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2010年9月15日 (水)

ノーマン・カズンズ『人間の選択』


Shigakg03 
志賀高原(長野県)にて



その道の「よき職業人」になるためには、

その道の「よきロールモデル」を持つことが欠かせない。

私は20代後半から30代初めにかけてビジネス誌の編集部で
記者・編集者として精力的に仕事をした。
雑誌名や自分の名刺には「日経」の冠が付いていたので、
取材のアポイントはどんな企業でも簡単に取れ、
日経のビジネスジャーナリストとして、半ばもてはやされ、日々面白く記事を書いていた。

記事の企画を立て、取材をし、締め切りまでに原稿を書く。
そのことにおいては、私はそこそこうまくできた記者であったと思う。
しかし、ただそれだけであった。
日々、月々、社会の表層に浮き立つ波(ときに泡)を追って、
それを経済・経営の切り口から読者に受けるように面白く書く。
それはそれで熱中できる仕事だったのだが、
5年経ったある日、過去の自分の記事をいろいろと見直してみた。
……バブルが起こればバブルを助長するような記事を書き、
バブルがはじければ誰が悪いんだと犯人探しの記事を書く。
ヒット商品が出れば、後付け分析のような形で賞賛記事を書き、
倒産会社が出れば、後付け分析で「失敗の研究」記事を書く。

あぁ、自分が夢中になってやってきたことはこんなことだったのか。
“情報狩り”の仕事が、「いい/わるい」という問題ではない。
ただ、私はそれ以上そうした狩りを仕事として続けたくなかった。
私は一角(ひとかど)のジャーナリストになる前にキャリアのコースを変えた。

結局その出版社には7年間勤めたのだが、考えてみれば、当時、
ジャーナリストとして「よきロールモデル」のような存在を持っていなかった。
きょう紹介するノーマン・カズンズという人物を知ったのはそれから随分後のことになる。
彼を早くから知っていれば彼をロールモデルとして、
もっとジャーナリズムの道で精進のしようがあったのではないかといまでも思う。

* * * *
H-option
さて、それでは今回の本;

ノーマン・カズンズ『人間の選択~自伝的覚え書き』
(原題:“Human Options”)
松田銑訳、角川選書、1981年



ノーマン・カズンズ(Norman Cousins、1915-1990年)は

米国でもっとも著名なジャーナリストの一人である。
1934年に『ニューヨーク・イブニング・ポスト』紙に入社した後、
1939年、文学評論誌『サタデー・レビュー』に移り、
1942年から1971年まで約30年間編集長を務めた。
彼の手腕により、同誌は米国内で最良の書評欄を誇る総合雑誌へと成長し、
発行部数は2万部から65万部までに飛躍した。

カズンズは「ペンの人」であると同時に、行動の人でもあった。
ケネディ大統領やローマ法王ヨハネス23世の依頼で
フルシチョフをモスクワに訪ね東西間の意志疎通を助けたり、
広島の原爆乙女たちやナチの生体実験に供されたポーランドの女性たちを
治療のためにアメリカに招いたり、
世界連邦協会の会長として国連強化運動の先頭に立つなど、
反戦平和主義者、コスモポリタン(世界市民)として生涯さまざまに駆け回った。
広島市特別名誉市民。「アルバート・シュバイツァー賞」受賞。

本書は、題名のとおり、人類がこのかけがえのない地球上で生き残るために
どのような選択をするか、もっと厳密に言えば、
どのような選択を生み出していこうとするのか、を問うものである。
カズンズの言葉の底流にあるのは、
力強い楽観主義と人間の英知を最終的に信頼する心である。
世を覆うペシミズム(悲観主義)、シニシズム(冷笑主義)の風潮を徹底的に嫌った。


 ○「進歩は、進歩が可能であるという考えから始まる。シニシズムは、退却と敗北が不可避であるという考えから始まる」。

 ○「要するに、自由の大きな問題は、自分自身を歴史的な意味で軽視する個人である。
自由の敵は誰か。それは世界征服のイデオロギーと核兵器で武装した全体主義の大国だけではない。敵は大勢の人たちである。それは、世界について考えることがあるとすれば、自分の生きている間、世界が無事にこわれずにいてくれることだけというような人たちである。敵はまた、自分自身が無力であることを信ずるだけでなく、さらにその考えを宗教のように信仰する人である。……そういう人は良心を呼び覚ます人ではなくて、良心の鎮痛剤を売る薬剤師である」。

 ○「我々アメリカ人は、必要な物はみな持っているが、一番大切な物を欠いている。それは、考える時間と考える習慣である。思考は人間の歴史の基本的なエネルギーである。文明を組み立てるのは、機械ではなくて、思考である」。

 ○「権力と無神経と無知とが一つになると、人類の運命はいつも危機に瀕する」

 ○「我々は破壊性よりも、むしろ感覚麻痺を特色とする時代に生きている。人々は不合理なものと妥協する癖がついてしまった」。


カズンズは、歴史を成り行きやあきらめや鈍感で形成させるな、
思考や意志で形成していけ、と強く叫ぶ。
その思考や意志は少数のリーダーだけが持てばよいのではなくて、
地球上に生きる1人1人の人間が待たねばならない。そうすることで、
人類自らの歴史の運命をつくる選択肢は、人類自らがつくり出せるのだと言う。
そしてそれには忍耐を伴う。

 ○「新しい選択を創造し、その選択を行う能力こそ、人間の独自性の主要な一つである」。

 ○「大局から見れば、歴史の動きは将来も常に人間の願望に結びついているであろう。大きな原動力となるのは、我々の夢であって、我々の予言ではない。夢は人間を動かす。本当にいい夢ならば、偶然とパラドックスに打ち勝つことができ、その終局の成果は、心に詩を持たない人々の現実的な計画よりも、はるかにゆるぎないものであろう」。

 ○「歴史は冷厳な事実だけによって作られるものではない。むしろ感知できない、無形のものによって作られる」。

 ○「もし万一核戦争が起こるとしたら、それが不可避だからではなく、十分な数の人々がそれを避ける努力を払わなかったから起こるのである。その時になって嘆かれるのは、歴史の非情さではなくて、我々が一つしかない命につけた値段の安さであろう」。

 ○「人の命を支える品物や、人生を高貴にし、拡大しようとする企てにくらべて、銃はずっと手っ取り早く目的を達成することができる」。 「英知の発揮は、力の発揮ほど手っ取り早くはいかない」。


カズンズは、2つの世界大戦の時代を生きている。
彼は反戦主義者であり、戦勝国アメリカを賛美しなかった。
義援金を募り、広島の原爆乙女たちを治療のために訪米させたことは冒頭に述べたが、
彼は終戦4年後に広島を訪れ、被災地・被爆者を取材し、
『サタデー・レビュー』誌にルポルタージュ「4年後の広島」を掲載した。
その取材の際の写真が本書にも何枚か掲載されている。
彼は人間に視点を置く、コスモポリタンであった。

