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2011年6月

2011年6月12日 (日)

室伏広治選手が描いたピラミッド


6月10日放送のNHK総合テレビ「ニュースウォッチ9」で

ハンマー投げの室伏広治選手がボードに絵を描いてインタビューに応じていた。
その絵はこんなものだった―――

Murohushi zu 

彼は、アスリートとして必要な鍛錬は3層に分かれると言う。
一番上が 「skill」 (技能)。
次に 「strength」 (強さ)。
一番下にくるのが 「fundamental」 (基礎)。

で、理想形は図の左に書いたようなピラミッド形。
右のように「fundamental」が小さい状態では、
上の2層をいくら鍛えてもパフォーマンスが上がらないと言う。
ヘタをすると、2層の「strength」を強めようとするあまり、ケガをするリスクも高める。

37歳になった自分は、
「skill」や「strength」の伸びシロは限られてきたかもしれないが、
身体をどう使うかといった基本・基礎の部分は
まだやりようがいくらでもあるような気がすると。
だから、いま自分は最下層にある「fundamental」を見つめ直している、と言うのだ。
(赤ちゃんの体の動きも研究しているという)

私はこのインタビューを観ながら、
道を究める超一級の人物の飽くなき探求心と向上努力に感心するとともに、
熟達は常に基礎の継続鍛錬によって進んでいくことを再認識した。

私はこれまでもずっと研修現場や著書で
仕事を成す・キャリアをつくる4要素〈3層+1軸〉を示してきた。
改めてその3層を見直すと、
室伏選手が描いた3層ピラミッドと内容的に重なることがわかる。


Tri-so zu 


1層目に、業務をこなす「知識・技能」。
2層目に、成果を出す力である「行動特性」。
3層目に、判断基準や動機づけの基となる「マインド・観」がくる。

仕事・キャリア形成においても、
やはり、最下層に敷かれる基盤が強くなければ1層、2層は十全に活かされない。
そしてまた、20代、30代は若さゆえに、何事も
知識獲得や技能習得、行動特性(コンピテンシー)開発で「デキル社員」になろうとする。
その努力は努力でいいのだが、
摂取するものがハウツー情報、成功法則本に偏りがちになる。
そして多くが3層を放置してしまう。
それでは、室伏選手の描いた右側の図(1層・2層でっかちの状態)になってしまう。

私は多くの人の仕事ぶり、キャリアの姿を観察してきて、
30代後半から、いかに3層という基盤を強く太く醸成するかが、
最終的にその人の職業人の格・器を決めると思っている。
ここでいう格や器は、経済的尺度でどれほど成功したかではなく、
彼(彼女)の仕事がどれだけの人に愛され、どれだけ社会によい影響を与えたか、
そしてどれだけの人を(直接・間接に)育てたか、そんな尺度である。

私は講演や研修でマインドや観の話をするときに、必ず引用するのが次の言葉である。

  「私の哲学は技術そのものより、思想が大切だというところにある。
  思想を具現化するための手段として技術があり、
  また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれえない。
  人間の幸福を技術によって具現化するという技術者の使命が私の哲学であり、誇りである」。

                                  ―――本田宗一郎(『私の手が語る』グラフ社)


  「要するに人物が出来ておらなければならぬ。

  手習いでなく人物をつくる方が根本問題であって、
  これが一番書道の上にも肝要なことであります。
  (中略)人物の値打ちだけしか字は書けるものではないのです。
  入神の技も、結局、人物以上には決して光彩を放たぬものであると思います」。

                        ―――北大路魯山人(『魯山人著作集(第二巻)』五月書房)


最後に、マインドや観を強く太く醸成していく方法について。

ひとつに、常に未知に向かって挑戦し、ときに修羅場をくぐること。
そしてもうひとつに、強く太く気高く生きた人の魂に触れること。
それは古今東西の偉人の書物を読み、魂のレベルで時空を超えて響き合うこと。
自分の魂が欲するレベルに応じて、彼ら(偉人たち)は与えてくれる。

