新社会人に贈る ~力強い仕事人生を歩むために
(東京都・武蔵野公園にて)
1■きょうこれからの一日一日が、十年後、二十年後をつくる
まず、福沢諭吉の『学問のすすめ』から。この名著について残念なところは、おおかたの人が「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という一節だけをなまじ習ったがゆえに、それ以上のことを求めないことです。
この本で福沢は「お天道様は平等である」というような博愛主義のことをメインに言いたかったのでありません。この本は、 「独立の気概を持て」「飼われた痩せ犬になるな」という指南書なのです。
福沢が真に言いたいことは、その直後から記してあります。つまり、お天道様(宇宙の摂理のようなもの)は平等に人間の個体を造るのだが、世の中を見渡すに、賢い人もいれば愚かな人もいる、貧乏もいるし金持ちもいる、貴人もいれば下人もいる……結局この差はどこから生じてくるのか?
―――それは、「学ぶ」か「学ばないか」の差によって生じる。
先天的な運・不運ではない、後天的な努力・意志こそが、その人の生きる有り様を決定する。人は生まれながらに富貴なのではない、人の働きが富貴であれば、その人は結果的に富貴になる。これが福沢の最も言いたかったことです。具体的には次のように言っています。
○「人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。
ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、
無学ならん者は貧人となり下人となるなり」
○「天は富貴を人に与えずしてこれをその人の働きに与うる」
○「そのむつかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、
やすき仕事をする者を身分軽き人という」
新社会人となられたみなさんは、とりあえず最初の会社に入った。その会社は、第一志望だったかもしれないし、失意の結果そこに行かざるをえなかった会社かもしれない。しかし、会社や職業に貴賎貧富の別はない(ないと見るべき)。要は、そのスタート時点から、どのように努力と意志を持って働いていくか、どんな難しい仕事に進んでチャレンジしていくかで、最終的に自分のキャリアと人生は決まる。勤める人は、三年、五年、十年とかけて、ビジネスパーソンとして貴人となり富人となっていくし、勤めない人は、ビジネスパーソンとして貧人となり下人となっていくのです。
私は研修の仕事でいろいろな規模・業種の民間会社、公務員組織をみています。そして私自身も40代後半になりましたので同期の世代を観察していますが、ほんとうに十年、二十年レンジの変化というものは、きっちりとその人の内面を反映するようになります。こわいものです。
2■あせらない。「いま・ここで」勝たなければ、どこに場所を変えても勝てない
○「最初の仕事はくじ引きである。
最初から適した仕事につく確率は高くない。
得るべきところを知り、向いた仕事に移れるようになるには
数年を要する」。
―――ピーター・ドラッカー『仕事の哲学』
最初の会社、最初の配属先、最初の上司は、ドラッカーの言うとおり「くじ引き」のようなものです。すんなり自分に100%フィットするものなどありえません。むしろ違和感のあることだらけが現実というものです。
しかしその違和感を克服していこうとする努力・能力こそが、長き職業人生を渡っていく上でとても大事な要素です。(仕事を処理する業務知識や専門スキルよりも大事である)
つまり、状況が求めているように自分を変えていく、あるいは、状況を自分に合うように変えていく―――こうした、いわば「状況創造力」「状況対応力」を自ら育むことによって、自分のキャリア・人生を力強く歩んでいけるのです。これなくしては、青い鳥探しのキャリアとなってしまい、漂流の人生になってしまいます。
私は転職を否定しません。私自身も転職を何度かしました。しかし、転職は何かに向かう途中の手段として決断するほうが有効なものであって、それ自体を目的化すると、往々にしてよからぬ結果をもたらします。
ですから短気を起こして「なんとなく雰囲気が違うんで転職」「ともかく嫌だから転職」は引き留めてください。また「能力と配属がミスマッチだ」なんて、自分勝手に言い訳をこしらえないことです。社会人になってまだ日も浅いうちに、どれだけ自分の適性や能力が分かるというのでしょう。その仕事や、その市場や、その組織が持っているポテンシャルをどれだけ掘り起こしているのでしょう。
まずは3年。
この節目まで踏ん張り、もがき、納得の実績を勝ち取るまでは軽々しく動かないことです。もちろん、あなたの目の前には転職の“自由”があります。第二新卒採用だとか、いろいろな転職紹介情報がWEB上にあると思います。しかし、その選択肢の“自由”は、小さな自由です。
○「転職は、今いる会社で実績を積み、
「伝説」をつくってからでも遅くはありません。
いや、実績を積んだときはじめて、
転職するもしないも自由な身になれるのです」。
―――土井英司『「伝説の社員」になれ!』
