズメのような小さな鳥には、オオトリやクグイのような大きな鳥の志すところは
  理解できない、の意味。




□「満足した豚よりも不満足な人間、満足した愚か者よりも不満足なソクラテスであるべきだ」。 ───ジョン・スチュアート・ミル(英・哲学者)



□「知足者富」(足るを知る者は富めり)  ───老子



□鋭い者にとって、この世界は憂いに満ちており、
鈍い者にとって、身の周りは唄・酒・恋に満ちている。 ───(出典不明)



サム・クックの歌った『ワンダフル・ワールド』(1960年のヒット曲)を口ずさんでみましょう。
 (YouTubeにかければ出てくると思います)

Don’t know much about history
Don’t know much biology
Don’t know much about a science book
Don’t know much about the French I took
But I do know that I love you
And I know that if you love me too
What a wonderful world this would be
 
Don’t know much about geography
Don’t know much trigonometry
Don’t know much about algebra
Don’t know what s slide rule is for
But I know that one and one is two
And if this one could be with you
What a wonderful world this would be

……(続き略)


───“Wonderful World” by Sam Cooke  


歴史のことなんかよく知らない
生物学なんかよく知らない
科学の本のことなんかよく知らない
履修したフランス語のことだってよく知らない
でも、僕は君を愛していることを知ってるさ
君も僕のことが好きだって知ったなら
どんなに素敵な世界になるだろう
 
地理のことなんかよく知らない
三角法なんかよく知らない
代数学のことなんかよく知らない
計算尺を何に使うのかだってよく知らない
でも、「1+1」が2だってことは知ってるさ
そしてその1が君だったなら
どんなに素敵な世界になるだろう
……




□『新・平家物語』(吉川英治);最終章「吉野雛」
平家一族は、保元・平治の乱という争いを経、70年に及ぶ栄枯盛衰の物語に幕を閉じます。吉川英治さんは長編歴史小説『新・平家物語』を締めくくるにあたって、庶民の老夫婦を登場させます。老夫婦は吉野の桜を見に来ており、旅籠でこしらえてもらった弁当をひざの上に広げて、二人、山桜を眺めている───(以下、引用)

自分たちの粟ツブみたいな世帯は、時もあろうに、あの保元、平治という大乱前夜に門出していた。───よくもまあ、踏み殺されもせずに、ここまで来たものと思う。そして夫婦とも、こんなにまでつい生きて来て、このような春の日に会おうとは。
絶対の座と見えた院の高位高官やら、一時の木曾殿やら、平家源氏の名だたる人びとも、みな有明けの小糠星(こぬかぼし)のように、消え果ててしまったのに、無力な一組の夫婦が、かえって、無事でいるなどは、何か、不思議でならない気がする。

「ほら、鶯(うぐいす)が啼いてるよ。あれも迦陵頻伽(かりょうびんが)と聞こえる。極楽とか天国かというのは、こんな日のことだろうな」
「ええ、わたくしたちの今が」
「何が人間の、幸福かといえば、つきつめたところ、まあこの辺が、人間のたどりつける、いちばんの幸福だろうよ。これなら人もゆるすし、神のとがめもあるわけではない。そして、たれにも望めることだから」




□『人財教育コンサルタントの職・仕事を思索するブログ』

小哲夜話~“low aimer”の満足か“high aimer”の不満足か





2013年2月19日 (火)

「苦」と「楽」の対称性

   強烈な個性を発し続けるミュージシャン、矢沢永吉さんが糸井重里さんとの対談で次のように語っていた。

 

矢沢:いいことも、わるいことも、あるよ。昔、僕が言ったこと、覚えてる? 「プラスの2を狙ったら、マイナスの2が背中合わせについてくる。プラスの5を狙ったら、マイナスの5がついてくる。プラスを狙わないなら、マイナスもこない。ゼロだ」って。で、どうしますか?って、神様が言うんだよ。俺は、若さがあったから言えたんだよ。「えい。くそ、一度の人生、オレは10狙ってやる!」ってね。そしたら、間違いなかったね、10の敵が来たよ。

糸井:表裏がセットなんだね。

矢沢:セットなんだから、いろんなことが足引っ張るんだよ。めんどくせーわけよ! 10の夢を見たら、案の定、10の面倒くさいことがきたよ。だけどさ、面倒くさいからとか、いやだとかで一歩も動きません、ゼロでいいです、というのは悲しい話でね。(中略)じーっとしとけば、叩かれることもなかったんだよ。ところが、じーっとできないじゃん。
                    
───『新装版ほぼ日の就職論「はたらきたい」』より

 

   夢と面倒くさいことはセットである。夢の大きさに比例して面倒くさいことが付いてくる。あの矢沢節でこのことを言われたなら、強力な説得力をもって腹にズドンとくるでしょう。


