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2012年3月17日 (土)

「消費されない記事」を目指して~ブログ4周年


Miyako03r
沖縄・宮古島「砂山ビーチ」にて
この砂山ビーチへのアプローチ道は、来るたびに、どこか「坂の上の雲」を連想させるので好きな景色のひとつです

 

「私の人生は、現在を超越することであり、
一段一段と前進することでなければならない、

と、そんなふうに考えていた。

音楽がひとつひとつのテーマを順に、
ひとつひとつのテンポを順に片づけ、
演奏し終え、完成させ、前進していくように、

けっして倦まず、けっして眠らず、
つねに醒めて、つねに完全に沈着に、
人生の階段をひとつずつ通りすぎ、前進していくべきである」。

                                                ───ヘルマン・ヘッセ 『人は成熟するにつれ若くなる』




2008年3月9日、このブログの第一稿を沖縄の地で書き始めてから丸4年が経ちました。

これまでに積み重ねることができた記事は、245本。

これは自分自身の「シュヴァルの理想宮」プロジェクトだと宣言しましたが、
石ころを拾い集めて、あの城を造ってしまったシュヴァルから比べれば、
まだまだ労働量の微々たるものだなぁと思ってしまいます。

量を目的にはしないのですが、
1000本くらいまでは書くのがいいだろうと思っています。

「百里を行く者は九十を半ばとす」ということわざがありますが、
1000本をひとまずの区切りとすれば、900本で半分の道のり。
半分もまだまだ遠い先ですが、1本1本を楽しみながら、生み落としていくつもりです。


○「消費されない記事」を
私が意識しているのは、「消費されない記事」を書くこと。
かつて、ビジネス雑誌の記者だったころ、
表層の出来事を追い、流行の情報を書いて給料をもらっていましたが、
(そうしたコンテンツに需要はあるし、世の中に必要なものではありますが)
7年間もやれば、それは卒業ということで、
もっと自分のなかに積み上がっていく内容、
世の中がどう変わろうと読まれ続ける内容を目指して、ものを書くスタンスを変えました。

「100年後の人にも読んでもらえる記事」
───それをいつも気に留めています。

また、これに呼応して記事のタイトルづけも、
旬のワードを入れたり、クリックを誘う刺激的な表現はできるだけ避けながら、
正面から真面目に言葉を選ぶようにしています。

○「悩んでいる人・想いのある人に響くように」
知人からよく指摘を受けるのは、
内容が「真面目すぎる」「かたい」「説教臭い」「教条的」「観念的」といった点です。
確かに、そうかもしれません。

すごく大事なことを、さっと明るく、軽やかに、書いてしまえる
うらやましい人が世の中にはたくさんいます。
そういった人の文章を私も一生懸命勉強して取り入れようとしているのですが、
いかんせん、やはり「文は人なり」で、どうしたって人間性が出てしまいます。

文体や文章の雰囲気は、もうこれが自分の“地”なんだから、
このまま押すしかないと思っています。

そして、内容面。
これも、あるタイミングから自分のなかで割り切りができたのですが、
多少、教条的だろうが、観念的だろうが、
多くの読者に読まれるように、へんに中途半端な調整はやめようということです。

このブログは、読まれる数を追っているものではなく、
世の中には少数かもしれないけれど、
こういうことに悩んでいる、停滞している、弱っている、
あるいは、
こういう想いを持っている、目指している、問題意識がある、という人たちの心に
響く何かが届けられればいい、という肚構えで書いています。


Miyako01
宮古島「与那覇前浜ビーチ」


○創造したコンテンツを自分のなかに囲わない
これもよく仕事仲間から言われることですが、
そんなにコンテンツを気前よくアップしたら真似されるじゃないか、
商売上、得策にならないよ、ということです。


私の働く信条は、40歳のときに大きく変わりました。
「40以上の寿命は天からの授かりものと思って、
以降はもっと世のため人のためにこのアタマとカラダを使いたい」と。

確かに、自分の重要な表現やアイデアは著作権などで守るべきは守らねばなりませんが、
こと、文章や考え方に関しては、
それをすべてお金につなげようとしたり、顧客の中だけに閉じようとしないことです。

自分の文章や考え方が、たとえ真似されようとも、
それが広がっていくことが意味のあることだと思えるようになりました。
(その前に、真似されるに値する、優れたものを書き出せるかどうかですが)