そう、土井さんがこう指摘するように、1つの実績や伝説をつくってから得るキャリアの選択肢のほうがはるかに大きくなるのです。つまり“大きな自由”は、いまいるその場所で何かの結果を出す後にやってくる。
とはいえ、与えられた仕事は、当面、つまらないかもしれない。苦手な内容かもしれない。そして、それが未来永劫に続くのではないか、と思えるかもしれない。そんなときはこの言葉を思い出してください。
○「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。
そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ」。
―――小林一三(阪急グループ創業者)
人生長い目で見て、ダメな人は、やはり仕事をダメなまま流してやる人です。頭角を現す人は、些細な仕事を大きな仕事へとつなげていく人です。要は、下足番のままになり下がるのも、それを極めて次の大きなステップに自分を押し上げていくのも、すべては本人の「状況創造」「状況対応」次第ということです。それなりの難度の仕事にチャレンジして、ある結果を出すためには、まずは3年という月日がかかる。そんな時間単位を念頭に入れながら、しぶとく明るく頑張ってください。
3■意味を見出せ。目的の下に生きよ
入社してからしばらくは担当業務を一人立ちしてこなせるようになるために知識やスキルを覚えることに忙しい日々が続く。そしてある程度仕事がこなせるようになると、組織から目標が与えられ、その目標達成に向かって忙しくなるはずです。そして自分の知識・スキルが習熟してくるにしたがって、目標レベルも高くなり、ますます忙しくなるでしょう。……こうして、20代、30代というのは、実はあっという間に過ぎ去るものです。
忙しく働くというだけなら、それは簡単なことであるし、自慢にもなりません。アリやミツバチだって忙しいんです。問題は―――「何に(何のために)忙しくしているのか?」です。
しかし、この「何に忙しくしているのか?」という問いに対する答えは、多くの人が持っているわけでありません。試しに、職場の先輩や上司に訊いてみてください。明快な返事が返ってくる方が少ないと思います。
○「目的とは、単なる概念ではない。生き方である。
人生は“すること”でいっぱいで、
“やりたいこと”が何であるかに耳を傾ける余裕もなかった」。
―――ディック・J・ライダー『ときどき思い出したい大事なこと』
そう、これは「働く目的」の問題です。目的とは何でしょうか? 目標とどう違うのでしょうか?目的は、目標+意味のことです。
いまのビジネス社会に生きる働き手たちは、日々、「すること」でスケジュールが埋まってはいるものの自分が意味を抱いて「やりたいことは何か」と自問する時間をほとんど設けません。ですから、自分の内面から起こる「目的」を見出さないまま、外側から設定される「目標」に引っ張られる形で走っているのです。
外からの焚きつけで走り続けていると、誰しも消耗します。ニュースで耳にしていた「働き過ぎ」や「過労死」「うつ」の社会問題がいずれ直接的に理解できるときがくると思います。何十年と続く職業人生にあって、他人の命令・目標に働かされるのか、自分の見出した意味・目的に生きるのか―――この差は大きい。
多忙であることが悪なのではありません。労役的に多忙であることが悪なのです。自分の夢・志の下に多忙であるなら、それは本望です。
○「人間とは意味を求める存在である。
意味を探し求める人間が、意味の鉱脈を掘り当てるならば、
そのとき人間は幸福になる」。
―――ヴィクトール・フランクル『意味への意志』
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では新社会人へ贈るメッセージ3点をまとめます。
各々が入った会社の規模や業界、初任給など、外見は千差万別であるが、スタート地点として本質的な差はない。ほんとうの勝負はこれからである。
とりあえず3年、自分なりの結果を出すことに専念する。想定外の環境に遭遇することはしばしば起こるが、そこで大事なことは状況創造、状況対応することである。決して安易に居場所を変えるという選択に走らない。つまらない仕事はない。仕事をつまらなくしている自分がいるだけである。つまらないと思える仕事も、実は大きな仕事につながっている。日本一の下足番になってやる!という気概を持て。
忙しさに流される生き方をしない。「働く目的」を見出そうとする意識を常に持つ。そのためにいろいろなことを見聞する、試す、挑戦する。いろいろな人に出会いにいく。いろいろな本を読む。意味や目的というのは、行動の中で見えて、固まってくるものであり、人の生き様や情熱によって伝染したり、補強される場合がほとんどだから。
最後に言葉を2つ;
○「人は努めている間は迷うものだ」。
―――ゲーテ『ファウスト』
○「他人が笑おうが笑うまいが、自分の歌を歌えばいいんだよ」
―――岡本太郎『強く生きる言葉』
Good Luck !
そしていつかどこかでお会いできることを願って。
(東京都・武蔵野公園にて 2)
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