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   生きるうえで、働くうえで、いつでも、喜びは苦労と対になっている。だから、ほんとうの苦労を経なければ、ほんとうの喜びを味わうことはできない。そこそこの苦労から得られるものは、そこそこの喜びでしかない。その点を、フランスの哲学者アランは次のように言い表します。

 

登山家は、自分自身の力を発揮して、それを自分に証明する。この高級な喜びが雪景色をいっそう美しいものにする。だが、名高い山頂まで電車で運ばれた人は、この登山家と同じ太陽を見ることはできない」。 
                                            ───アラン『幸福論』




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また、詩人、加島祥造さんの言葉はこうです。

 

「高い山の美しさは深い谷がつくる」。 
                            
───加島祥造『LIFE』


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   苦と楽は対称性を成し、その幅は体験の厚みとなり、人間の厚み、仕事の厚み、人生の厚みをつくっていく。ドストエフスキーがなぜあれだけの重厚な小説を書き残せたのか。それは彼の死刑囚としての牢獄体験や持病のてんかんなど、暗く深い陰の部分が、押し出され隆起して至高の頂をつくったからでしょう。キリスト教にせよ仏教にせよ、なぜいまだに多くの人に連綿と信じ継がれているのか。それは、イエスや釈迦の悲しみが深く大きいために、愛や慈しみもまた深く大きいと人びとが感じるからではないでしょうか。
   昨今、文学にしても、絵画、映画にしても、作品が小粒になったと言われる。それは豊かで穏やかな社会が苦を和らげるために、表現者の厚みをなくさせていることがひとつの理由にあるのかもしれません。
そんな人生の真実を熟知していたのでしょう。陶芸家で人間国宝だった近藤悠三は、つくれどつくれど、みずからの作品が大きくなっていかないことを思いわずらい、次のように語ったといいます。

 

「なんぞ、手でも指でも一本か二本悪くなるか、腕でも片方曲らんようになれば、もっと味わいの深いもんができるかと思うし、しかし腕いためるわけにもゆかんので、夜、まっくらがりで、大分やりましたねえ。そして面白いものできたようやったけど、やっぱし、それはそれだけのものでしたね」。 
                                                                      ───井上靖『きれい寂び』より

 

   あえて自分の身体の一部を不自由にしてまで芸の極みに到達したい。それほどまでに近藤は苦を欲していたのでした。

 

   ともかくも苦と楽は対称性をもちます。そしてその苦楽の幅は、その人の厚みを形成します。もし、自分がある不幸や不遇、悲しみやつらさのなかにあるなら、それとは対称の位置にある幸福や喜びを得られる可能性があります。ですから考え方によっては、自分がネガティブな状態にあることは、ある意味、すでに半分の厚みを得ているわけで、あとは残り半分のポジティブを手に入れるチャンスが目の前にあるということです。
   もし、いまの自分が幸も不幸もそこそこレベルだとしたら、自分の厚みもそこそこということになるでしょう。そんなそこそこで満足していてはダメだというのであれば、矢沢さんの言ったとおり「プラス2」を狙うのではなく、「プラス10」を狙う生き方に変えることが必要です。そして身に降りかかってくる「マイナス10」を勇敢に乗り越えることで、「プラス10」を獲得する。その過程で、その人は「20」の厚みに成長していく。そしてその後、「20」の厚みに相応する仕事をし、人間を呼び寄せ、環境を変えていく。

 

   先天的に、あるいは自分の意志のきかないところで苦労を背負わされることはさまざま起こります。ですが、そのマイナス分をプラスに転じていこうとするのは自分の選択です。また、特段苦労はないという生活のなかに、夢や志を描いて、その成就のための負荷を意図的につくりだそうとするのも選択です。人生の厚みを決めるのは、やはり自分の意志であり、選択です。
   「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」という言葉のとおり、自分が石になるか、玉になるか、の選択はいつも自分にあり、その境目は艱難を選ぶかどうかにかかっています。作家の村上龍さんはこう書いています。

 

「趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクを伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している」。 
                                   
───村上龍『無趣味のすすめ』

 

   冬の寒さを知るほど、春の陽の暖かさを知る。まもなく春が巡ってきます。

 


【補足の考察】
   「苦と楽は対称性をなす」という考え方のほかに、「苦と楽は表裏一体である」というとらえ方もできます。苦と楽、美と醜、善と悪のように対立する概念を、一体のものとしてとらえる思考は、特に東洋哲学において顕著です。
『梵我一如』(「梵=宇宙」と「我=個人」は一体である)や『因果一如』(原因と結果は一体である)、『色心不二』(「色=肉体・物質」と「心=魂・精神」は一体である)、『身土不二』(「身=行い」と「土=環境)は一体である)など、東洋は二元論で分離させず一元論で考えることをしてきました。
   その概念イメージは、苦と楽を「メビウスの環」の表裏として考えるといいかもしれません。ちなみに、美と醜、善と悪などの対立概念をこうしてメビウスの環に描く発想は、江戸中期の禅僧である白陰(はくいん)が、布袋(七福神の一つ)をモチーフにした禅画のなかで試みています。