 ○「国家に属していれば、国家という代弁者がいてくれる。宗教に属していれば、宗教という代弁者がいてくれる。経済的、社会的体制に属していれば、経済的、社会的体制という代弁者がいてくれる。しかし人類に属しているという点では、人間の代弁者はいない」。

 ○「歴史家たちが何と言おうと、人間の時代はこれまで一つしかなかった。それは原始人の時代である。もし文明人の時代が訪れるとしたら、その始まりのしるしは、自分が全世界の人類の一員であり、その人類は、世界的に何が必要であるかを知り、その必要を充たす世界的制度を作りたいという願望と、それを実現する能力を持っているという政治的、思想的、精神的自覚であろう」。

 ○「宇宙の他の場所に生命が存在する可能性の話になると、我々は目を輝かすが、地上の生命の持つ可能性の話になると、目隠しをする」。

 ○「生命が貴重なのは、それが完全性に達し得るからではなく、人類が完全性という観念を理解できるからである」。

 ○「自分の道徳的能力を完全に発揮し切らない人は、心の安らかさを得ることはできない」。


『サタデー・レビュー』誌は、元々、
『サタデー・レビュー・オブ・リタラチュア』といい、文学評論誌であった。
したがって、カズンズの評論も文学に向けたものが多い。

 ○「我々は、人々が自分自身になることを恐れ、心の奥底の感情の純粋さよりも、ドライな、派手な外見を好むらしい時代に生きている。技巧的であることが持てはやされ、素直な感情は嫌がられる。善意の人と呼ばれるほど、沽券にかかわることはないというように見える。今日の文学には、人間本来の善性に関するテーマが驚くほど欠けており、人間がまじり合って生きる上の、もっとも力強い事実に何らのドラマティックな力も認めてはいない。現代の価値は見せかけだけのたくましさ、野放図な暴力、安っぽい感情に傾いているが、そのくせ我々は、若者たちが人をいじめ殺しておいて、面白いからやったとか、別に悪いと思わずにやったとか告白すると、ショックを受ける」。

 ○「現代の重大な病弊の一つは、ソフィストケーション(技巧化)が常識よりも尊重されるらしいことである。言葉は本来の率直な意味を失って、飴細工のよういへし曲げられる。観念の細工の方がまともな内容よりも重大なことであるらしい」。

 ○「言葉は単なる手段ではなくて、環境である。それは社会の哲学的、政治的条件付けの不可欠の一部である。言葉には崇高にする力、非難する力、増大させる力、迷わせる力、賛美する力、貶(おとし)める力があるが、人の態度はそういう力と結びついている。否定的な言葉は、人が初めて話すことを覚える時から、人間の潜在意識を毒する。偏見が社会の血流に溶け込んで循環する」。

 ○「小説というものは、創意と精神の養分を吸いつくす貪欲な胎児である。しかし一方で、それは養分を供給し補充してくれる。そういう風にして、小説を書くことは、作家自身にとって成長と変化の過程となる」。

 ○「わたしはこの頃、速読と速解を信用しなくなった。巧みな人物描写を熟読し、名文をゆっくりと味わうことほどの心の楽しみは稀である。『絶対にものを学ぶことのない人々がいる……それは何でもすぐに理解しすぎるからである』とアレグザンダー・ポープ(1688-1744年。イギリスの詩人・批評家)が言った」。 

 ○「書物はいまだに、人間の知っている最良のポータブルな大学である」。

 ○「書物にどんな限界があるにせよ、それにはすばらしい防音装置が備わっており、しかも心の耳にははっきりと聞きとれる。ただし、いい書物の効能は、その無音という性質を、はるかに越えるものである。いい書物は共有の体験であるが、同時にすこぶる個人的な体験でもある。それは実りの多い孤独を与えてくれる--時には群衆の真ん中で」。

 ○「医学の助けを借りないで、簡単に寿命を延ばす方法がある。それは“書物”という名の方法である。それによれば、我々は一回の人生の中で数百回の人生を生きることができる」。

 ○「すべての人が金持ちになる幸運に恵まれるとは限らない。しかし言葉については、誰しも貧乏人になる要はないし、誰しも力のこもった、美しい言葉を使うという名声を奪われる要はない」。

 ○「もし我々が偉大な詩を望むのなら、偉大な読者が必要である」。 


その世界を離れると、その世界のことが客観的によくみえることがある。
私もいまとなってはメディア(特に出版)界のことがよく観察できる。
日本にはそれこそ多くのジャーナリスト、記者、編集者、評論家がいて、
さまざまにメディア・コンテンツをつくっている。
しかし、カズンズ級の人物がこの国のメディア界にどれほどいる(いた)だろうか。

大衆の好みを取りいって、おもしろおかしく、ベストセラーをつくるプロはいる。
また、テレビのニュースバラエティ番組などで
骨の抜けた当たり障りのないコメントをするタレント的なプロもいる。

しかし、深く高い言葉を持ち、
大きな良識・良心をもって創造、発信しているメディアのプロフェッショナルとなると、
残念ながら出会うのに苦労をする。
強い志を持ち、とてもよい記事を書くジャーナリストや、よい本を出す編集者は
確かに少なからずいる。しかし、そうしてつくられた意欲作は、
地味で真面目でつまらないということで読まれないのだ。

まさにカズンズの指摘したように、
「ソフィストケート(技巧化)された飴細工」を大衆は好むのであり、
質素な外見の「まともな内容」のものは素通りされる。

私たちがこの国で、カズンズ級のメディア人を持とうとすればどうすればいいのか?
―――それはカズンズがすでに教えてくれた。
「もし我々が偉大な詩を望むのなら、偉大な読者が必要である」と。

そう、偉大なメディア人を欲するのであれば、
視聴者・購買者である私たち1人1人が、
強くじっくりとよい本、よい記事、よい書き手・作り手を求めていくことだ。

私はもはやジャーナリストとしての道を歩んでいないが、
ものを書いて何かを世に訴えるという意味では、カズンズと同じ仕事に就いている。
だから私のロールモデルの一人として、ノーマン・カズンズを加えたいと思う。
彼の生き様・働き様を模範とするに遅すぎることはないのである。


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志賀高原の一沼(上)と四十八池(下)。
私は登山よりも山歩きを好みます。
登山となると登頂という至上目的が課されるので一心不乱に登ることになりますが、
山歩きは、言ってみれば“逍遥”なのでいろいろと考え事
(深刻な考え事ではなく、夢の大風呂敷を広げる楽しい空想)ができるからです。
もちろん、登山にはそれとは別のすばらしい楽しみがあります。

 

 

2010年8月12日 (木)

ルイス・マンフォード『現代文明を考える』


◆smartばかり増やし、thoughtfulを増やさない教育
現代が変化・スピードの時代であることは誰しも否定しようがない。
そのため、変化に押し流されないよう個人も組織も常に最新の情報の摂取に忙しい。
そして何事もスピーディーに行動することを求められる。
時代の先を読み、迅速に反応できる人間が、優秀だと評価される。

