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2009年11月12日 (木)

やさしく・ふかく・ゆかいに・まじめに

Koyoha02 
奥鬼怒にて1


「むずかしいことをやさしく 
 やさしいことをふかく
 ふかいことをゆかいに 
 ゆかいなことをまじめに」


                 
―――井上ひさし


私は自らの職業の定義を「“働くこと/仕事とは何か?”の翻訳人になること」として
6年前に独立し、今に至っていますが、
常に頭の中の下地に敷いているのが、この井上ひさしさんの言葉です。

むずかしいことをむずかしいまま言う、あるいは
むずかしいことをまじめに言う、ことは簡単ですが、
むずかしいことを
「やさしく、ふかく、ゆかいに、まじめに」という経路を通して、
受け手に染み込ませるように伝える(そして結果的に、じゅうぶんに伝わっている)
―――それは生涯を通じて追求せねばならないことだと思います。

ともすると、私の生業とする企業研修サービスの分野、ビジネス書出版の世界では、
「やさしく」が、お手軽なハウツーの披露、
「ふかく」が、感覚的に鋭い切り口を見せながら、実は表面をすくうだけのコンテンツ、
「ゆかいに」が、オモシロオカシクの演出、
「まじめに」が、重くならないよう適当に茶化しを入れる・・・
などにすり替わっていることが多々あります。
それは、より多く売るために、発信側が行うある種の迎合によるものですが、
私はそれらを固く排していきたいと思っています。
(たとえ、不器用で不格好で、非効率で、地味であっても)

で、今週、ン十年ぶりに夏目漱石の『坊っちゃん』を再読しました。
まさに、
「むずかしいことをやさしく 
やさしいことをふかく
ふかいことをゆかいに 
ゆかいなことをまじめに」書いた最良のお手本だと思いました。

Koyoha03 
奥鬼怒にて2


 

2009年11月10日 (火)

「もっと欲しい」から「これでいいのだ」へ

Akinoki 

きょうは『自由からの逃走』などの碩学の著で知られる
ドイツの社会心理学者、エーリッヒ・フロムの言葉から。


「〈所有〉に方向づけられている人は、
自分自身の足よりも松葉杖を使って立とうとする。
そのような人は、実存するということ、
すなわちみずからが望むような自分自身になるということのために、
自分の外部にある対象を用いる。
何かを〈持つ〉限りにおいて、その人は自分自身たりえるのである。
個人は客体の〈所有〉に依拠して、主体としての〈在り方〉を決める。
そのような個人はさまざまな対象によって所有されているのであり、
したがってそれらを〈持つ〉という目標によって所有されているのだ」。

―――エーリッヒ・フロム『よりよく生きる』
(小此木啓吾監訳、堀江宗正訳、第三文明社)



「所有」に執着する生き方ではなく
「在り方」を充実させる生き方へ―――ということを
やや学術的な言い回しではありますが実に的確に表したフロムの言葉です。

私なりにもう一言。
「Have more」(もっと欲しい)の生き方から
「Well-Being」(これでいいのだ)の生き方へ。

2009年7月 1日 (水)

「独立したいのですが」という相談に対し


仕事柄、脱サラ・独立を相談されることがたびたびあります。
しかし、たいていの場合は、さほど本気モードでなかったり、
(私も独立後6年が経ったので)参考に話を聞きたいというレベルが多いものです。

ですが、中には、真剣な人もいます。
そういう場合に、私が贈っている言葉がこれ。

プラハの詩人、リルケ(1875-1926)の『若き詩人への手紙』から:

「自らの内へおはいりなさい。
あなたが書かずにいられない根拠を深くさぐって下さい。
それがあなたの心の最も深い所に根を張っているかどうかをしらべてごらんなさい。

もしあなたが書くことを止められたら、死ななければならないかどうか、
自分自身に告白して下さい。

・・・(中略)もしこの答えが肯定的であるならば、
もしあなたが力強い単純な一語、「私は書かなければならぬ」をもって、
あの真剣な問いに答えることができるならば、
そのときはあなたの生涯をこの必然に従って打ち立てて下さい」。


---(新潮文庫版『若き詩人への手紙』高安国世訳)


この引用箇所は、
ある青年が、自分も詩人になり、生計を立てていきたいのだが、
その素質がありますかと、リルケのもとに作品を送ってきて相談するくだりです。

リルケは、あなたは自分の詩がいいか私や他にたずねようとする。
そして雑誌の編集部にも作品を送る。そして、送り返され自信をぐらつかせる。
しかし、そんなことはやめなさい。
あなたの目は外に向いている。目を向けるべきは自分の内なのだ。
―――こう、リルケは前置きをし、上の言葉に続けていきます。


Sizukuha_3
梅雨真っ只中
うっとうしいジメジメ天気も“慈雨”と思えばまたよし


2009年6月10日 (水)