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2012年9月17日 (月)

「決意」が人を最も元気にする


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多摩川の土手に群生する「ネコジャラシ」(正式名はエノコログサというそうな)



   NHK教育テレビ『100分de名著』が、この8月、ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を取り上げた。その影響は大きなもので、あのような重苦しい作品が、すっとベストセラーにランクインした。日本人の読書欲もまんざら軟弱ではないなと思える一方、それだけ生きることへの漂流感が強くなっているのかもしれない。

   フランクルは、私も研修プログラムの中で頻繁に引用する人物で、「生きる意味」「意味が人間に与える力」を語らせれば、彼以上に説得力を持つ人はいない。なぜなら、第二次世界大戦下、あのドイツの強制収容所から奇跡的に生還したユダヤ人学者だからだ。あの絶望するしかない状況の中で、フランクルは生きる意味を自分に問いかけ、周囲に問いかけ、生き続ける意志を貫いた。

   フランクルの言葉を一つ引用しよう。

「人間にとって第一に必要なものは平衡あるいは生物学でいう『ホメオスタシス』、つまり緊張のない状態であるという仮定は、精神衛生上の誤った、危険な考え方だと思います。人間が本当に必要としているものは緊張のない状態ではなく、彼にふさわしい目標のために努力し苦闘することなのです」。

                                                                           (『意味による癒し-ロゴセラピー入門-』より)


   精神科医フランクルがたどり着いた結論は、人間の幸福はなにも緊張がない穏やかな状態に身を浸すことではなく、意味に向かって奮闘している状態だということである。こうした行動主義的幸福観は、他の偉人賢人の考えとも共鳴する。

「われわれが不幸または自分の誤りによって陥る心の悩みを、知性は全く癒すことができない。理性もほとんどできない。これにひきかえ、固い決意の活動は一切を癒すことができる」。
                                          ───ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』


「人は意欲し創造することによってのみ幸福である。(中略)だから、行動を伴わない楽しみよりも、むしろ行動を伴う苦しみのほうを選ぶのである。(中略)登山家は、自分自身の力を発揮して、それを自分に証明する。この高級な喜びが雪景色をいっそう美しいものにする。だが、名高い山頂まで電車で運ばれた人は、この登山家と同じ太陽を見ることはできない」。
                                                                                        ───アラン『幸福論』


「人は軽薄の友である歓喜や、快楽や、笑いや、冗談によって幸福なのではない。むしろ、しばしば、悲しみの中にあって、剛毅と不屈によって幸福なのだ」。
                                                                                 ───モンテーニュ『エセー』


「丈夫(真の男)というのは、潔く玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志を曲げて瓦となってまで生きながらえるのを恥とする」。
                                                                           ───西郷隆盛『西郷南洲遺訓』



   こうしたことを受け、私は「幸福とは、自分が見出した意味に向かって坂を上っている状態」と拙著『プロセスにこそ価値がある』の中で定義した。私もまた、行動主義的幸福観をもつ者の一人である。
   意味とは、言い換えれば、夢や志、目的といったものである。それを成し遂げようと「決意する」とき、人は元気になる。元気とは、その字のごとく、その人の元のところから湧き起こってくる気だ。その人が本来の自分になるためのエネルギーだ。

   なにかとストレスが重くのしかかる昨今の仕事生活にあって、人びとはよく、「癒されたい」と願う。そして「癒し」をうたう商品・サービスも花盛りだ。
   しかし、「癒し」は病気や傷をなおすことであり、あくまでマイナスの状態をゼロに戻す手当てでしかない。“やまいだれ”が付く字であるのはそういうことだ。
   いくら高価な「癒し」の商業サービスを受けても、プラスゾーンに突入できるほどのエネルギーは得られない。通常のストレス負荷にさらされれば、すぐまた、マイナスゾーンで疲弊することになる。