また、真似ではなくとも、それがいろいろな人のヒントとなって、
いろいろな考え方がつくり出されることこそ本望です。

考えてみれば、私の考えやアイデアだって、
すべては過去・現在のいろいろな人の考えを吸収しているからこそ湧き起こるものです。
考え、整理したものは、どんどん世の中に放出する。

それが過去・現在の賢人たちへの恩返しになるし、未来への貢物になる───
それがいまの私の信条です。

 

「目の前には手も触れられていない真理の大海原が横たわっているが、
私はその浜辺で貝殻を拾い集めているに過ぎない」。

                                                                               ───アイザック・ニュートン

 

本ブログは5年目に入ります。
今後ともご愛読よろしくお願い申し上げます。

肌寒い3月の沖縄・宮古島にて


サイン

 

Miyako02r
宮古島「東平安名崎」
このブログもひとつの灯台でありたいと志しつつ


2008年3月21日 (金)

私の「シュヴァルの理想宮」プロジェクト

フランス南部の片田舎村オートリーヴに

1867年から29年間、この地域の郵便配達員をした

フェルディナン・シュヴァルという男がいました。

彼の仕事は、来る日も来る日も、16km離れた郵便局まで徒歩で行き、

村の住人宛ての郵便物を受け取って、配達をすることでした。

毎日、往復32kmを歩き続けたその13年め、

彼は、ソロバン玉が重なったような奇妙な形をした石につまずきます。


そして、その日以降、

配達の途中で変わった石に目をつけ、

仕事が終わると石を拾いにゆき、

自宅の庭先に積み上げるという行為を続けます。

彼は結局、33年間、ひたすら石を積み続け、

独特の形をした建造物(宮殿)をこしらえて、この世を去った。

――――それが、「シュヴァルの理想宮」の話です。



*
詳細の話は、

『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』(岡谷公二著・作品社)をご覧下さい。

ネット検索をかけてもいろいろ情報が取れると思います。

私は、この話を知ったとき、

「塵も積もれば山となる」という言葉を超えて、

シュヴァルの「愚直力」に大きな感銘を受けました。

また、

そんなものは単なるパラノイア(偏執病)男の仕業さ、

というような分析もありますが、たとえそうだったとしても、

没頭できるライフワークを見つけたシュヴァルは

間違いなく幸福者だったと思います。

冷めた他人がどうこう評価する問題ではありません。

私は、33歳のときに

「人の向上意欲を刺激する仕事をしたい」と想い、

ビジネス出版社から、教育出版社に転職をしました。

その後、30代半ばには、

「世の中にない教育サービスを打ち立てたい」と想いが明確になり、

40歳では、教育の中でも、

「働くとは何か?の翻訳家になる」をテーマとして起業したいと決意し、

自営業を開始しました。

この「職・仕事を思索するためのブログ」は、

まさに私のライフワークテーマに沿った個人プロジェクトです。

日々、書き積み上げていく1本1本のエントリー(記事)は、

シュヴァルが家に持ち帰った石の1つ1つです。

1年後や5年後、そして10年後、

このブログが、どんな形の建造物になるか、今はまだ予想がつきませんが、

将来のある時点で、

「よくぞこんなものをこしらえたものだ」と

シュヴァルが自分の宮殿を見つめるがごとく、

私もこのブログを振り返ることになるでしょう。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

造物とは不思議なもので、

それは自分の頭や手から生まれ出されるわけですが、

その実、それが最終的にどう出来上がるかは、自分でもわからない。

いみじくも、かのパブロ・ピカソが言った

「着想は単なる出発点にすぎない・・・着想を、

それがぼくの心に浮かんだとおりに定着できることは稀なのだ。

仕事にとりかかるや否や、

別のものがぼくの画筆の下から浮かびあがるのだ・・・

描こうとするものを知るには描きはじめねばならない」。

     ――――『語るピカソ』(ブラッサイ著:みすず書房)


は、このことをいうのでしょう。


未知なる自分の創造物との出合い―――――

それは創造的な仕事をする人が受け取ることのできる

最大の喜びです。


「働くとは何か?」「職・仕事とは何か?」について、

自分はどう考え、どう行動に出すか――――それをわかるために、

まず私は、このブログ発信という形で考え、行動に出すことから

始めたいと思います。




2008年3月 9日 (日)

「働くこと・職・仕事」を思索する日本一のブログをつくる!