私も仕事柄、組織で優秀だと言われる人財にさまざま会ってきた。
(MBA学生をしていたとき、席を並べた同級生たちもそんな類の人財たちだ)
確かに彼らは時代の先読み感覚はあるし、頭の回転も行動も早い。
知識や技術もハイクラスのものだ。
しかし、彼ら(私自身も含めて)の弱いところは、
「史観」を持って自分たちの置かれた状況を見つめ、物事を解釈することだ。

経営者・ビジネスパーソンに限らず、第一級の人間は、独自の史観を内面に醸成している。
そして、表層の波のごとく変化する現在の出来事を長い時間軸から俯瞰してとらえ、物事を判断する。

いまの教育は、
時流に対応できる「smart=利口な」人間を増やしてはいるが、果たして、
時流がどうあれ、どっしりと思索のできる「thoughtful=思慮深い」人間をつくっているだろうか。

史観というものは易々と教育できるものではないし、
そもそも「史観はこうあるべきだ」という正解もないから、教育すべきでもない。
しかし、大人たちは、若い世代にさまざまな刺激や啓発を与える任務を負っている。
そのために大人ができることは、歴史的視点から考える材料や機会を若い世代にどんどん与えることだ。
(どのような史観を醸成させるかは、あくまで本人による)

私はMBA教育にはさほど感動はしなかったが、
それでも「経営哲学」という科目で、渋沢栄一の『論語と算盤』や
マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』などを教材として
資本主義を歴史の視点から再考させてくれたことには、いまもって感謝している。

(*そのことについては下の記事をご参考に)
「伊丹先生が試みたもの・・・MBA教育の中の“徳育”」

ああいった学びがなければ、いまだに私は、資本主義を無条件に漫然と受け入れるだけで、
資本主義に使われる人間になっていただろうと思う。
資本主義の毒の部分を知って、その上で肯定する―――その理解次元に立てたことは大きな成長だった。

* * * * *

◆人類の最初の恩人はプロメテウスかオルフェウスか
さて、そんなところから、この「滋養本」のカテゴリーでは以降数回にわたって
文明的視座から書かれた本を紹介していく。今回は、

ルイス・マンフォード『現代文明を考える』Mumford cv
 (生田勉・山下泉訳、講談社)
である。

本著は、米国の文明批評家であるマンフォード(1895-1990)が、
1951年にコロンビア大学で行った講演をまとめたものである。
原題が『Art and Technics』とあるとおり、
芸術と技術の2つから文明をとらえていく。

マンフォードはそこで、
ギリシャ神話に出てくるプロメテウスとオルフェウスを比喩として用いる。
大方の見解として、プロメテウスは、
人間に最初に火をもたらした神であり(火は総じて道具や技術の意味を含む)、
人間が野生動物から分離していく発展の源をつくったとされている。
それに対し、マンフォードは
「いや、オルフェウス(竪琴の奏手、ここの文脈では芸術・表象の意味)こそ
人間の最初の教師、恩人であったのだ」と反論をする。

人間を最初に人間たらしめたものは、道具を使うという技術(プロメテウス)であったのか、
それとも、形態や意味を表象する芸術(オルフェウス)であったのか、
それは大いに議論が出るところだが、いずれにしても、
人類の文明の発展(あるときには、後退とか停滞とか破壊があるだろうが)には、
2つの推進力―――プロメテウス(技術)的な推進と、オルフェウス(芸術)的な推進が絡んでいる。
同時に付け加えるならば、この2つの推進力は一人の人間の内にも同居する。

◆人間を置き去りにして技術だけが勝利した
マンフォードはどちらの力が優で劣か、ということを論じない。
かつてその二つは表裏一体となって睦まじい関係にあったが、いつしかその二面は剥ぎ裂かれてしまい、
双方が均衡を欠いていることが現代の危機であると指摘する。
均衡を欠くとは、すなわち、プロメテウス(技術)の肥大化・暴走化と
オルフェウス(芸術)の衰弱化・病弊化だ。

  「機械の誇りとする能率にもかかわらず、
  またエネルギー、食糧、素材、製品がありあまるほど豊富なのにもかかわらず、
  質の面では今日の日常生活はそれらに見合った改善がなされず、
  文明のなかで充足し栄養十分な大衆が、
  情緒的不感症と精神的冬眠、無気力と萎びた願望の生活を送り、
  近代文化の真の潜勢力(ポテンシャル)に背を向けた生活をしているのです。
  まさに『芸術は貶(おとし)められ、想像力は拒まれ、戦争は国民を支配した』
  (注:ウィリアム・ブレークの言葉) のです」。

人間性を失くした技術の肥大と暴走は、同時に、芸術の衰弱と病弊を呼ぶ。

  「社会が健全なときには、芸術家は社会の健全性を強めますが、
  社会が病んでいるときには、同じようにその病弊を強めます」。

マンフォードも各所で指摘しているのだが、
技術と芸術は単純な二元論で片付けることができない。
もし、これらが単純な二元対立でとらえられるなら、
一方の技術の暴走は、もう一方の芸術の復興によって修正することができるはずだ。
―――しかし、残念ながらそうはならない。
芸術はいったん崩壊の流れに乗るや、みずから崩壊の度を強めていくのだ。

  「その(芸術の)運動自体は、崩壊作用をみずからの栄養分としており、
  まさにその崩壊作用に著しく規定されているため、精神の根底から変化しないことには、
  その運動が新しい平衡と安定を私たちの生活にもたらすことはできまい」。

これは、いみじくもゲーテが「文学は人間が堕落する度合いだけ堕落する」と喝破したことと共鳴する。

確かに、昨今の芸術――ここで言う芸術とは、芸術家による創作活動だけではなく、
すべての人が情念の発露として行う表現活動まで含める――において、
表現する道具や手法などがそれこそ技術の発達によって洗練されたにもかかわらず、
出来あがってくるものは、神経質でギスギスと痩せたものばかりだ。
道具や手法などが未発達で粗だった時代のほうが、芸術ははるかに健やかさとふくらみをもっていた。

また、真の芸術の衰退は、人びとがそれを求めなくなることで加速される。
  「真の芸術家はやむにやまれぬものを描き、書き、作曲するもので、
  同時代人を喜ばせることは、二次的な問題にすぎないのですが、
  かれは同時代人のかれへの興味、悦び、直観的反応によって、いっそう努力するよう促されるのです。
  私の親しい友マシュウ・ノヴィッキが建築についてよく言っていたことですが、
  『偉大な依頼者こそ偉大な建物の制作に不可欠である』という言葉は、
  他のどんな芸術形式にもあてはまるように思われます」。

私たちは、技術を「富」の増幅と獲得に用いるばかりである。
確かにそのことによって、先進国では物が増え、娯楽が増え、平均寿命は延びた。
現代において、技術だけが勝利しているように思える。
芸術は縮み、人間は技術の配下に置かれる状況が生まれている。
この事態を健全な状態に切り返す手立てはいったい何なのか?

