「転職」を考えるとき〈1〉~栄転と流転の分岐点は
永い間の風雪を耐え、不動にその場所で根を張る大樹は堅美である。
風を友とし、自在に猟場を変え、たくましく空を舞う大鷹は流美である。
また、
一箇所によどむ水は腐る。
綿毛をつけたタンポポの種は、いつ根づくともわからないまま辺りを漂う。
その仕事・職場に留まるのか、それとも動くのか、
どちらの選択肢にも正解・不正解はある。“ある”というより、
みずからの意志とその後の行動によって、正解にも不正解にも“しうる”。
私自身、会社員として4回転職をしました。
そして仕事柄、いまも多くの人のキャリアの姿を観察しています。
読者の方から、「一度、転職についてまとめてほしい」との要望もありましたので、
本ブログでは、以降数回にわたって「転職」をテーマに記事を連ねます。
◆最初の仕事はくじ引きである
私はかつて勤めた出版社で、デザイン雑誌の編集をやっていたころがあります。中でも、伝統工芸家や職人さんの取材はとても面白かったものです。
取材時に私が毎回、目を引かれたのは、彼らの手と道具です。長年の間、力と根気を入れて使った手や指は、道具に沿うように曲がってしまいます。また、道具も、彼らの指の形に合うようにすり減って変形してしまいます。時が経つにつれ、互いが一体感を得るように馴染みあった手と道具は、それだけで味わい深い誌面用の絵(写真)になります。
真新しい道具が手に馴染まず、なにか違和感がありながらも、使い込んでいくうちに手に馴染んでいく、もしくは手が道具に馴染んでいくという関係は、職と自分との関係にも当てはまります。
つまり、自分が出合う雇用組織・職・仕事で、即座に自分に100%フィットするものなどありえない。仕事内容が期待と違っていた、人間関係が予想以上に難しい、自分の能力とのマッチング具合がよくないなど、どこかしらに違和感は生じるものです。
ただ、そうしたときに、職業人としての自分がやらねばならない対応は、自分の行動傾向をその職・仕事に合うように少し変えてやる、もしくは自分の能力を継ぎ足したり、改善したりすることです。また、それと同時に、職・仕事環境を自分向きに変えてやる、さらには些細な違和感を乗り越えられるよう雇用組織との間で大きな目的を共有するということも必要です。
ピーター・ドラッカーもこう言っています。───
「最初の仕事はくじ引きである。最初から適した仕事につく確率は高くない。
得るべきところを知り、向いた仕事に移れるようになるには数年を要する」。
───『仕事の哲学』より
◆キャリアとは「くじ引き後の状況創造」
私は職業人の最も重要な能力の一つは、「状況対応力/状況創造力」だと思っています。ドラッカーの言うとおり、最初の仕事はくじ引きなんだから、「はずれ」が出ることもあると楽観的に構える。でもそのはずれは、自分の状況対応、状況創造によって人為的に「当たり」に変えることができる。
すなわちキャリア形成とは、職業選択というくじ引き後の職と自分の馴染み化(状況創造)のプロセスが大部分なのです。ここの意識はしっかりと持ったほうがいいでしょう。そしてこの馴染み化をうまくやれるかどうかは、各人の意志の強弱と自律性の有無によって決まります。
意志とは、自分はこうなりたいという気持ちの方向性です。また、自律性とは、自分の価値・信条に基づいて物事を判断し、行動できることです。
強い意志を持ち、努めて自律的であろうとする人は、多少の職場の違和感、不満、不足、不遇をその場で乗り越えていける。
他方、意志を持つことをせず、自律的になることがしんどそうで逃げる人は、違和感、不満、不足、不遇を嫌って、すぐに居場所を変える。そして漂流回路に陥るリスクを自ら大きくする。
人の「変わる/変わらない」を簡単な図にしてみました。
人生において、ときに自分が「変わる」ことも大事ですし、「変わらない」ことも大事です。ですが、その行動が、強い意志・自律に根ざしているのか、弱い意志・他律で何となくなのか、これは重大問題です。さきほどの図を少し作り変えてみましょう。
あなたは「猟場を変える大鷹」でしょうか、「不動の大樹」でしょうか。
それとも、「タンポポの種」、「よどむ水」でしょうか。
◆その転職が「栄転」になるか「流転」になるか
私は転職を否定しません。長いキャリアの途上で状況創造を行っていくときに、働く環境を変えることがよいと思われる状況は起こってきます。
その転職が、はたして「栄転」チャンスとなるのか、それとも、「流転」リスクになるのか───それを判別する簡単なチェックシートを用意しました。
次の表の6つの質問において自分の状況や思いに近いほうを選んでください。
左側に多くチェックが多く付いた場合は、栄転する転職、つまりポジティブな展開になりやすいでしょう(=P型転職)。逆に、右側に多くチェックが付いた場合は、流転する転職、つまりネガティブな展開になりやすい状況です(=N型転職)。
P(栄転)型とN(流転)型の違いは、結局のところ、自分を強く持っているか、未来像を強く持っているか、動機がどこにあるか、の違いです。質問ごとの解説は次のとおりです。
■【Q1】
転職の動機が未来にあるのか、それとも現状の不安にあるのか。P型転職を実現する多くの人たちは、強い未来志向であるがために、現状に物足りなくなって、もう一段高みのキャリア舞台を求めて転職という選択肢を取る。他方、N型転職に陥ってしまう人は、なんとなく現状がうまくいかない、現状から逃避したいという思いから転職に走ってしまうことが多い。
■【Q2】
自律のワークスタイルか他律のワークスタイルか。P型の特徴は、仕事のさまざまな部分に、自分を織り込んでいく意志・習慣の強さである。組織・他人の流儀にどっぷり浸っているだけの人は、キャリアも他力本願になりやすい。
■【Q3】
キャリアや人生のあこがれ像(ロールモデル)を抱いて、自分もそうなりたいというエネルギーを内面からふつふつと湧かせているかどうか。
■【Q4】
負けん気の強さがあるかどうか。
■【Q5】
自分の未来像、像ではなくとも方向性を具体的に言葉に表現できるかどうか。
■【Q6】
自分の仕事結果とそれを生み出したプロセスをきちんと語れるかどうか。P型転職を実現する人は、大なり小なり「マイ・プロジェクトX」となるべき物語をいくつか持っている。そして転職活動時には、それを自己PR材料にもうまく利用して、良い採用案件を勝ち取っていく。N型の人は、自分の仕事結果に対する執着心が薄く、そのために「なんとなく仕事」のあいまいな就労姿勢で日々をやり過ごす。だから、転職も「なんとなく転職」の気分で行う。
■【Q7】
自分の内に革新的な意識が高まれば高まるほど、相対的に周囲の人間が保守的にみえてくる。ときに、この意識は独りよがりのこともあるが、エネルギーとしては強いもので、転職による環境の変化を乗り越えていくには大事なエネルギーになりうる。他方、職場の雰囲気や人間に対し、革新的か保守的かに無頓着な人は、おそらくその職場に留まったほうがよい人である。
転職(=変化を仕掛ける)にせよ、現職に留まる(=変化を仕掛けない)にせよ、その選択肢は、その時点では正解でも不正解でもありません。その後、自分がその選択肢をどう「人生の正解」にもっていくかです。
そして最後にもう一つ加えるなら、転職は、
「どんな会社に」「どう入るか」、「いくら年収をアップさせるか」の問題ではありません。
「どう働きたいか」、「どう生きるか」という再決心の問題です。
長野県・安曇野にて