   もちろん、疲れた心身に癒しは必要である。だが、中長期にわたって、ほんとうに元気になっていくためになにが必要か、そこを考えなければ、いつまでも「ストレス負荷→癒し・憂さ晴らし」のサイクルをマイナスゾーンでぐるぐる回る生活を続けるだけになってしまう。
   では、ほんとうに元気になるために必要なものとはなにか───それは「決意」することである。意味を見つけ、そこに肚を決めて行動することが、人が一番元気になることなのである。
   たしかにそこにはストレス負荷が生じる。しかし、それは「よいストレス」である。学術的には、ストレスには2種類あり、なにか建設的な目的に向かうときのストレスは「ユーストレス(eustress):よいストレス」であり、やらされ感のあるときのストレスは「ディストレス(distress):わるいストレス」となる。
   また、ときには失敗や挫折もあるだろう。だが、それは病的で不健全な落ち込みではない。自分を真の意味で蘇生させるための価値のあるプロセスとなる。決意をした人間は、苦しみのどん底にあっても、「誓い」を立てることができるのだ。

   「決意のある人生」と「決意のない人生」を図で表してみた。


Mental dynamism


   「決意のない人生」(左側)は、疲弊ゾーンでこぢんまりと回るだけだが、「決意のある人生」(右側)は、元気ゾーンの住人となり躍動して回っていくこととなる。ときに、ネガティブゾーンに入っていくが、それも人生の醍醐味の一つとして、許容できるほどの力強さを持つだろう。
   作家の村上龍さんは『無趣味のすすめ』のなかで次のように書く。───「趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクを伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している」。 

   ネガティブゾーンでこぢんまり生きるか。それとも、ポジティブゾーンで、大きな喜びも大きな苦しみも抱え込んでダイナミックに生きるか。それは、ひとえに「決意するか/決意しないか」による。




2012年1月11日 (水)

目的を掲げよ~「消費されない仕事」を目指して


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沖縄県南城市にて


◆自分へのプロジェクト宣言

  私は毎年1月、新調したビジネスダイアリーの1ページ目に、その年の目標をいくつか箇条書きにしている。今年、その中で最初に書き出した(つまりそれが現時点での最上位の目標になる)のが、

  「日本で、アジアで、そして世界で100年読まれ続ける本を遺す」。

  もちろんこれは今年1年間でやる短期目標というより、これから5年~10年レンジで取り組む一大プロジェクトの自分への開始宣言である。

  本の基本アイデアはすでにあり「働くこと×哲学×絵本」である。実際のところ、いま、原稿を書こうと思えば書くこともできるし、どこかの出版社にお願いして刊行してもらうこともできるかもしれない。しかし、「100年読まれる本」にはならないと思う。なぜなら、自分の中身が100年の年月に耐えうる器になっていないからだ。そうした意味で、これからの5~10年は、本を書く技術や知識をつけるというより、人間の中身をつくる大事な時間にしていかなければならないと決心している。

  私は多読派ではないが、少なからず本を読む。年々の自分の読書リストを見て気づくことは、仕事に直接関係するビジネス書ジャンルのものがどんどん減ってきていることだ。その代わりに増えているのが、文化、哲学、思想、芸術、宗教、言語学、詩集、絵本、偉人伝といったものである。そして古典的名著の再読、再々読。

  ちょうど年末から読み返しているのが、サミュエル・スマイルズ『自助論』や、マックス・ウェーバー『職業としての学問』、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』、福澤諭吉『文明論之概略』、湯川秀樹『目に見えないもの』などだ。『自助論』は150年前のものだし、湯川先生の本にしてもすでに70年弱の月日が経っている。が、これらの内容はまったく色褪せない。時代の風雪を耐えてきた本というのは、汲めども汲めども内容が尽きない。読み返すたびに、以前読んで気付かなかった箇所の深みにはまりこむ。昔の本はいまの本と違い、へんに編集者の手が入っていないので、行間から本人の“地金(じがね)”が出ている。だから、余計に書き手と人間交流ができる気がする。

  生きること・学ぶことの本質を教えてくれたという意味で、私は小学校から大学まで、あまりいい教師に出会った記憶がない。けれども、私は書物というパッケージメディアを通し、時空を超えて、たくさんの優れた教師に出会えることを実感している。

  となれば、今度は、私が自分の著した書物を通じて、10年後、50年後、100年後の人びととそういう出会いをしたいと思うようになる。


◆「消費されない仕事をやりたい」

  私の独立動機のひとつは───「消費されない仕事をやりたい」

  私は20代から30代にかけ、ビジネス雑誌の編集者として働いていた。ビジネス情報の記事づくりは仕事としては面白いが、積み上がっていく何かがない。あれが売れている、これがトレンドになるなど、時代の変化を追っていく刺激はあるものの、記事は常に「消費されていく」だけ。バブルが膨らんでくれば景気のいい話をどんどん書き、バブルがはじければ、今度は「誰が悪いんだ」とか「失敗の研究」という粗探しの記事を書く。

