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2008年12月 1日 (月)

「余命一年 行動リスト5」

Ochiba 週末、近所の雑木林を
カメラを持って散歩した。

足元にはさまざまな色や形の枯れ葉が落ちている。
枯れ葉の上をカサカサと歩くのは何とも気持ちがいい。

すると、目の前に、はらりと一枚
葉っぱが落ちた。

手にとって見ると、
葉全体はつやを保っている。
植物にも体温があると思うのだが、
そのわずかな体温も残っているように感じる。
葉の裏に走る葉脈は、細かな一筋までまだみずみずしい。
ついさっきまで枝にくっつき、
幹から養分をもらい生きていたが、
いまはもう土にとけて還るしかない。

私は、こうしたとき、いつも
吉田兼好の『徒然草』第四十一段を思い出す。
第四十一段は「賀茂の競馬」と題された一話である。

五月五日、京都の賀茂で競馬が行なわれていた場でのことである。
大勢が見物に来ていて競馬がよく見えないので、
ある坊さんは木によじ登って見ることにした。

その坊さんは、
「取り付きながらいたう眠(ねぶ)りて、
落ちぬべき時に目を覚ますことたびたびなり。
これを見る人、あざけりあさみて、
『世のしれ者かな。かくあやふき枝の上にて、安き心ありて眠(ねぶ)らんよ』と言ふに・・・」


つまり、坊さんは木にへばり付いて見ているのだが、
次第に眠気が誘ってきて、こっくりこっくり始める。
そして、ガクンと木から落ちそうになると、はっと目を覚まして、
またへばり付くというようなことを繰り返している。

それをそばで見ていた人たちは、あざけりあきれて、
「まったく馬鹿な坊主だ、あんな危なっかしい木の上で寝ながら見物しているなんて」
と口々に言う。

そこで兼好は一言。
「我等が生死(しゃうじ)の到来、ただ今にもやあらん。
それを忘れて物見て日を暮らす、愚かなることはなほまさりたるものを」。


―――人の死は誰とて、今この一瞬にやってくるかもしれない
(死の到来の切迫さは、実は、木の上の坊主も傍で見ている人々もそうかわりがない)。
それを忘れて、物見に興じている愚かさは坊主以上である。

* * * * * *

医療技術の発達によって人の「死」が身近でなくなった。
逆説的だが、死ぬことの感覚が鈍れば鈍るほど、「生きる」ことの感覚も鈍る。

仏教では、人の命を草の葉の上の朝露に喩える。
少しの風がきて葉っぱが揺れれば、朝露はいとも簡単に落ちてしまう。
そうでなくとも、昇ってきた陽に当たればすぐに蒸発してしまう。
それほどはかないものであると。

仮に現代医学が不老不死の妙薬をつくり、命のはかなさの問題を消し去ったとしても、
人の生きる問題を本質的に解決はしない。
なぜなら、よく生きるというのは、どれだけ長く生きたかではなく、
どれだけ多くを感じ、どれだけ多くを成したか、で決まるものだからだ。


この一生は「期限付き」の営みである。
その期限を意識すればするほど、どう生きるかが鮮明に浮き立ってくる。
哲学や宗教は「死の演習問題」ともいわれ、
真の哲学や宗教であれば、確かに人類に果たす役割は大きい。

私は、大病こそないが、生来、からだが強くない。
たぶん、太平洋戦争以前の時代に生まれていれば、確実、早死しただろうと思っている。
だから、40歳以上の命は天から延ばしてもらっているものとして
(偽善的に聞こえるかもしれないが)
人のために何かしたいと思い、教育という道で脱サラした。

* * * * * *

私が行っている研修プログラムの一つに、
『余命一年:行動リスト5』というのがある。

つまり、自分の余命があと一年だと宣告されたと仮定して、
何を行動し完了すべきか、その上位5つを挙げるというものだ。

受講者は真剣に考える、そして生きることが新鮮な意味を帯びてくる。

「いつかくる死」で漫然と生きるのではなく、
「いつ死がきても悔いはない。目的の下にやり切っている。
そして、今日一日を生きられたことに感謝する」
―――そんな心持ちが強いキャリア・強い人生をつくると思っている。

最後に、いま読んでいる本から補足的に:

「目的とは、単なる概念ではない。生き方である。
人生は“すること”でいっぱいで、
“やりたいこと”が何であるかに耳を傾ける余裕もなかった」

(ディック・J・ライダー『ときどき思い出したい大事なこと』)

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