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2012年1月27日 (金)

「健やかさ」を取り戻す時代へ


アメリカのロックバンド、イーグルスを率いたドン・ヘンリーは、
時代を見る目を持って、「喪失」を見事に歌うミュージシャンだったように思います。


『ホテル・カリフォルニア』の中に出てくる有名な一節───
(支配人に自分の好みのワインを注文するのだが…)

     “We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine.”
      あいにくそのようなお酒(精神)は1969年以降ご用意しておりません。

ここに出てくる「spirit(スピリット)」は、「酒」と「魂・精神」の掛け言葉になっています。
(伝説のウッドストックコンサート開催に象徴される)1969年以降、
アメリカは爛熟した物質文明・商業主義の中で、何か大事な魂(スピリット)を失ってしまった
───そんな憂いを彼は歌詞の裏に込めました。

また、ドン・ヘンリーはブルース・ホンズビーとの共作による
『The End of the Innocence』でも、1990年にグラミー賞を受賞しました。
「イノセンス=無邪気さ・無垢であること」の終わりを歌ったこの曲は、
やはり時代に対するメッセージ性を感じさせます。


* * * * *

さて、時代が喪失しているものはさまざまあるでしょう。
私がその中で大事なものを1つ挙げるとすれば───それは「健(すこ)やかさ」です。

私が考える「健やかさ」とは、次のような意味合いです。

    ○生き生きと強いこと

    ○素直であること
    ○明るく開けていること
    ○善的なことに向かっていること
    ○自然と調和していること


現代社会が抱える問題の多くは、
「反・健やかさ」あるいは「離・健やかさ」の力が増長、圧迫、堆積して
起こっているように私には思えます。

「健やかさ」というのは、レトロで野暮ったい観念でしょうか。
いや、私は、こういう時代だからこそ、逆に清新であると感じます。

健やかな身体、健やかな心、健やかな思考、健やかな生活、健やかな社会。
健やかな詩、健やかな絵、健やかな物語、健やかな食べ物、健やかな会話。

……こういったものは、ほんとうのところ、いつの時代にあっても人びとが求めたいものです。
しかし、普遍的なものほど退屈になりやすいという欠点がある。
問題はいかにそれを新しい気持ちで、新しい形にして求めていくかです。


私たちはブータン国王夫妻が来日したとき、
その国が「国民総幸福量」を指標にして国づくりを行っていることをうらやましく思った。
また、映画『ALWAYS三丁目の夕日』を観て、古き良き昭和の日を懐かしんだりもする。
私たちはこうした「健やかさ」に触れて、
自分たちは、もうそこには戻れないんだと溜息をつく。

しかし、いま大事なのは、いろいろなことに対し、
平成ニッポンの「健やかさ」を新しい形で生み出すことは可能ではないかと考える「健やかさ」です。
少なくともそうしなければ、この国の21世紀は開けてきません。

例えば、宮崎駿監督のアニメーション映画はひとつの「健やかさ」の作品表現かもしれない。
グリーンツーリズムや日本の“おもてなし”も旅行業界での「健やかさ」価値の体現かもしれない。
「無印良品」も、商品づくりの思想のなかに「健やかさ」という一本の軸が通っているように思える。
“ロハス”や“スローライフ”も「健やかさ」と通底している。
また、ビジネス書としてベストセラーになった『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司著)
の中には、それこそ「健やかさ」を保った企業の話がたくさん出てくる。


世の中の商品・サービス・芸術が、刺激性・中毒性を増さなければ振り向かれない潮流にあって、
「健やかさ」などという普遍的だが退屈な価値で注目・支持を集めるのはラクな仕事ではない。

しかし、「健やかさ」を蘇生する作業を怠れば、
歴史上、多くの爛熟しきった社会がたどった道と同じ道を私たちも進んでいくことになりかねない。


私は企業の研修現場で仕事観の醸成教育をやる身ですが、
プログラム開発のテーマに据えているのは、次のようなことです。


  ・「成功のキャリア」から「健やかなキャリア」へ
  ・「勝ち組/負け組の生き方」から「自分らしくを開く生き方」へ。
  ・「得点の競争で疲れる職場」から「知恵の競創が面白い職場」へ。
     (“競創”とは創造性を競うこと)

1人1人の仕事・働く意識が健やかになる。1つ1つの職場が健やかになる。
私自身、そのための教育はとても大事な仕事であると自覚を強める昨今です。



再び名曲『ホテル・カリフォルニア』に戻って。
ドン・ヘンリーは最後の部分でこう歌います───

   “We are all just prisoners here, of our own device.”
   俺たちはみんなここの囚人さ、自らが仕掛けた罠にかかって。

   “You can check out any time you like, but you can never leave.”
   チェックアウトしようと思えばいつでもできるのに、決してここを出ていけないのさ。

「ホテル・カリフォルニア」という「喪失の園」から抜け出られないのは歌の世界ですが、
現実世界の私たちは、しっかりと「健やかさ」を取り戻し、自らの罠にかからないようにしたい。





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