  私はそうしたメディアの状況に辟易しはじめ、「消費されない仕事」って何だ?と考えるようになった。そんなとき目にしたのが中国の古い言葉だ───

「一年の繁栄を願わば穀物を育てよ。
十年の繁栄を願わば樹を育てよ。
百年の繁栄を願わば人を育てよ」。


  ……「消費されない仕事」とは、「人を育てる仕事」である! 自分が以降進むべき道に開眼した瞬間だった。独立して9年目を迎え、教育の仕事の「消費されない」ことの実感をますます強くしている。だが、ここ数年、次のフェーズに意識が動いてきた。

  いま行っている企業内研修のように対面のサービスはリッチな教育が施せる一方、自分がどう頑張ってみたところで、1年間に出会える受講者数は限られている。しかも、研修の実施というのはけっこう重労働で、歳とともにそう多くをやれるわけではない。時空を超えて、より多くの人と考えることを分かち合えるメディア───その最適なものは、やはり書籍である。

  書籍は個人の心の根っこをつくり、文化の大地となり、社会の気骨をつくる。政治家にせよ、企業家にせよ、その世界での野心家たちは「世の中を変えたい」と叫ぶが、たいていの場合、体制や法律を変えたり、新規の創造物(商品やサービス)を打ち立てたりすることでそれを実現しようとする。それらは必要なものであり、有効な手段ではあるが、あくまで“外側からの変革”だ。

  結局、ほんとうに個人が変わる、社会が変わるためには、“内側からの変革”が欠かせない。そのための手立ては、一人一人が古今東西の良質の本を開き、書き手と対話し、自己と対話することだ。そうした地道な負荷の作業を怠れば、心は根無しになり、文化の土壌はやせ地となり、社会には骨がなくなる。ころころ変わる気分的な風に、人びとは右になびき、左になびく社会になってしまう。

  テレビ番組やネット上のコンテンツは、おおかた刺激物や消費情報であって、風を吹かせることならできるが、根っこをつくり、土壌を豊かにし、骨を強くすることはできない。その点、本は良いものであれば、滋養物となり、いろいろな基盤をつくる素となる。本はやがて大部分が印刷ではなく、「i-pad」のような端末画面上のものになるかもしれないが、それでも本が果たす重大な役回りは21世紀も変わらないだろう。

  だから、良い本を書き遺すということは、生涯を懸けてやるに値する一大仕事なのだ。


◆願いは“叫び”に変じなければ本物ではない

  私は、夢と志を次のように定義している。
夢とは、不可能なことをイメージし、それを実現化する楽しい覚悟である。
志とは、はるか高みにある理想を誓い、それを現実化する自分への約束である。

  願いに向かう気持ちにはいろいろな種類・強さがある。
    □ 「な(や)れればいいな」 〈淡い望み〉
    □ 「な(や)りたい」 〈願望〉
    □ 「な(や)らせてください」 〈祈り〉
    □ 「な(や)ってみせる」 〈誓い〉
    □ 「な(や)ってやる」 〈意地〉
    □ 「自分がな(や)らねば誰がな(や)る」 〈使命感〉
    □ 「な(や)らないではすまない」 〈反骨〉
    □ 「な(や)るのだ」 〈確信〉
    □ 「な(や)らずに死ねるか」 〈執念〉

  「100年読まれ続ける本を遺す」という思いは数年前から頭をかすめていたのだが、なかなかそれを夢・志として自分に明確に宣言できなかった。ところが、ようやくいま、「やれればいいな」とか、漠然と「やりたい」というレベルを超え、上のリストで言えば「やらせてください」以下「やらずに死ねるか」までの全ての気持ちが胸に満ちるようになった。

  それは私に、リルケ(プラハの詩人:1875-1926)の『若き詩人への手紙』(高安国世訳、新潮文庫)の一節を思い出させる。───


「自らの内へおはいりなさい。あなたが書かずにいられない根拠を深くさぐって下さい。それがあなたの心の最も深い所に根を張っているかどうかをしらべてごらんなさい。もしあなたが書くことを止められたら、死ななければならないかどうか、自分自身に告白して下さい。
・・・(中略)もしこの答えが肯定的であるならば、もしあなたが力強い単純な一語、『私は書かなければならぬ』をもって、あの真剣な問いに答えることができるならば、そのときはあなたの生涯をこの必然に従って打ち立てて下さい」。


  スティーブ・ジョブズは伝説のスピーチでこう訴えた───「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」

  仕事の幸福とは、ほんとうのところ、今日死ぬとしても、そのことをやりたい、やらずにはおられないと思える仕事を持っていることではないか。そして坂本龍馬が言ったとおり、「前を向いて逝く」ことができれば人生本望だ。死ぬ直前にどれだけの財産を蓄えていたか、どれだけの地位にあったかではない。あの世には、金品も地位も持っていけないのだ。


