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2009年8月19日 (水)

自己価値スロープ


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今年の夏は、夏らしくない。
写真の入道雲は8月7日に撮影したものですが、
後にも先にもこうした入道雲はこの日っきりみかけることがなかった。




人生が長くなった。
会社勤めであれば、一般的に60歳で定年退職を迎える。
いまの60歳は若い。

仮に貯蓄や年金でリタイヤ後の生活に金銭的な不自由がなかったとしても、
毎日が趣味の日、毎日がレジャーの日、毎日がのんびり休息日・・・なんていう人生は
はたして面白いだろうか?
あるいは、死ぬ間際に心底それでよかったと思えるだろうか?

誰の言葉か忘れたが、
「毎日が休日というのは、ある一つの地獄の定義である」とある。

実際のところ、私たち庶民のほとんどは、
経済的に60歳以降も働かなければならないだろうし、
精神的にも働いた方が健全であることは間違いない。

しかし、問題はそのとき選択肢がどれだけ目の前にあるか、だ。

団塊の世代が定年退職を迎え、再就職に回る姿がテレビなどでよく紹介される。
元の会社で再雇用される人は幸運な部類だが、
それとて契約社員扱いで給料は退職前と比べて激減する条件に
本人が愕然とする場面がほとんどだ。

定年に限らず、私たちはどこかひとつの会社を退職して、
一個人の働き手となった瞬間から、労働市場の中で自分の価値を厳しく問われる。


働き手として自分の価値が十分に高ければ、好条件での引く手はいくつも出てくる。
逆に自分の価値が低ければ、選択できる手は少なくなる。
自分の価値を値踏みされるのが嫌なら、自分で商売を始めるしかない。

サラリーマンでい続けると、こうした自分の価値に対して意識が鈍感になりやすい。
自分の価値に早くから意識を高くもち定年を迎えるのと
意識をもたずに定年を迎えるのとでは、それこそ愕然とする差が出る。
働き手として自分の価値―――それは主に知識や技能といった能力資産、人脈、自律意識、
就労観、人徳、健康などによってつくらるが―――は、一朝一夕には高められない。

だから、
60歳になって世間の客観的評価に愕然としなければならない現実を避けるための闘いは
実は今のこの時点から始まっている。

そこできょうは「働き手としての自己価値」について私見を紹介したい。

自己価値を語る前に、仕事には2つあることを押さえたいと思う。
それは「代替される仕事」と「代替されない仕事」である。
前者は言いかえれば「誰でもやれる仕事」、後者は「あなたでしかやれない仕事」である。
両者の境界線は必ずしも明確に線引きはできないが、
私たちが日々行う仕事は、たいてい、この2つの要素の混合である。

両者の特徴としては図にあげたようなものだ。
Cslope01

で、まず、「代替される仕事」ばかりをやり続けていく人はどうなるか。
図に示した通り、人材価値は年齢とともに低下していくのみとなる。
Cslope02

同じ定型業務をやる20代Aさんと30代Bさんではどちらが人材価値が高いだろうか?
それは、若くてこれからの発展性もあるAさんのほうが
高い人材価値があるとみなされる。
Bさんはいくら否定しても労働市場というのはAさんに高い価値を置く(残念ながら)。


次に、「代替されない仕事」に挑戦し、それを行い続けていく人はどうなるだろうか?
図のように、人財価値は年齢とともに向上していく。
Cslope03

基本的に「代替される仕事」はラクである。
(やらされ感、労役感があって、ツライものではあるが)
一方、「代替されない仕事」はシンドイ。なぜなら坂を上るような負荷があるからだ。
負荷というのは、
創造する意志、未知の世界に足を踏み込む勇気、リスクを取る覚悟、
転んでも起き続ける執念、批判への忍耐、周囲を説得する努力
などをいう。

図のように代替されない仕事によって人財価値は右肩上がりに増大していくが、
その上り傾斜(IR傾斜)は、そのまま負荷の坂を表わすと思ってよい。
つまり負荷の坂を上ることと、人財価値を向上させることはセットなのである。


さて、一個一個の働き手の自己価値は次のような数式で表わされる。

自己価値=人材価値+人財価値

私たちは、就職したてのころは主に「代替される仕事」を任される。
そして、職業人として成長してくるにしたがって「代替されない仕事」をやり出すようになる。
徐々に「代替されない仕事」の割合を増やしていくと、自己価値は増大していく。
しかし、「代替されない仕事」の割合を増やさないまま、
「代替される仕事」を繰り返していると、自己価値は低下していく。
Cslope04

いまや、真面目に言われた通りの仕事をこなすだけでは
(仕事でラクばかりを考える人・ズルをする人は言うに及ばず)
一生を通じて雇われにくい状況が生じている。

大企業勤めや公務員はいったん雇われてしまえば、現役の間は雇われ続ける確率は高いだろうが、
定年後は確実、労働市場から冷徹に評価されるときがやってくる。

働く人生は長い。この先何十年と続く。
働きたくても働けない―――そんなことを回避するために、
そして
どうせ働くなら、働きたいところで働きたい―――それを叶えるために、
日頃、大小のことで、
自分にしかできない仕事=「代替されない仕事」をやる習慣を身に付けるのが最大の方策だと思う。

その習慣は坂を上るような負荷のかかることだが、ここを逃げたらダメだ。
自分の価値を右肩上がりにしている人は、
自分が不断の努力でその上り傾斜を上る人なのだ。

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