新葉は美しい・学ぶ人は美しい
春の陽光と慈雨に誘われて出てくる新葉。
わずか数週間前までは水墨画で描くようだった寒々とした世界に、
突如として現れる瑞々しき生命体。
いったいぜんたいあの冬枯れした枝幹のどこにこのようなものを蓄えていたのだろう。
古い部分を捨て、
その古い部分のなかから新しい部分を生まれさせる。
そうした死と生のサイクルを営々と動かしながら一つの生命は健やかに続いてゆく。
「学ぶ」という行為は、まさにそうした生命活動の一つである。
古い知識を土台に、それらを組み合わせ、編集しなおし、
新しい知識へと生まれ変わらせていく。
何かを真剣に学んでいる人が輝いて見えるのは、
内面から瑞々しい新葉が出てくるから。
逆に、学ばない人は、新葉の再生が起こらず、朽ちる回路に入る。
美しくない。
さて私の仕事は、教育。
若葉を誘うのが、春の陽と雨であるなら、
私はどういった光になれるか、熱になれるか、水になれるか、それを日夜考える。
「たった一回の穏やかな雨で、草は緑の色合いを濃くする。
同じように、よりよい思想が流れ込むことで、
僕らの視界がひらけてくるのだ」。
───ヘンリー・D・ソロー『森の生活』