◆人は歳とともに目的に応じた人間になる

  いま手元にあって読んでいるのが、『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(小澤征爾/村上春樹、新潮社)だ。この本でインタビュアー役を務める村上さんは、食道がんの治療と演奏活動を体力ぎりぎりのバランスで続ける小澤さんの姿を前書きで次のように書く。


───この人はそれをやらないわけにはいかないのだ。(中略)ナマの音楽を定期的に体内に注入してあげないことには、この人はそもそも生命を持続していけないのだ。自分の手で音楽を紡ぎ出し、それを生き生きと脈打たせること、それを人々の前に「ほら」と差し出すこと、そのような営みを通して──おそらくはそのような営みを通してのみ──この人は自分が生きているという本物の実感を得ているのだ。誰にそれを「やめろ」ということができるだろう?


  身体の器官がいかに弱ってこようと、マエストロ小澤の内側から噴き出すことを止めない音楽欲求のマグマは、自己満足や自己顕示のものではないだろう。やはり「自分の音楽(指導)を待ち望んでくれる人たちがいる」「で、あるならば、一曲(一言)でも多くその耳に届けなければ」という、やむにやまれぬ愛他の心に違いない。「使命」という字のごとく、まさに「命を使って」音楽を続けているのだ。

  コンサートで演奏される音楽は、その場で消えるものである。しかし、小澤さんの仕事は決して「消費されない」。その音の感動や、小澤さんの生き様は、深く聴衆の心に蓄積して、次にその人の生き様をつくる栄養となり、お手本となり、種となる。

  目的──目的とは目標に意味が加わったもの──は、人をつくる。

  私は今年50歳を迎えるが、これまで多くの人を観察してつくづく思うことは、「人は歳とともに、自身の抱く目的の質とレベルに応じた人間になる」ということである。人は、自分の掲げる目的以上の中身にはなれない。言い方を変えれば、現状の自分より常に大きな、高い目的を持って、それを目指していれば、永遠に成長は続く。そして、目的から得られる“やりがい”というエネルギーが、人を永遠に若くする。

  年頭に目標を考え、そこに意味を与え、目的を掲げる。常に溌剌と健やかに仕事・人生を送っていくために、それはとても大切な作業である。私がここで言う目標・目的とは、組織の中のサラリーマンとして負っている業務課題に関わるものではなく、一職業人・一人間として、どう働くか、どう生きるかという中長期の大きな視点に立ってのものだ。自分のやりたいことがわからないから目的が見えないのではない。目的を掲げないからやりたいことも見えてこないし、掲げた目的もシャープになってこないのである。ストレスフルで不安定な生活・社会にあって、目的に身を投げ出すことこそ、最大の守りであり、最大の攻めである。



Okina j02
1月に訪れる沖縄は心身を穏やかに清新にさせてくれます。
日の出に合わせた早朝の散歩は何ものにも換え難い宝の時間です。
2月になると、この地でプロ野球のキャンプが始ま、ほどなくまた、アクティブなシーズンがやって来る。

Okina j03






2011年12月 5日 (月)

働く“自由”があることの負荷


Izu sst 01
中伊豆・修善寺にて



私は「プロフェッショナルシップ」(一個のプロであるための就労基盤意識)を醸成するための研修を企業現場で行っています。それは“先端”を感じ取る仕事でもあるので、とても面白く、刺激的に、そして、ときに悲観の波に襲われながら、でも楽観の意志を失わずにやっています。

何の先端かと言えば、情報や技術の先端ではありません。いまの時代に働く人たちの「心持ち」の先端です。私の行う研修プログラムは、働く意味や仕事の価値、個人と組織の在り方、を受講者に考えさせる内容ですので、必然、彼らが内省し言葉に落としたものを私は受け取ります。

顧客は主に大企業や地方自治体で、受講者はその従業員・公務員です。現代の日本の経済を牽引し、消費スタイルを形づくり、文化をつくる、いわば先導の人たちが、いま、こころの内でどう働くこと・生きることについて考えているか、それを知ることは、流行という表層の波を知ることではなく、底流を知ることになるので、中長期にこの国がどの方向に変わっていくのかを感じ取ることができます。


◆「あこがれるものが特にない」


さてそれで、きょうは最近の研修現場から感じることを1点書きます。

研修プログラムの中で私は『あこがれモデルを探せ』というワークをやっています。これは世の中を広く見渡してみて、

  ・「あの商品の発想っていいな/あのサービスを見習いたい」とか、
  ・「ああいった事業を打ち立ててみたい」
  ・「あの人の仕事はすごい/ああいうワークスタイルが恰好いい」、
  ・「あの会社のやり方は素晴らしい/あの組織から学べることがありそうだ」