 

 

2011年6月 5日 (日)

仕事の最大の報酬は「次の仕事機会」


Tambo 1105 
  今年も田植えの季節がやってきた。

  うちは東京都ながら隣地が田んぼである。
  5月下旬、朝方からディーゼルエンジンがうなりをあげている。
  仕事部屋の窓から下を見ると、農家の山口さんが耕運機にまたがりひと冬眠った土を掘り起こしている。
  水を張った田んぼには、カエルもツバメも、シラサギもカモも戻ってくる。
  ヤゴやザリガニも育つ。山口さん、今年もありがとう!




  大地は耕作者にさまざまなものを与える。

  春には耕作する喜び、そして耕作の技術。
  夏には収穫という希望。
  秋には収穫物を食すること。
  冬には安らかな休息。
  そして、忘れてならないのは、―――果実の中に忍び入れられた“種”。
  この種によって、耕作者は来年もまた耕作が可能になる。



* * * * *

仕事をしたとき、それがもたらす報酬とは何でしょうか?
「報酬」という言葉を辞書で調べてみると「労働に対する謝礼のお金や品物」と出てくる。
確かに、報酬の第一義はカネやモノです。
しかし、仕事が、それを成し遂げた者に対して与えてくれるのは、
そうした目に見えるものだけではなさそうです。
仕事を成し遂げることによって、私たちは能力も上がるし、充実感も得る。
それと同時に、いろいろな人とのネットワークも広がる。
そして、また次の仕事チャンスを得ることにもつながる。
そう考えると、よい仕事の報酬には、目に見えないさまざまなものもありそうです。
きょうは、仕事の報酬にどのようなものがあるか考えてみたいと思います。

◆目に見える報酬
【1:金銭】
金銭的な報酬としては、給料・ボーナスがあります。
会社によってはストックオプションという株の購入権利もあるでしょう。
働く者にとって、お金は生活するために不可欠なものであり、
報酬として最重要なもののひとつにちがいありません。

【2:昇進/昇格・名誉】
よい仕事をすれば、組織の中ではそれ相応の職位や立場が与えられます。
職位が上がれば、自動的に仕事の権限が増し、仕事の範囲や自由度が広がるでしょうし、
昇給もあるので結果的には金銭報酬にも反映されます。
また、きわだった仕事成果を出せば表彰されたり、名誉を与えられたりします。

【3:仕事そのもの(行為・成果物)】
モノづくりにせよ、サービスにせよ、自分がいま行っている仕事という行為自体、
あるいはみずからが生み出した成果物は、かけがえのない報酬です。
プロスポーツ選手は、その試合に選出されてプレーできること自体がすでに報酬ですし、
自分の趣味を仕事にして生計を立てられる人は、その仕事自体がすでに報酬です。
また、私はいま、この原稿を一行一行書いていますが、
この原稿がネットに上がって読まれたり、印刷されて一冊の本となったりすることは
とても張合いの得られる報酬です。

【4:人脈・他からの信頼・他からの感謝】
ひとつの仕事を終えた後には、協力し合った社内外の人たちのネットワークができます。
もし、あなたがよい仕事をすれば、彼らからの信頼も得るでしょう。
現在のビジネス社会では、たいていの仕事は自分単独でできない場合が多いですから、
こうした人のネットワークは貴重な財産になります。
また、よい仕事は他から感謝されます。
お客様から発せられる「ありがとう」の言葉はうれしいものです。