マンフォードは言う――――
  「救いの道は、人間個性を機械へ実用的に適応させることにあるのではなく、
  機械はそれ自体、生活の秩序と組織の必要から生まれた産物ですから、
  機械を人間個性に再適応させることにあるのです。
  つまり人間類型、人間的尺度、人間的テンポ、とりわけ人間の究極目標が
  技術の活動と進行を変革しなければなりません。…(中略)
  人格のない技術によっていまやまさに枯渇させられた生気とエネルギーとを、
  もう一度芸術のなかに注ぎなおさなければならない」。

結局のところ、人間が技術を司るのである。
結局のところ、人間が芸術を司るのである。
技術の自己肥大化、芸術の自己病弱化に人間が振り回されているのが重大問題なのだ。
そのために、私たち人間は、技術の主人となれ、芸術の主人となれ、
そのために叡智を集結させて文明の流れを修正せよ、これがマンフォードのメッセージである。

* * * * *

◆大きなシステムの中で部品化する人間
しかし、技術の主人となる、芸術の主人となることは、そう簡単な話でない。
私たちは今日、標準化、大量生産、大量消費、分業、カネがカネを生む経済システムに
よって“生かされている”。

もっと多くを欲し、もっと多くを生産する。
もっと速く生産し、もっと速く消費する。
そうして工場を稼働させ続け、拡大再生産回路を絶たないようにする。
これこそが社会を潰さず、企業を潰さず、個人の生活を潰さないための唯一の方法―――
現代文明は、ブレーキもハンドルもなくアクセルしか付いていない暴走車に
いまや何十億人という人間を乗せて走っているのだ。

大量生産・大量消費・拡大成長・競争原理を前提とした経済は、
必然的に、仕事の分業化を押し進める。
仕事の分業化は、働く個人の技能的部品化・知能的部品化を意味する。

チャーリー・チャップリンの映画『モダンタイムス』(1936年)は、
工場労働者が単純作業にまで分解された仕事を黙々とこなし、
生産機械の一部になっていくことを痛烈に批判したものであるが、
これをいまのビジネスパーソン(ナレッジワーカー)たちが観て、
「かわいそうになぁ、そりゃあんな単純な肉体労働を歯車のようにさせられちゃ
人間疎外にもなるよ。昔はひどかったな」と思うかもしれない。
しかし、よくよく考えてみるに、
チャップリンが描いた当時のブルーカラーも、
現代の大企業オフィスで知的労働に関わるホワイトカラーも問題の本質は変わっていない。
単純な肉体作業が多少複雑な知的作業に取り替わっただけの話であって、
依然一人の働き手が、大きな利益創出装置の中の歯車であることには変わりがない。

私は主に企業の従業員を対象に研修をしているが、
新入社員であっても、3年目、5年目社員であっても、そして部課長ですら、その多くがが
「(生計を立てるため、というほかに)働く目的を明確に持っていない」、
「夢・志を描けない」、「働きがいが見出せない」、
「10年後どうなっていたいか、特に想いはない」……という状況だ。

このことは、過度に進む仕事の分業化と関連がある。

 自分のやっていることが、全体とどう結びついているかが見えにくい、
 自分のやっていることが、末端のお客様とどうつながっているかが実感しにくい、
 自分のやったことで、直接お客様から「ありがとう」を言われたことがない、
 自分のいまやっていることは、会社からの異動辞令が出ればまた変ってしまう、
 自分に任された範囲のことをきちんとやっていれば、月末に給料が振り込まれる……

そんな状況で働いて、
働く目的や意味を見出せ、将来を描けというのは、酷な話かもしれない。

人間は、自らの仕事に全人的に関わらないかぎり、
そこに働きがいや意味を付与することは難しい。

◆手仕事の職人という理想形
マンフォードは労働者の理想、そして技術と芸術のよき均衡を19世紀中葉までの手仕事の職人に見る。

  ―――「かれ(職人)は自分の仕事に時間をかけ、自分の身体のリズムに従ってはたらき、
  疲れれば休息し、経過をふり返っては工夫し、
  また興がのったところでは、ためつすがめつ、あれこれ手をかけていました。
  ですから仕事はあまりはかどりませんが、かれがそれに費やした時間は、真に生きた時間でした。
  職人も、芸術家とおなじように、
  自分の仕事に生き、仕事のために生き、仕事によって生きたといえます。
  はたらく報酬も、そうした活動そのものにもともと備わっているもので、(中略)
  かれ自身が製作工程を支配する親方であるという事実は、
  人間的尊厳の大きな満足であり、その支柱でもあったのです。
  手仕事のもうひとつ報いられた点は、
  職人がさらに技術的に熟達すれば、仕事の操作から仕事の表現という面に移行できたことです」。

私自身、大企業の管理職を辞め、自営で独立した。
個人事業は苦労も多いし、障壁も多いが、仕事には格段の充実を得るようになった。
それはとりもなおさず、自らの仕事の全体を掌握する主人になったからだ。
コンサルタントという知的サービス業ではあるが、それは職人的手仕事と似ている。
自分を全体的に使って、仕事を全体的に動かしていく。
自分の信ずるところの想いを事業という形に変えるという営みは、
技術と芸術の相互の掛け合わせなしには実現されない。
技術は芸術を高め、芸術は技術を刺激する。
そして技術と芸術は、自分の想いをどんどん進化・深化させてゆく。
そのやり応えを一度でも知ったなら、とてもサラリーマンには戻れない。

私は周囲の骨のある人間には、常にこう勧めている―――
ともかく生涯に一度でも、自分の事業をやってみなさいと。

ちなみに、19世紀中葉に活躍し、アーツ・アンド・クラフツ運動の中心的人物だった
ウィリアム・モリスも職人的手仕事を理想的な労働とした一人であるが、
彼は著書『ユートピアだより』の中で、
有用な仕事は3つの希望を与えると言っている。
その3つとは―――
「休息という希望」、「生産物という希望」、「仕事自体楽しいという希望」である。

確かに、自らの意志の下で行う職人的手仕事という労働はひとつの理想形ではある。
しかし、この現代社会において、
そして地球人口が70億人を超えそうな状況において、
すべての人間が職人的手仕事に従事して世界経済を回していくわけにはいかない。

私たちはやはり大量生産・大量消費、分業制、企業組織、金融システムといったものを
利用しながら人類を食わせていかねばならないのだ。
しかし人間がそれらの下僕になってしまってはいけない。
その解決のための決定打は何なのか―――!?