といった模範や理想としたい事例を挙げてもらい、その挙げたモデルに関し、具体的にどういう点にあこがれるのかを書く。そしてそれを現実の自分の仕事や生活にどう応用できそうかを考えるものです。

私の研修では、最終的に、自分の仕事がどんな意味につながっているか、自分の働く組織が社会的にどんな存在意義をもっているか、その上で、自分は職業を通して何をしたいか、何者になりたいかを考えさせるわけですが、それをいきなり問うても頭が回らないので、こうした補助ワークから始め、自身の興味・関心や、想い・志向性をあぶり出していくわけです。

……さて、補助ワークとはいえ、これがなかなか書けないのです。

一応、ワークシートには3つのモデルを書く欄を用意していますが、がんばってようやく1つ書ける人、そしてついに1つも書けない人が、合わせて全体の2割~3割は出るでしょうか。本人たちは不真面目にやっているふうでもなく、ヒントを出して思考を促しても、「いや、ほんとに、思い浮かばないんです」と当惑した表情をみせます。

「じゃ、尊敬する人は誰かいますか?」と訊くと、「あぁ、それじゃ、お父さん」と言う。「お父さんのどんな点を尊敬しますか?」と訊くと、「たくましいところ」と答える。「そのお父さんの尊敬する点を自分の働き方にどう取り入れられそう?」───「う、うーん。。。自分もたくましく家族を養っていきたい」と、そんな調子です。この答え自体は無垢な気持ちから出たもので悪いとは言いません。問題は、意欲を具体的に起こす思考ができなくなっていることです。

ちなみに、彼らの年次は入社3年目から5年目、20代後半とお考えください。担当仕事はすでに一人前かそれ以上にできるように育ってはいるものの、「あこがれモデル」を想い抱くことに関しては、ある割合が、こうなってしまう現実があります。私は8年前からこの種の研修ワークを取り入れていますが、「あこがれが特にない/うまく抱けない」という割合は増えている傾向にあると感じています。


◆2年間の兵役が自由への意識を目覚めさせる

「あこがれる」という気持ちは、意欲を湧き起こし、意欲に方向性を与え、他の様子から学ぶ(「学ぶ」は「真似る」を由来とする説もある)という点で、とても大事なものです。あこがれを起こせない個人が増えるということは、そのまま、社会全体の意欲の減退、方向性の喪失、学ぶ思考力の脆弱化につながっていきます。

私たちは何にあこがれてもいいし、そのあこがれを目指すことで自分の力を引き出し、何になってもいい、という自由を手にしています。しかし、その自由の中で私たちはますます浮遊の度を強めています。

私がかつて企業で管理職をやっていたとき、部下に韓国人の男性がいました。彼はともかく20代の時間を惜しむように、会社内外でいろいろなことに挑戦をしていました。彼にいろいろと話を聞くと、そうした意欲は兵役中に芽生えたと言います。ご存じのとおり、韓国は徴兵制を敷いています。男性は一般的に20代のうちに約2年間の兵役義務につきます。

能力も知識も感情も形成盛りの20代に2年間の服務生活。ある種の自由が奪われた状態が個々の人間に与える影響は小さいはずがありません。彼は兵役中、むさぼるように読書をし、服務を終えたら何をしようこれをしようと想いが溢れたそうです。


◆自由を敬遠する底には怠惰や臆病がある

幸いにも日本には徴兵制はありません。自分の人生の時間は100%自分が自由に使えます。しかし逆に、そうした有り余る自由に対して、私たちは戸惑ったり、敬遠したり、負担に感じたりと、どうも具合がよくないのです。


「あこがれるものは特にない」、「やりたいことがわからない」、「会社の中で与えられた仕事をとりあえずきちんとやるだけ」、「そういえば働く目的って考えたことがない」……。目の前には自由という大海原があるにもかかわらず、漕ぎ出すことができないで浜辺で逡巡している場合が多いのです。

ピーター・ドラッカーは次のように言います───


「自由は楽しいものではない。
それは選択の責任である。楽しいどころか重荷である」。

(『ドラッカー365の金言』)


また、エーリッヒ・フロムもこう指摘しました───

「(近代人は)個人を束縛していた前個人的社会の絆からは自由になったが、個人的自我の実現、すなわち個人の知的な、感情的な、感覚的な諸能力の表現という積極的な意味における自由は、まだ獲得していない。

……かれは自由の重荷から逃れて新しい依存と従属を求めるか、あるいは、人間の独自性と個性にもとづいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られる」。 
(『自由からの逃走』)


学びたいものは何でも学ぶことができる、なりたいものには何でもなることができる(もちろん、そうなる努力と運があってのことですが)───こういう自由な環境下にありながら、なぜ、私たちはそれを敬遠してしまうのでしょうか。