Seven housyu 



◆目に見えない報酬

さて、以上の報酬は、自分の外側にあって目に見えやすいものです。
しかし、報酬には目に見えにくい、自分の内面に蓄積されるものもあります。

【5:能力習得・成長感・自信】
仕事は「学習の場」でもあります。
ひとつの仕事を達成するには、実に多くのことを学ばなくてはなりませんが、
達成の後には能力を体得した自分ができあがります。
また、よい仕事をして自分を振り返ると「ああ、大人になったな」とか「一皮むけたな」
といった精神的成長を感じることができます。
その仕事が困難であればあるほど、充実感や自信も大きくなる。
こうした気持ちに値段がつけられるわけではありませんが、大変貴重なものです。
会社とは、給料をもらいながらこうした能力と成長を身につけられるわけですから、
実にありがたい場所なのかもしれません。

【6:安心感・深い休息・希望・思い出】
人はこの世で何もしていないと不安になる。
人は、社会と何らかの形でつながり、帰属し、貢献をしたいと願うものです。
米国の心理学者エイブラハム・マズローが「社会的欲求」という言葉で表現したとおりです。
仕事をする―――たとえそれがよい成果をもたらしても、もたらさなくても、
人は、仕事をすること自体で安心感を得ることができます。
また、よい仕事をした後の休息は心地よいものです。
そして、よい仕事は未来には希望を与え、過去には思い出を残してくれます。

【7:機会】
さて、仕事の報酬として6つを挙げましたが、忘れてはならない報酬がもう1つあります。
―――それは「次の仕事の機会」です。

次の仕事の機会という報酬は、
上の2~6番めの報酬(つまり金銭を除く報酬)が組み合わさって生まれ出てくるものです。
機会は非常に大事です。
なぜなら、次の仕事を得れば、またそこからさまざまな報酬が得られるからです。
そうしてまた、次の機会が得られる……。つまり、機会という報酬は、
未来の自分をつくってくれる拡大再生産回路の“元手”あるいは“種”になるものです。
「よい仕事」は、次の「よい仕事」を生み出す仕組みを本質的に内在しています。

報酬としてのお金は生活維持のためには大事です。
しかし、金のみあっても能力や成長、人脈を“買う”ことはできませんし、
ましてや次のよい仕事機会を買うこともできません。
そうした意味で、金は1回きりのものです。

◆年収額を追うと「わるい回路」に入る
「年収アップの転職を実現する!」―――人材紹介会社の広告コピーには、
こうした文字がよく目に付きます。
給料がなかなか上がっていかない時代にあって、確かに年収アップは魅惑的です。

ですが、現職を「給料が安いからダメだ」とか、
「年収を上げるためにここいらで転職でも」とか、そういった金銭的な単一尺度で、
長く付き合う仕事と会社を評価するのは賢明ではありません。

もし、あなたが金銭報酬的のみにほだされて、ある職を選び、
その職を実際行なってみた結果、面白みもなく、自分に何の能力向上もさせず、
ましてや次の挑戦機会も与えなかったとしたら、それは「わるい仕事」です。
「わるい仕事」は労役であり、それこそ、その我慢料として、
報酬はせめていい金額をもらわねばやってられない、という「わるい回路」に陥ります。

私たちは、金銭的報酬以外に吟味すべきことがたくさんあります。
そして優先順位を付けねばなりません。
第一に考えるべきは、何といっても「仕事そのもの」です。
そして、その周辺にはどんな「機会」があるかです。
特に20代、30代前半は能力や人脈を蓄積することが決定的に重要になる時期です。
より多くの「よい仕事機会」(=チャレンジングなプロジェクト)に加わっていくことが、
確実なキャリアの発展回路をつくりだします。

もちろん、不当に安い給料で我慢することはありません。
労働者の権利として正当な報酬は手にすべきです。
(従業員の経済的幸福を考えない会社、私欲に走る経営者は、早晩消えていきますが)

真に満足でき、自分を開いてくれる職業人生のために、
「先に年収額ありき」のキャリアではなく、
「よい仕事機会」に恵まれるキャリアを意識してください。
よい仕事機会には、よい人たちも集まってきます。
そして価値ある仲間と、価値ある仕事をさせてもらい、さまざまに成長していく。
そして気づいたら納得のいく年収が得られていた―――それで十分ではありませんか。


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