◆1人1人が1日1日の小さな決断をたくさん積み重ねた結果、流れが変わる
マンフォードはきちんとそのことについて言及している。
しかし、その決定打というのは、起死回生の一発逆転満塁ホームラン!のような
即座の劇的な方法ではない。
それは、一人一人が“人間味”を取り戻すこと、
生物全体、人間全体へと関心を方向転換させること、
内なる自分を見つめ、耳を傾け、心中の衝動と情動に応える習慣を身につけること―――
だと彼は言う。なぜなら、文明の流れの全面的変化は、
「ある独裁的命令で即座に生じるのではなく、
新しいアプローチや新しい価値観の傾向や新しい哲学などから生じる
一日一日の小さな決断をたくさん積み重ねた結果」
もたらされる(されてきた)からです。
そしてマンフォードは、絶対神を崇めるキリスト教思想よりも、
自然と共生し、個々の人間の自制的生活を促すという意味で東洋思想への期待をにじませている。

……そう聞くと、
「なんだ、結局は一人一人の人間が慎ましく変われということか。平凡な答えだ」と
思う人が多いかもしれない。

しかし、そうした答えを大勢が見くびっていく先には、文明の衰退があるだけだ。
「一人一人の人間が叡智を湧かせて変わる。それこそが世界をよく変える唯一確実な道」
―――平凡だがこれほど偉大な答えはない

超一級の学者が常にそうであるように、ルイス・マンフォードは、
大きな問題に独自の視点を与え、表現を凝らしてそれを照らし出す。
そして、一貫して人類の叡智を信じ、強い楽観主義に基づいて聴衆の心に呼びかけをする。
この本には、部分部分でいろいろなことを考えさせてくれる指摘や考察があるので、
是非一度読んでみてください。


2010年5月 9日 (日)

高村光太郎『ロダンの言葉』


Rodan  「オーギュスト・ロダン×高村光太郎」 ―――何とも重厚なカップリングである。

「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」……
ご存じ『道程』を書いた詩人であり彫刻家である高村が、ロダンの訳業を試みた一冊である。

ロダンのような美の巨人の言葉を訳するなどは、
語学に長けているだけではかなわない所業である。

ロダンの精神の奥底には、
凡人にはすべてを見取ることのできないような哲学の巌(いわお)がそびえ立ち、
また、彼独自の高度な芸術表現の技術論や感性論があって、
それを訳出することは高村であっても困難な作業であったにちがいない。
しかし、日本国で誰がもっとも訳者としてふさわしいかといえば、
今でも高村光太郎以上の人物は見当たらないのではないかと思う。

この本は当然芸術のことについて多くが語られているのだが、
ロダンの発信は、広く平成のビジネスパーソンにも通じている。
なぜなら、

芸術の仕事も、ビジネスにおける仕事も、

1)目に見えない内側の本質を、目に見えている外側の現象から探りつかむこと
2)目に見えない内側の本質を、目に見えるよう外側の表現にして提示すること

の営為であるからだ。

例えば、マーケティングの仕事は、
店頭でどんな価格帯が売れているとか、どんな色が売れているとか、
どんな商品クレームが多いとか、そういった外側に見えている流行現象・消費現象から
次に消費者は何を欲しがっているかという目に見えない潜在需要を読み解く仕事である。

そして、それを受けた商品開発者たちは、真剣に討議して、
自分たちが考える次の商品はこうあるべきだという仮説や意思を持つ。
そしてそれを具体的商品として落とし込み、生産し、
「消費者の皆さん、皆さんの次に欲しがっていたものはこんなものではなかったですか?」
と世に問う。

さて、ロダンは何と言っただろうか。

 ○「眼でばかり見ないで、叡智で見るのです」。

 ○「立体的理法は物の主眼であって外観ではありません」。 

 ○「美は性格の中にあるのです。情熱の中にあるのです。
  …美は性格があるからこそ、若しくは情熱が裏から見えて来るからこそ存在するのです。
  肉体は情熱が姿を宿す型(ムーラージ)です」。

 ○「内面からの肉づけが無いなら、輪郭は脂を持てない。
  しなやかにならない。堅い陰で乾からびる」。

 ○「肉づけする時、決して表面(スルファス)で考えるな。
  凹凸(ルリーフ)で考えなさい。
  君達の精神がすべての上面にあるものは
  皆其を後ろから押している量の一端だと見做す様になれと思う。
  形は君達に向かって突き出たものだと思いなさい。
  一切の生は一つの中心から湧き起る。
  やがて芽ぐみそして内から外へと咲き開く。
  同じ様に、美しい彫刻には、いつでも一つの強い内の衝動を感じる」。

 ○「こういう事を忘れるな。相貌は無い。量しかないという事を。
  素描する時、決して外囲線に気を取られるな。
  凹凸だけを考えなさい。凹凸が外囲線を支配するのです」。

 ○「藝術家の資格は唯智慧と、注意と、誠実と、意志とだけです。
  正直な労働者のように君達の仕事をやり遂げよ。
  真実であれ、若き人々よ。
  しかし此は平凡に正確であれという事を意味するのではない。
  低級な正確というものがあります。写真や石膏型のそれです。
  藝術は内の真実があってこそ始まります。
  すべての君達の形、すべての君達の色彩をして感情を訳出せしめよ」。

 ○「良い彫刻家が人間の胴体を作る時、
  彼の再現するのは筋肉ばかりではありません。
  其は筋肉を活動させる生命です。
  われわれが輪郭線を写し出す時は、
  内に包まれている精神的内容で其を豊富にするのです」。  

 ○「凡庸な人間が自然を模写しても決して藝術品にはなりません。
  それは彼が『見』ないで眺めるからです」。

ロダンが一貫して訴えているのは、
外側の線だけを肉眼で追うのではなく、
内側の本質を“慧眼”で観よ、ということです。
そして、外側の輪郭をつくるのは、
内側の本質(彼の言葉では、性格、情熱、量、真実、精神的内容)の湧き出しによれ。

私たちは一つ一つの仕事に対し、
こうした「内への洞察」と「内からの表現」をしているかどうか―――
これは重要な自省の視点となる。

表層を浮き沈みする情報のみを集め、上っ面をなめるだけの検討をし、
体裁を適当に整えただけのデザインによってパッケージ化されたモノやサービスが
周囲にあふれていやしないか―――私はそれが気になる。
そして、そうした受け入れの軽さのある商品のほうがむしろよく売れてしまう
―――そのことに私はいっそう危惧をする。

会社現場ではよく上司が「もっと本質を見極めろ」などと言うが、
現在のビジネス現場では、
「内への洞察」や「内からの表現」といった本質をみること・本物をつくることよりも、
実のところ、
スピードや効率、目標量の達成、マスセールスの追求のほうに執心している。

そしてマスとしての消費者も、
本質や本物を志向するよりも、
「安けりゃいい消費」「安くてそこそこ品質でいい消費」に偏っていて、
消費生活の質が粗野化(もっと言えば粗暴化)している。
(この粗野というのは、チープシックやシンプルネスといった美意識の
はたらいたものとはまったく別方向のものだ)