その大きな理由の一つは、自由には危険やら責任やら、判断やらが伴うので、そのために大きなエネルギーを湧かせる必要があるからでしょう。

人は、自由そのものを敬遠しているのではなく、それに付随する危険や責任、判断、エネルギーを湧かすことに対して、面倒がり、怖がっていると考えられます。

選ばなくてすむといった状況のほうが、基本的にラクなのです。確かに、日常生活や仕事生活で、大小のあらゆることに対して、事細かに判断をしなくてはならないとしたら、面倒でたまりません。多くのことが、自動的に制限的に決められて流れていくことも場合により望ましくあります。

しかし、人生に決定的な影響を与える職業選択と、日々の仕事の創造において、その自由を敬遠するのは、一つの怠慢や臆病にほかならないでしょう。

丸山真男は強く言います───

「アメリカのある社会学者が『自由を祝福することはやさしい。それに比べて自由を擁護することは困難である。しかし自由を擁護することに比べて、自由を市民が日々行使することはさらに困難である』といっておりますが……(中略)。

自由は置き物のようにそこにあるのではなく、現実の行使によってだけ守られる、いいかえれば日々自由になろうとすることによって、はじめて自由でありうるということなのです。

その意味では近代社会の自由とか権利とかいうものは、どうやら生活の惰性を好む者、毎日の生活さえ何とか安全に過せたら、物事の判断などは人にあずけてもいいと思っている人、あるいはアームチェアから立ち上がるよりもそれに深々とよりかかっていたい気性の持主などにとっては、はなはだもって荷厄介なしろ物だといえましょう」。
(『日本の思想』)



私が研修を通して接している層は、大企業の従業員や公務員であり、はっきり言えば、いろいろな意味で“守られた層”の人たちです。

守られているがゆえに、その分、安心して十全に自己を開き、仕事を開いて、日本をぐいぐいと牽引していってほしいと願いたいところです。フロムの表現を借りれば、「人間の独自性と個性にもとづいて積極的に」自由を活かしてほしい。しかし、現実は、「自由の重荷から逃れて新しい依存と従属を求める」傾向が強まっています。


◆個々が内面を掘り起こすことでしか世の中は善く変わらない

私はここで、日本のサラリーマンが「仕事を怠けている」と言っているのでありません。「自由を活かすことを怠けている」のではないかと言っているのです。

私たちはそれこそ残業の日々です。うつ病が社会問題化するほど、ストレスもさまざまに抱えています。その面ではよく働いています。 しかし、私たちが気づかねばならないのは、その働き過ぎは、フロムの指摘する“自由の重荷から逃れた新しい依存と従属”によって引き起こされているものではないかということです。


私たちは、自分の仕事の在り方を決める自由を手にしています。そして、組織の在り方、事業の在り方、資本主義の在り方も自分たちで決められる自由を持っています。しかし、その正しい解を見つけ出し、実現するには相当の努力が要るので、それは遠まわしにしたり、誰かがやってくれるだろうことを期待して、とりあえず目先の自己の利益確保だけを考えて、現状体制に依存と従属をするわけです。

多少の愚痴や問題はあるけれど、その依存と従属の仕事で、毎月、お給料が振り込まれ、なんとなく生活が回っていくのであれば、ことさらに自由を使いこなす必要もない。まさに丸山の言う「アームチェア」的な居心地に身を置くことができれば、そこから立ち上がりたくなくなる状態が生まれる───私には、「あこがれモデル」を探せなくなった社員たちの姿をそこに見るような気がします。

かといって、私はこうしたことを批評するだけで終わりたくはありません。私の目の前には、そうした問題の解決に身を投げる大海原が広がっています。ですから私は、守られた環境のサラリーマン生活にピリオドを打ち、独立して教育事業への道を歩み始めました。自分の自由をもっと活かしてみようと思ったのです。

「世の中を悪い方向に変えるにはマス情報で事足りるが、世の中を善い方向に変えるには1人1人の内面を掘り起こしていかなければならない」───これは私が大手出版社に勤めて得た最大の収穫です。

そうしていまは、日本の企業・自治体の第一線で働く1人1人と、学びの場を通して対話や思索を交える仕事をやっています。目下の課題の一つは、「あこがれを抱けなくなりつつある若年層社員に、どうすれば思考の刺激を与えられるのか」。そもそも『あこがれモデルを探せ』は、働く目的を考える補助ワークでしたが、その補助ワークの補助ワークが必要になってきたという状況です。しかしそれもやりがいのある仕事です。

いまの仕事は、日本のサラリーパーソンの「心持ちの先端を感じ取る」仕事ですが、同時に、教育を通して、そうした人たちの「心持ちの先端をつくる仕事」でもあります。


Tamagawa sst 02
多摩川から夕暮れの富士山を望む



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