「職選び」を乗り物にたとえる
蔵王連山(宮城県)のひとつ刈田岳から立ち上る入道雲
私は仕事柄、さまざまな人のキャリアを観察しています。
Sさんは31歳。世間でも超一流と言われる大企業に7年間勤め、2年前、ベンチャー企業に転職した。大企業勤めが特に嫌だったわけではない。勤めようと思えば、定年まで勤められた会社だったという。
ただ、大組織の中にいて、忙しいだけで退屈な内容の仕事に自分が生き生きしていないなと感じる日々にモヤモヤ感があった。そんな折、みずからの事業を熱く語るベンチャー経営者に出会った。その人の情熱と夢に共感し、いとも簡単にそこに転職を決意した。年収は2割減。会社の知名度も安定度も比較にならないくらい低くなった。任された職種もこれまでとまったく違う。けれど、社員数十名の組織での自分の役割や影響力は格段に増した。「小さい会社は問題も多いが、自分のやりがいも大きい」とSさん。自分の意見や行動が組織に響く手ごたえ、自分の成長と組織の成長が月々年々よく見えるという面白さ。そして、事業の方向性について、社長と“差し”で話せる経営参加意識。Sさんはこの転職がよいものだったと確信している。
さて、Sさんの転職話を前置きとして、きょうは自分にとっての「職選び」を乗り物にたとえてみたい。
まず、大企業勤めは、言ってみれば「大型船」である。パワフルなエンジンを装備し、多くの人数を安定した速度で、しかも遠くまで運んでいくことができる。船体は頑丈で多少の波にはびくともしない。屋根や窓がしっかり付いているので、雨が降っても、風が吹いても中の人間は平気である(空調がきいている部屋もあって快適ですらある)。その上、自分ひとりが多少居眠りをしても、その船は運行を止めずに進んでいってくれる。
ただ、難点もある。自分に与えられたスペースが限られているのでとても窮屈だ。また、作業はこと細かに分けられ、はたして自分のやっている作業がどれだけ全体に影響しているのかがわかりづらい。そんな中で、個々人はともかく自分の居場所を確保するのに忙しい。が、その乗り物がどこに向かうかは、多くの場合、個人では決めることができない。
一方、ベンチャー会社や起業は、「オートバイ(自動二輪車)」である。細い道や多少の悪路もなんのその。エンジン音を高鳴らせながらグイグイと突き進んでいく。ハンドルさばきは自分次第。風を切りながら走り、自分の一挙手一投足がマシンに直下に伝わる快感は応えられないものがある。
しかし、雨が降ればズブ濡れ覚悟。ちょっとのハンドルミスが大きな事故につながるという危険性は常に隣り合わせ。オートバイはハイリスク・ハイリターンな乗り物なのだ。
また、町の中小企業はさしずめ、「小さな帆船」といった感じだろうか。その日その日の風向きを常に気にしながら、帆の位置を変えてゆっくり進む。出せるスピードは限られているし、遠くへも行くにも難がある。景気といった波の影響をもろに受けるからだ。
しかし、自分たちしか知らない穴場の漁場があって、そこで高級魚の一本釣りの醍醐味を味わうこともできる。帆船はエンジンで走る高速の乗り物では味わえない独特の世界を持っている。
そして、最後に自営業・フリーランス。これは「自転車」か「徒歩」だ。漕ぐこと、歩くことをやめたらそこでストップする。動く早さ、動く距離はすべて自分の意志と体力次第だ。
もちろん行き先はすべて自分で決める。道草は自由。途中で道を変えるのも自由。ただし、雨が降り、風が吹けば自分でよける道具や工夫が必要になる。しかし、移りゆく景色、風の匂い、季節の音を楽しみながら進むことができる。
乗り物の好みは人さまざまだ。安定した運航で遠くまで連れていってくれる大型船がいいという人もいれば、目の前の岩山を、オフロードバイクでケガを承知で駆け上がりたいと衝動が走る人もいる。
また、乗り物など使わず自分の脚で山に登って、道端の草花に目をやり、景色のいい場所を適当に見つけて、手作り弁当を広げるほうがいいと思う人もいる。これらは志向性、価値観の差であって、どれが正解か不正解かという問題ではない。
職選びもこれに共通したところがある。大企業で海外を股に掛けるもよし、ベンチャー企業で一攫千金を狙うもよし、はたまた個人事業で趣味を仕事にするもよし。スピードの中で戦う仕事もよし、のんびりとした仕事もよし、人が寄り付かない仕事もよし。
要は、自分の内なる声に正直に従い、それにマッチした職やワークスタイルを選び、生計が立てられれば、それは「幸せのキャリア」である。経済的に「成功のキャリア」ではなく、自分の性分に合った乗りものを選ぶという「幸せのキャリア」という観点も長いキャリア人生においては大事である。
ちなみに、「成功のキャリア」にせよ「幸せのキャリア」にせよ、そこを狙い、維持していくためにはリスクを負って努力することが必要だ。そういうことがわずらわしいと思う人は、現状に不満がありつつも、内なる声に耳をふさぎ、現職でとりあえず安定的に雇用されるように我慢をするという「可もなく不可もなくキャリア」という道を選ぶこともできる(現実社会ではこれが多数派ではないか)。
……さて冒頭のSさん。彼は、結局、受け身で乗せられる「大型船」ではなく、ハイリスクであろうと自分でマシンを動かせる「オートバイ」が自分の働く性分に合っていたのだ。