消費者が安易なものを好んで買えば買うほど、作り手はものづくり力を退化させる。
日本が今後も「ものづくり立国」していくためには、
「安けりゃ売れる」といった表層の現象・表層の需要を超えて、
内側に入ったものづくりをしていかねばならない。
(日本にまだ少なからずいる志あるものづくりの人たちは、このことを十分知っている。
しかし、いかんせん、マス消費者は「安けりゃいい」なのだ。
志あるものづくり人たちが、どんどん追いやられている……)

* * *

ロダンにとって仕事をすることは、生きることと同義であった。
そして、それは「大いなるもの」とつながる歓喜であった。

 ○「永久の若さは専念と熱中とで出来る」。

 ○「勉強は不断の若返りである」。

 ○「私の考では宗教というものは信教の誦読とはまるで別なものです。
  其はすべて説明された事の無い、
  又疑も無く世界に於いて説明され得ないあらゆるものの情緒です。
  宇宙的法則を維持し、又万物の種を保存する『知られぬ力』の礼拝です。
  …其は此の世から、われわれの思想をまるで翼の生えた様に飛翔させるのです。
  此の意味でなら、私は宗教的です。
  若し宗教が存在していなかったら、私は其を作り出す必要があったでしょう。
  真の藝術家は、要するに、人間の中の一番宗教的な人間です
」。 

 ○「藝術は万象の中で明らかに観じ、
  又意識を以て照り輝かしつつ万象を再現する叡智の歓喜です」。

私はことあるごとに、
「真に“よい仕事”とは宗教的体験である」と言っている。
これには「シュウキョー」と聞くだけでうさん臭さを感じる人も多い。

しかし、その人は、「宗教的」の意味を狭くとらえているか、
本当に“よい仕事”を成したことのない人だろう。

* * *

ロダンは若き芸術家たちにさまざまにメッセージを送っている。

 ○「肝腎な点は感動する事、愛する事、望む事、身ぶるいする事、生きる事です」。

 ○「われわれは自然を心ばかりでなく、
  殊に知力を以て会得しようと努めねばなりません。
  感じ易いが、知解力無いという人は感情を表現することの出来ないものです」。  

 ○「若し君達の才能が極めて新しいと、
  君達は最初はほんの少しばかりの賛同者しか得ないでしかも群衆の敵を持ちます。
  勇気を失うな。前者が勝ちます。
  なぜかといえば彼等は何故君達を愛するかを知っているのに、
  後者は何故君達が嫌いなのか知っていないからです。
  前者は真実に対して情熱を持ち又絶えず新しい同人を集めるのに、
  後者は自分達の間違った意見に対して何処までも続けてゆく熱中をまるで表さない。
  前者は頑固であるのに、後者は風のまにまに変る。
  真実が勝つ事は確かです」。


高村光太郎はロダンを師と仰いだ。
師の言葉を自分の中で血肉化し、それを翻訳して日本にも広めた。
そして彫刻家として、師を乗り越えていこうと創造に命を燃やした。
こうした師弟の展開は、芸術家の世界のみならず、
事業組織の世界でもどんどん起こってほしいものだ。

師を持った働き手は幸福である。
しかし、師を持つためには、前提として、
みずからの仕事・職業を一つの「道」として昇華させていなければならない。



*本記事では、
『ロダンの言葉』の集英社・文芸文庫版を取り上げました。
同様のもので、
『ロダンの言葉抄』岩波文庫版もあります。


2010年4月17日 (土)

塩見直紀 『半農半Xという生き方』


情報が絶えず生まれるメディアには、
日々いろいろに新コンセプトやらバズワードやらが現れる。
私も商売柄、そういったものをこしらえる。
しかし、そうそう簡単に長生きするもの、ましてや一般に普及するものはつくれない。

そんな中、私がここ10年の間でもっとも啓発を受けたもののひとつが
「半農半X」 (はんのう・はんえっくす) である。

「半農半X」とは、生みの親の塩見直紀さんによれば、
「一人ひとりが天の意に沿う持続可能な小さな暮らし(農的生活)をベースに、
天与の才(X:エックス)を世のために活かし、
社会的使命を実践し、発信し、まっとうする生き方」
をいう。

これは時代の先を読み、時代が求める、そして時代をつくるコンセプトワードだと思う。
知的に刺激されるというよりは、
肚にズシンとくる揺さぶりの言葉である。
この言葉は1995年に塩見さんの頭の中で生まれたらしいが、
まだまだ10年先も20年先も時代の風化を受けない、逆に輝きが増すであろう
それくらい深く骨太なものだと私は思っている。
半農半Xカバー 
2003年に刊行された 『半農半Xという生き方』 (塩見直紀著、ソニーマガジンズ)には、京都・綾部の地で様々な人が実践する「半農半X」の生き方が紹介されている。

「半農」をベースに、
映画字幕翻訳をする人、
「人生最高の朝ごはん」を主宰する人、
あかり作家をする人、
介護ヘルパーをする人、
ウェブデザイナーをする人、
画家をする人……いろいろな掛け合わせがある。
「半X」のエックスの中には人によって何が入ってもよいのだ。

私も遠くない将来に農的生活を始めたいと思っているのだが、
「半農」という考え方が重要なポイントである。

いま田舎暮らしをしたいという人の中には、すべてを農に懸けるケースが多い。
(つまり生活を「全農」的に預けてしまう)
もちろんそれでうまく回っていけばいいのだが、それではリスクが大き過ぎる。
商業的に農業を成立させ、生業とするのはことのほか難しいものだ。
生産性や効率、取引先の要望に引っ張られたら、
無理な生産、本意でない手段もやらねばならなくなる。

塩見さんは「半農」の考え方のもとは、
作家の星川淳さんの『地球生活』からきているという。
星川さんはそこで次のように書いている。

 「自給規模なら見通しは立つものの、
 営利規模ではかなりの無理を要求される。
 これ以上地球に農薬という毒を盛ることだけは絶対にしないと決めているが、
 無理のなかには機械力や借金、もっとめまぐるしい生活ペースなども含まれる。
 それに対する私の答えは『半農』である。

 百の作物をこなす“百姓”や農業だけで生計を立てる専業農家にならなくていい。
 かりに実働八時間として、
 その半分で自分たちの食べるものを納得のいくやり方で育て、
 あとの半分でなにかしらの収入につながる仕事をする。
 私の場合はたまたま『半農半著』」。

もちろん、世の中には専業農家で頑張って作物を供給してくれる人が必要である。
と同時に、もし日本で半農という形で耕作をする人が増えていくとなれば、
つまり二重構造で農の営みが拡大・継承されていくようになれば、
日本の農業もよい変化を起こすにちがいない。

そして「半X」。
Xとは、やりがいを見出した仕事や、自分の天賦の才を活かす職業、
使命と感じるライフワークのことだ。

もちろん、自分が没頭できるXに対し、
それに100%専念したい、つまり「全X」的に取り組みたいという人はいるだろう。
「半X」的にじゃ、とてもそれをまっとうできないと。
それはそれでひとつの肯定できるあり方だ。

