「モデル化」して考えるとはどういうことか?
季刊ビジネス雑誌『THINK!』(東洋経済新報社)で連載中の「抽象度を上げて本質をつかむ『曖昧さ思考』トレーニング」も、今号で3回目を迎えました。今回は、「概念をモデル化してとらえること」について書いています。
「モデル(model)」という言葉は、最近いろいろな場面で使われる言葉です。大本の意味は「型」ということですが、そこから派生して、プラモデルやファッションモデル、ビジネスモデル、ロールモデルなどに広がり、すでに日本語の中に溶け込んでいます。今回の記事は、そんな中でも「概念モデル」を扱っています。
概念モデルとは、
「物事の仕組みを単純化して表したもの」、
「概念のとらえ方を示すひな型」と言っていいでしょう。
概念モデルとして秀逸なものは世の中にいろいろありますが、私は次の2つを挙げたいと思います。まず1つめに、エッセイスト・画家・ワイナリーオーナーとして活躍される玉村豊男さんの「料理の四面体」図。
料理という概念を理解するのに、「煮る」とか「焼く」とかいった加工方法で分類するアプローチは、特段独創性のあるものではありません。
玉村さんの発想の優れた点は、加工方法の観点からさらに一段抽象度を上げて、その根源となる4つの要素「火・空気・水・油」を“発見した”ことです。そしてさらにもう一段の抽象化、それら4要素の関係性を三角錐(四面体)の構造で表現したことです。
玉村さんは火を頂点にして、空気・水・油へと伸びる稜線をそれぞれ「焼きものライン=火に空気の働きが介在してできる料理」「煮ものライン=火に水の働きが介在してできる料理」「揚げものライン=火に油の働きが介在してできる料理」と名づけました。こうすることで、煮物とか、炒めものとか、グリル、くんせい、干物、生ものがすべて意味をもって構造の中に配置されます。
このモデル図をいったん見てしまえば、私たちは「あぁ、ナルホド、ナルホド。確かに料理ってこういうとらえ方ができるな」と思える。もちろん、これは1つの切り口からの整理にすぎませんが、それでも直観的に料理という概念の全体構造を把握できます。
もう1つ紹介しましょう。哲学者・九鬼周造が1930(昭和5)年に著した『「いき」の構造』(岩波文庫)で提示したモデルです。「粋」などという、まさに曖昧きわまりない概念をよくぞこのような姿で示せたものだと感服します。九鬼は図化を積極的にやる哲学者で、他にも、偶然性と必然性の論理を図に表して分析しています。
九鬼は、粋の構成要素として8つの趣味(渋味・野暮・甘味・意気・地味・下品・派手・上品)を抽出し、「対自的/対他的」「有価値的/反価値的」「積極的/消極的」など彼独自の対立項を用いて、直六面体の構造に表現しました。九鬼は、8つの頂点に配置された趣味以外のものも、この直六面体のなかで捉えられると説明しています。
例えば───「“さび”とは、O、上品、地味のつくる三角形と、P、意気、渋味のつくる三角形とを両端面に有する三角柱の名称である」「“雅”は、上品と地味と渋味との作る三角形を底面とし、Oを頂点とする四面体のうちに求むべきものである」「“きざ”は、派手と下品とを結び付ける直線上に位している」といった具合です。
九鬼の場合、こうした風流をめぐる美的価値を1つ1つ言葉上で定義するのではなく、直六面体のモデル上に相対的な位置関係で示すというアイデア自体が、優れて独創的であると思います。概念モデルを図に落とし込む作業は、ある意味、アート作品をこしらえる作業にも通じるところがあります。モデル図は、もちろん理解しやすいということが必須要件ですが、美しいことも大事な要件です。
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ところで、私たちはなぜ物事をモデル化してとらえることが大事なのでしょうか。
───それは、物事を個別具体的にとらえるレベルに留まっていると、
永遠に個別具体的に処置することに追われるからです。
それを簡単なモデルを使って説明しましょう。次に並べたのは英語の問題です。それぞれのカッコ内には前置詞が入りますが、それは何でしょう。1つ1つ答えてください。
・a fly ( ) the ceiling ───天井に止まったハエ
・a crack ( ) the wall ───壁に入ったひび割れ
・a village ( ) the border ───国境沿いの町
・a ring ( ) one’s little finger ───小指にはめた指輪
・a dog ( ) a leash ───紐につながれた犬
……どうでしょう、各問に答えられましたか。 正解は、すべて「on」です。
ところで、私たちは前置詞「on」を「~の上に」と習ってきました。習ってきたというか、暗記してきました。そうした暗記的なやり方で英語と接してきた人は、「天井にさかさまに止まった」とか「壁に入った」とか、「国境沿いの」などの言い表しに思考が発展しないので、それぞれの問題に戸惑ったことでしょう。そうして正解を見て、また1つ1つ、「on」の使い方を丸暗記していくことになる。
これに対し、いま私の手元にある一冊の英和辞典『Eゲイト英和辞典』(ベネッセコーポレーション)の帯には、こんなコピーが記載されています───「on=『上に』ではない」と。さっそく、この辞書で「on」を引いてみる。すると、そこに載っていたのは、下のような図でした。
「on」は本来、縦横・上下を問わず「何かに接触している」ことを示す前置詞だというのです。確かにこの図をイメージとして持っておくと、さまざまに「on」使いの展開がききます。
この辞典は、その単語の持つ中核的な意味や機能を「コア」と呼び、それをイラストに書き起こして紙面に多数掲載しています。10個の末梢の意味を覚えるより、1つの「コア・イメージ」を頭に定着させたほうがよいというのが、この辞書づくりのコンセプトなのです。
まさにここで出てきた「コア・イメージ」に基づく学習が、概念をモデル化して押さえることにほかなりません。
私たちは、物事の抽象度を上げて大本の「一(いち)」をイメージなりモデルなりでとらえることができれば、それを10個にも100種類にも具体的に展開応用することができます。
逆に言えば、モデル化によって「一」をとらえなければ、いつまでたっても末梢の10個を丸暗記することに努力し、100種類に振り回されることになります。1000にも種類が広がったら、もうお手上げでしょう。
「一」をつかんだ者は、1000個だろうが、1000種類だろうが、原理原則を押さえているのでそれに対応がききます。そして、その「一」から落とし込んだ1000種類の応用は、具体的な末梢を必死になって丸暗記したときの1000種類とはまったく異なったものになるでしょう。真に新しい発想というのは、必ずと言っていいほど、抽象思考の川をさかのぼり、本質の「一」に触れて、再度、具体思考の川を下るというプロセスを経ているものです。
“抽象的”という言葉は、いまでは何かネガティブなニュアンスで使われることが増えました。しかし本当は、抽象的に考えることはとても大事なことで、物事の余計な部分をそぎ落とし、その奥にある本質は何か、原理原則は何かと考えるのが抽象化能力なのです。したがって、概念をモデル化するには、この抽象化能力をフル稼働させることになります。
私たちは、日ごろから意識して、モデル化して考えることに努めることが大事です。物を売ることを超えて、物を売る仕組み(ビジネスモデル)をつくることが重要になってきているように、物事の知識量を増やすことを超えて、物事の仕組みをつかむ能力が重要性を増しているからです。