「セレンディピティ」とは
◆「レゴ」を大人向け研修に持ち込む
私が行っている研修でお客様から強く支持をいただいているのが『キャリアダイナミクスゲーム』(通称:レゴブロックゲーム)です。
これは「仕事を成すとは何か」「キャリアを形づくっていくとはどういうことか」を比喩(メタファー)を用いて学んでいくゲームプログラムです。自分の能力資産(知識、技能、人脈、コンピテンシーなど:これをレゴブロックで置き換える)を増やしながら、時には減らしながら(自己研鑽を怠って、一度習得した能力資産を陳腐化させ死なせてしまうこともある)、それで何を作品づくり(=仕事・プロジェクト)していくかを、20代から50代までのステージを経ながら、動的・自律的にキャリアをシミュレーションしていくものです。
職業人向けのキャリア開発研修にレゴを使うという発想はどこから得たか───それはまったく偶然のことでした。
子どもの環境教育を行っているとあるNPOが、チームワーク力を養成するための演習としてレゴを使っている場にたまたま居合わせたのです。そのときは単に「あぁ、玩具もそういう使い方ができるんだなー」程度の受け止めだったのですが、その日以来、大人向けにも何か展開が可能なんじゃないかという考えがどんどん膨らみ、8年前に新規開発のプログラムとして完成させました。毎年、改良を重ねて現在に至っています。
あのときのNPOでのレゴとの出合いは、偶然だったのか、それとも必然だったのか……。
いま振り返ると、それは「必然」だったように思えます。まさに自分にとって、大きな「セレンディピティ」でした。
◆執念がチャンス感度を鋭くする。
「チャンスは心構えした者の下に微笑む」。
“Chance favors the prepared mind.”
――――ルイ・パスツール(細菌学者)
科学の世界での偉大な発明・発見というのは、偶発の出来事がきっかけとなることが多いといいます。例えば、A液をあろうことかまったく実験に関係のないB液のビーカーに偶然落としてしまった。すると、そこで思わぬ物質が発見された!とか、そんなような偶発です。
ですが、それは本当に偶発なのでしょうか? 「いや違う。そういったチャンスは自分が呼び込んだものなのだ!」―――こう主張するのが細菌学者パスツールです。ノーベル賞を受賞する科学者たちの多くは、この言葉を身で読んでいます。
2002年にノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生も自著『物理屋になりたかったんだよ』の中でこう書いています。
「たしかにわたしたちは幸運だった。でも、あまり幸運だ、幸運だ、とばかり言われると、それはちがうだろう、と言いたくなる。幸運はみんなのところに同じように降り注いでいたではないか、それを捕まえるか捕まえられないかは、ちゃんと準備をしていたかいなかったの差ではないか、と」。
私はこれを次のように解釈しています。
世の中には、実はチャンスがいっぱい溢れている。目に見えないだけで、そこにもあるしここにもある。それは例えば、この空間に無数に行き交う電波のようなものです。電波は目に見えませんが、ひとたび、ラジオのスイッチを入れれば、いろいろな放送局からの音声が受信できる。感度のよいラジオなら、少しチューニングダイヤルを回しただけでいろいろと音が入ってくる。逆に感度の悪いラジオだと、ほとんど何も受信できないか、不明瞭な音声でしか聴くことができない。
一つの仕事に執念を持って取り組んでいる人は、その仕事課題に対する感度がいやおうなしに鋭敏になってきます。すると、チャンスをさまざまに受信しやすい状態になる。逆に、漫然と過ごしている人は、いっこうに感度が上がらない。だから、チャンスはそこかしこにありながら、それらを素通りさせるだけで何も起こらない。性質(たち)の悪い人になると、「自分にはいっこうに運がないのさ」と天を恨んだりする。
◆偶然をとらえて幸福に変える力は鍛えられる
こうしたチャンスを鋭くつかみ取る能力を表す単語が「セレンディピティ(serendipity)」です。「セレンディピティ」は、オックスフォード『現代英英辞典』にも載っている単語ですが、まだ簡潔に言い表す訳語がありません。
東京理科大学の宮永博史教授は、『成功者の絶対法則 セレンディピティ』の中で、セレンディピティを「偶然をとらえて幸福に変える力」としています。「ただの偶然」をどう幸福に導き、「単なる思いつき」をどう「優れたひらめき」に変えることができたのか、古今東西の科学研究の現場や事業の現場での事例を集めて説明してくれています。
また、セレンディピティを「偶察力」(=偶然に際しての察知力で何かを発見する能力)と紹介しているのは、セレンディピティ研究者の澤泉重一さんです。澤泉さんは、人生には「やってくる偶然」だけではなく、「迎えに行く偶然」があるといいます。
後者は意図的に変化をつくり出して、そこで偶然に出会おうとする場合のものです。その際、事前に仮説をいろいろと持っておけば、何かに気づく確率が高くなる。基本的に有能な科学者たちは、こうした習慣を身につけ、歴史上の成果を出してきたのではないかと、彼は分析しています。
さらに、パデュー大学のラルフ・ブレイ教授によれば、セレンディピティに遭遇するチャンスを増やす心構えとして、「心の準備ができている状態、探究意欲が強く・異常なことを認識してそれを追求できる心、独立心が強くかつ容易に落胆させられない心、どちらかというとある目的を達成することに熱中できる心」といいます(澤泉重一著『セレンディピティの探究』より)。
いずれにしても大事なことは、セレンディピティは「能力」という意味合いを含んでいることです。これは、能力だから強めることができるという発想にもつながります。単に「棚からボタ餅」でぼーっと幸運を待っている状態ではないのです。
Have a Happy Holiday Week 2011 ! (兵庫県・神戸にて)