私も20代から30代前半にかけては、
ビジネスジャーナリスト、出版の仕事が面白くて面白くて、
残業を厭わず、それにのめり込んだものだ。

しかし不思議なもので、30代以降、農的な暮らしに少しずつ興味が湧いてきた。
今では、農作業こそ手をつけてはいないが、
あえて大事な仕込みの仕事をするときは、東京を離れ、
地方の山か島にこもってやっている。
今まで単眼思考だったのが複眼思考になって、とてもよい結果を生む。

二つ以上の仕事、二つ以上の活動拠点を持つことは、
私にとって、どちらも中途半端になるのではなく、
どちらも和合してよい影響を与えあい、トータルでみた創造性や充実感が格段に増す。
(それを私は“ハイブリッド・ライフ”と呼んでいる)
(「半農半X」も農とXのハイブリッドの形である)

だから、「全X」的に仕事に邁進している人も、
「半農半X」というコンセプトを頭に入れておくとよい。
いつかこうした複合的な考え方がすーっと馴染むときがくるだろう。

塩見さんは、「半農半X」のその複合的な考えを
「種(たね)」を例にして見事に説明している。

 ―――「たね」の音義を漢字以前の日本の言葉「やまと言葉」で調べてみると、
 「た」は「高く顕われ(伸び)、多く(たくさん)広がりゆく」、
 「ね」は「根源(に返る)、(いのちの)根っこ」という意味があり、
 「タネ」の本質を的確に表現している。
  …(中略)
 「半農半X」で言えば、「半農」が「ね」で、「半X」が「た」だ。―――

ワークライフバランスということが最近話題になる。
私は、ワークとライフを分離してバランスをとるというような考え方ではなく、
両者をハイブリッドさせるという考え方なので「ワークライフブレンド」と言っているが、
いずれにせよ、これも複合的な「た・ね」のとらえ方ができる。
つまり、ライフ(私生活・人生)は「ね」であり、
ワーク(仕事・職業)は「た」である。

この本の中で塩見さんは、「半農半X」というコンセプトを核にして
力強いメッセージをいろいろな言葉にして披露している。

○「小さな暮らし」と「充実感ある使命」―――これが「半農半X」だ。

○田舎で「半農」の暮らしをしようとすれば、
 原則的に生活は「生活収入少なく、心の収入大きく」になる。
 生活の縮小となると、厳しさを感じるが、
 それでも心豊かな暮らしができるのは、「X」があるからである。

○「おいしいもの」追求ではなく、「おいしく」いただく

○「ないものねだり」から、「あるもの探し」へ

○昔の農民は豆をまくとき、必ず三粒ずつまいたという。
 一粒は空の小鳥、一粒は地の虫、一粒は人間のためにだ。

○「give and give(与え、さらに施す)」
 「give and forgot(施したことさえ忘れてしまう)」
 という考え方があるのを知った。
 私たちはつい受け取ることや与えたことに執着しがちである。
 先人は「放てば満てり」と言った。
 こだわらず、解き放つことで、自由になれるという意味だ。
 残念ながら、私たちの文化では、与えることより獲得するほうに重きが置かれている
 と言っていいだろう。

○ヨハン・ゲーテの詩に
 「心が海に乗り出すとき、新しい言葉が筏(いかだ)を提供する」
 という一節があります。
 海に乗り出すためには新しい言葉、新しいコンセプトが要るのです。
 意識が変わり、行動が変わり、暮らし方、生き方が変わる
 新しい概念の創出が急務なのです。


この本は、多分に思想的であるが、
著者を含め綾部の方々の多くの具体的な生き方が散りばめてあり、
とても実践的なライフスタイル提案書となっている。
(その人の持つ思想的なものは、最終的には
その人の挑戦的実践・生き様によって証明される)


「農」という営みはことのほかに奥深いものである。
個人が「半農半X」を志向することは有意義な人生のチャレンジになるにちがいない。
と同時に、
日本という国家もまた「半農半X」というコンセプトで立国すべきではないかと思った。


 

2010年2月25日 (木)

原研哉『デザインのデザイン』

デザインのデザインpht
おかげさまで私はこれまで自著を出版する機会を何度か得てきた。
そして今後もそうした機会をいただきながら、世の中にぶつけていきたいと思っている。

仕事でやっていることが人事・組織・経営関連であるので、
書く本はビジネス書・自己啓発書の類として出版することになるのだが、
本の企画を練ったり、アイデアを湧かせたりするときに、
私は書店のビジネス書コーナーや自己啓発コーナーにほとんどいかない。

私はむしろ、哲学・思想とか芸術とか科学の分野の棚にいって、
ぶらりぶらりしながら本を手に取り、必要に応じて買い込みをする。
そして一冊の本を読んでいくと、
その巻末に記されている参考文献のところからさらに数冊を芋づるで読みたくなり、
それをアマゾンかどこかで注文し、どんどんその世界を深めていく。
振り返ってみると、人事・組織・経営関連とは直接関係のないそうした読書からこそ、
良質のヒントやアイデアを得ていることが多い。

今回紹介する一冊も、ある日、書店のアート・デザインの書棚で出会ったものである。
原研哉 『デザインのデザイン』 (岩波書店)

原氏は、日本のグラフィックデザイン界の重鎮的存在である。
どの職業の世界も同じだが、その道を長い時間かけて高い次元まで上っている人は、
世の中を統合的にとらえ、「理」(ことわり)のようなものを見据えている。
そして、それをみずからの「観」として築きあげている。

(→参考ブログ記事:『一徹理視』

その道で超一級の仕事をする人の「理」や「観」を学びとるというのは
自分の偏狭な考え方に修正を加えたり、補強したりするためにとても大事なことだ。

特にいまビジネスパーソンと呼ばれる人たちは、
ものごとの判断のしかたがどんどんビジネス目線のものに染まっている。
つまり経済合理性というひとつの物差しで「よい/わるい」を決める思考習慣に偏っているのだ。
私たちは、もっと複眼的で統合的で、ふくらみのあるものの見方を養わなければならない。

例えば、「ユニクロ」と「無印良品」を比べたとしよう。
私もビジネス雑誌の編集に長く携わっていたので、
「ユニクロVS無印」というような記事は書いてみたいとも思う。

間近の数値をみてみると、
良品計画(2009年2月決算)は、
・売上高:1628億円(前年比100.5%)
・当期純利益:69億円(前年比64.9%)

ユニクロを展開するファーストリテイリング(2009年8月決算)は、
・売上高:6850億円(前年比116.8%)
・当期純利益:480億円(前年比114.4%)