2008年3月9日、このブログを開設します。

そして、このブログの目標は、表題に記したとおり

「働くこと・職・仕事」を思索する日本一のブログをつくる!ことです。

大胆不敵にもそう宣言してしまうのは、

このブログを単なる自己満足的な吐露に終わらせず、

ご縁あって読んでいただくみなさんと、

真摯に「働くこと」の本質を思索し合いたいという思いからです。

現在のビジネス社会においては、その変化という激流のなかで、

「働くこと」に流されることはあっても、

「働くこと」を留まって考えることがない。

そんな社会、時代だからこそ、

「働くこと」をまっとうに、きちんと考えられる思索的な情報発信点があってもいいはずだ

----それが私の起点です。

さて、

私は現在、企業や団体の従業員・職員を対象に、

キャリア教育研修を行なうことを生業としている人財育成コンサルタントです。

「働くこととは何か?」

「仕事を成すとはどういうことか?」

「目の前の職・キャリアを拓くためにはどうすればよいか?」

「“生きること”の中の“働くこと”の意味は?」など、

つまり、

よりよく働き、よりよく生きるための

働き方、働き様、働き観を醸成する教育プログラムを開発し、実施しています。

私が一職業人として、また同時に、一生活人として、

日々の営みの中で浮いては消え、浮いては消えていく「働くこと」をめぐる思索観点を

いくつかのカテゴリーに分けて、書き記していきたいと思います。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ブログ開設時点でのカテゴリーは次のようなものです。

(順次改変の可能性があります)

1)仕事/キャリア

仕事の本質論や、キャリアを拓くための意識の持ち様をめぐる観点を

包括的に取り上げていきます。

2)知識/能力

「仕事・キャリアづくりにおける能力とは何か?」を改めて見つめなおします。

3)働くマインド/観

働く上での、意識、観、心持ち、哲学、思想といったものを考えていきます。

4)組織と個人・人とのつながり

働く個人と組織との関係性、あるいは他者との関係性を取り扱います。

5)仕事の幸福論

「幸せの仕事」「幸せのキャリア」って何だろう? そしてまた、

幸せに働き続けるためにどうすればいいのだろう?を考えたいと思います。

6)人財育成ビジネスへの観点

これは人事・人財育成関連に携わるプロの方々への私からの投げかけです。

企業の研修の場で起こっていること、

あるいは人財育成ビジネスでの今日的な論点を取り上げます。

7)私の『ハイブリッド・ライフ』 ~遊ぶように働く

私、村山個人が目指す「都会と田舎の2拠点暮らし=複棲人生」の実践記です。

私なりのワークスタイル・ライフスタイル論をつらつらと書き記すものです。

8)知の滋養(読書案内)

日々の読書の中で、自身への血肉となった名著・秀作本の紹介です。

9)雑信

カテゴリーの枠に入らないもろもろの発信を寄せます。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

このブログをはじめるにあたって、私が思い出すのは、

吉田兼好の『徒然草』の冒頭の一節です。

  つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、

  心に移りゆくよしなし事を、

  そこはかとなく書きつくれば、

  あやしうこそものぐるほしけれ。

 

『徒然草』というと、誰もが中学・高校で一度は習ったことのある随筆ですが、

たいていの人にとって、この随筆は、

どことなくのんびりとした人生訓話集のイメージが付きまといます。

確かに兼好法師の記す寓話はどれも牧歌的な印象です。

しかし、いま、この歳になって改めて読み直してみると、

実に奥深く鋭い思想哲学書であることが分かります。

表面的なのんびりさ加減とは裏腹に、

ひとり兼好法師だけは、

“ものぐるほしい”(物狂おしい)ほどに、透明に鋭利に、人間社会がみえていた。

「働くこと・職・仕事」をめぐる思索において、

私も『徒然草』を理想のモデルとして、

さまざまに、“ものぐるほしく”書き起こしていきたいと思っています。

また、本ブログに対してのご意見・ご感想がありましたら、何なりとお寄せください。

【メール投函アドレス】

post@careerportrait.jp

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