この数値をみて、やっぱりユニクロは勢いが違うな。価格競争力もスバ抜けてるし、
製品開発力もスピードもある。ヒット商品も矢継ぎ早に出す。
その点、無印のほうは見劣りがする。
値段はそんなに安くないし、食品とか家とかまでやってる。
採算の悪いものまで手を広げ過ぎだな……もっと選択と集中をしないと。

とまぁ、たいていはこうした見方でユニクロに軍配を上げる。
たぶんビジネス雑誌の記者も、証券アナリストも、一般株主も、はたまた末端の消費者も、
そうした表に見えやすい経営情報を集めてユニクロはイイ!ユニクロはスゴイ!ということになるのだろう。

私はここでユニクロがよくないというつもりはない。
私もユニクロはいいと思うし、すごいと思う。
しかし、数字に見えないところで、もっと多面的に(経済尺度以外から)見つめてみると
無印は違った次元で優れた企業であることが見えてくる。
またユニクロはある面、脆弱な企業であるともいえる。
(安さでのし上がった者は、その世界から次元を移さないかぎり、
安さに破れることは往々にして起こりえる。ダイエーがそうであったように。
もちろんユニクロが「安さ」以外の機軸を出そうとしていることは承知している)

無印良品の広告コミュニケーションに携わった原氏は、この本の中で無印のことに触れている。

○「無印良品の思想はいわゆる「安価」に帰するものではない。
 コストを下げることに血眼になって大切な精神を失うわけにはいかない。
 また、労働力の安い国でつくって高い国で売るという発想には永続性がない。
 世界の隅々にまで通用・浸透する究極の合理性にこそ無印良品は立脚すべきである。
 したがって、現在では、最も安いということではなく、最も賢い価格帯を追求し、
 それを消費者に訴求しなくてはならなくなった」。

○「(幾多のブランドが「これがいい」「これじゃなきゃいけない」というような
 強い嗜好性を誘発するような方向性を目指すのであれば)無印良品は逆方向を目指すべきである。
 「これがいい」ではなく、「これでいい」という程度の満足感をユーザーに与えること。
 「が」ではなく「で」なのだ。しかしながら、「で」にもレベルがある。
 無印良品の場合は、この「で」のレベルをできるだけ高い水準に掲げることが目標である。
 …「で」の次元を創造し、明晰で自信に満ちた「これでいい」を実現すること、
 それが無印良品のヴィジョンである」。

無印良品は、もともと、田中一光、小池一子、深澤直人、山本耀司ら、
錚々たる大人のデザイナー・アーティストによって支えられてきたブランドである。
そこには相応に太い製品開発の思想が流れている。
日本の工業製品ブランドとしては稀有な存在といっていい。

よき製品、よきメーカー、よきものづくりビジネスを考えるにあたって、
どれだけのビジネスパーソンが、
損益計算書のトップラインとボトムライン以外のものを見つめて評価しているだろうか。
また、陣取り合戦の巧みさ以外で評価しているだろうか。

そして消費者としての私たちも、価格の安さを離れて、
その企業の事業の奥に流れるものを見つめて応援してやることができるだろうか。
(事業の奥にさしたるものがない企業も世の中には多いのだが…)

経済やビジネスがますます利益獲得というマッチョな得点ゲームになりつつある今日、
ビジネスパーソンの思考はますます経済合理性に引っ張られる。
そして、消費者も(デフレが手伝って)、何でも安いものに流れる。

ものづくりを民族コンピテンシーとして立国してきた日本にとって、ここは極めて重大な問題だと思う。
だから、今後の日本経済をつくり、かつ日本経済に依って立たねばならないビジネスパーソンたちは、
経済原理一辺倒のビジネスの世界にどっぷり浸かっていない人たちの考え方をもっと学ぶべきなのだ。
その人たちの方がよっぽどものが正しく見えている。

さて以下に、この本の中で私がピンときた箇所を抜き出しておく。
こうしたふくよかで広がりをもった考え方の人びとがビジネス現場でもどんどん増えることを願っている。


○「人間が暮らすことや生きることの意味を、
 ものづくりのプロセスを通して解釈していこうという意欲が
 デザインなのである」。

○「新奇なものをつくり出すだけが創造性ではない。
 見慣れたものを未知なるものとして再発見できる感性も同じく創造性である」。

○「時代が進もうとするその先へまなざしを向けるのではなく、
 むしろその悲鳴に耳を澄ますことや、
 その変化の中でかき消されそうになる繊細な価値に目を向けることのほうが重要なのではないか」。

○「時代を前へ前へと進めることが必ずしも進歩ではない。
 僕らは未来と過去の狭間に立っている。
 創造的なものごとの端緒は社会全体が見つめているその視線の先ではなくて、
 むしろ社会を背後から見通すような視線の延長に発見できるのではないか。
 先に未来はあるが、背後にも膨大な歴史が創造の資源として蓄積されている」。

○「元来、ラスキンやモリスにしろ、バウハウスにしろ、
 デザイン思想の背景には、少なからず社会主義的な色彩があった。
 …それは純粋であるほどに経済原理の強力な磁場の中ではその理想を貫く力が弱かった。
 経済の原理は明白である。近代社会の生活者を消費へと向かわせるべく、
 次々と新しい製品を生み出し、また、それを欲望の対象として流通させるために、
 メディアは様々な発展をとげ、広告コミュニケーションもしたたかに進化した。
 経済発展の流れにデザインは見事に組み込まれていくのである」。

○「民衆の生活にもとづいて発生した日常工芸に日本のプロダクトデザインの原像を見出す『民藝』の運動は
 ひとつの思想としての簡潔さを持ち、西洋のモダニズムに対置できる独特な美学を持っていた。
 すなわち短時間の「計画」ではなく、
 生活という「生きた時間の堆積」がものの形を必然的に生み出し磨きあげるという発想である」。

○「デザイナーは受け手の脳の中に情報の建築を行っているのだ」。

○「自然とつきあうということは「待つ」ということであり、
 待つことによって自然の豊穣が知らぬ間に人間の周囲に満ちる」。

○「これまではグラフィックデザイナーと言えば、
 ポスターをつくったりマークをデザインしたりする職能だと考えられてきた。
 しかしながら、元来、デザイナーはそのような単機能の職能ではない。
 (グラフィックデザイナー自身も自分たちをアピールする際に
 ポスターやマークを多用し過ぎたきらいもある)
 だから社会がデザイナーに求めるものは「ポスター」と「シンボルマーク」に集約されてしまう。
 そしてそれらが新しい時代のコミュニケーションにそぐわなくなったとき、
 グラフィックデザイナーも一緒に色褪せて見えるのだ。

 …デザイナーは本来、
 コミュニケーションの問題を様々なメディアを通したデザインで治療する医師のようなものである。
 …「頭痛薬」を売ることに専念しているデザイナーは安価な頭痛薬が世間に流通すると慌てることになる」。

○「僕はデザイナーであるが、この『ナー』の部分は優れた資質があるという意味ではなく、
 デザインという概念に『奉仕する人』という意味である」。


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