『電通鬼十則』など

■電通の<鬼十則>

一、仕事ハ自ラ「創ル」可キデ、与エラレル可キデナイ。
二、仕事トハ先手先手ト「働キ掛ケ」テ行クコトデ、受身デヤルモノデハナイ。
三、「大キナ仕事」ト取リ組メ、小サナ仕事ハ己ヲ小サクスル。
四、「難シイ仕事」ヲ狙エ、ソシテ之ヲ成シ遂ゲル所ニ進歩ガアル。
五、取リ組ンダラ「放スナ」、殺サレテモ放スナ、目的完遂マデハ。
六、周囲ヲ「引キ摺リ廻セ」、引キ摺ルノト引キ摺ラレルノデハ、
     永イ間ニ天地ノヒラキガ出来ル。
七、「計画」ヲ持テ、長期ノ計画ヲ持ッテ居レバ、忍耐ト工夫ト、
    ソシテ正シイ努力デ希望ガ生マレル。
八、「自信」ヲ持テ、自信ガナイカラ君ノ仕事ニハ、迫力モ粘リモ、
     ソシテ厚ミスラガナイ。
九、頭ハ常ニ「全廻転」、八方ニ気ヲ配ッテ一分ノ隙モアッテハナラヌ、
     サービストハソノヨウナモノダ。
十、「摩擦ヲ怖レルナ」摩擦ハ進歩ノ母、積極ノ肥料ダ、
    デナイト君ハ卑屈未練ニナル。


上記は、広告代理店・電通の第四代社長だった吉田秀雄が、
昭和26年、社員にあてた訓示です。
イメージが華やかな広告業界にあって、
このように頑固そうで古風な訓示は意外な感じもしますが、
ここに書かれていることは当時の電通社員のみならず、
すべてのビジネスパーソンに有効だと思います。


私もサラリーマン時代、何人も部下を持っていました。
この『鬼十則』をプリントして部下に配り、その反応をみることで、
伸びる人財と伸びない人材を知ってしまうことができたものです。


結局、人が伸びるかどうかは、
もっている能力の種類だとか、レベルだとか、適性うんぬんの問題ではなく、
「感度と気骨」の問題だと、私は確信しています。


感度とは、
人の態度・言葉に響く素直さ、
創造の引き金の敏感さ、
チャンスを見出そうとする意欲、
風の中に次の季節の香を嗅ぎ取る感覚、など。


気骨とは、
個として立つ精神、
己の信ずるところを積み上げる持続力、
表現を絞り出そうとする執念、
逆境をはねのける楽観主義、など。


「感度と気骨」のある人間であれば、この十則に奮い立たないわけがないのです。

* * * * *

『鬼十則』より少し柔らかめのものも紹介しましょう。
私が同様に部下に配っていたものがこれです。


Tom Peters著『The Pursuit of WOW !』の中で紹介されている13カ条です。
New England SecuritiesのCEOが社内に提示したフィロソフィー・ステートメントであると説明されています。


1. Take risks. Don't play it safe.
2. Make mistakes. Don't try to avoid them.
3. Take initiative. Don't wait for instructions.
4. Spend energy on solutions, not on emotions.
5. Shoot for total quality. Don't shave standards.
6. Break things. Welcome destruction. It's the first step in the creative process.
7. Focus on opportunities, not problems.
8. Experiment.
9. Take personal responsibility for fixing things.
  Don't blame others for what you don't like.
10. Try easier, not harder.
11. Stay calm!
12. Smile!
13. Have fun!


1. リスクを負え。安全にやろうと思うな。
2. どんどん間違っていい。間違いを避けようとするな。
3. イニシアチブを取れ。指示を待つな。
4. “解決”にエネルギーを注げ。“感情(対立・論争)”にエネルギーを使うのでなく。
5.  既存の決めごとを細々いじっているより、全体の質向上を狙え。
6. 枠を打ち破れ。壊せ―――それこそが創造の第一歩。
7. “機会”に焦点を合わせよ。“問題”にではなく。
8. ともかく「試せ」!
9. それをやり遂げることに責任を持つ。気に食わないやつの悪口を言っているヒマなどない。
10. 気楽に構えてやろう。深刻にやるのではなく。
11. 静かに集中!
12. そして「笑顔」!
13. 楽しもう!

* * * * *

政治の世界はもちろん、ビジネスの世界でも、昨今は、“statesman”がいなくなりました。
私がここで使う“statesman”とは、広く
「良識・賢慮に基づいた優れた言葉を発する人」を意味しています。

(ちなみにstatesmanは尊敬の意味を込めた「政治家」、
そこらへんにいるのはpolitician「政治屋」)

私はビジネス雑誌記者時代から、経営者の言葉に注意を払ってみてきました。
会社案内やHPでの挨拶、カンファレンスでの発言、入社式での訓示、社内報でのコメントなど。

そこには、どれもこれも、「企業を取り巻く経済環境は厳しさを増し・・・」とか、
「変化の時代に生き残りをかけ、選択と集中を・・・」とか、
「独自の付加価値によって利益の最大化を図ることが・・・」とか、
「グローバルな視野に立った変革を全社一丸となって・・・」とか、
まぁ、そこにはいかにもサラリーマン社長として梯子を上がってきた方々のスマートな言葉が並ぶ。

言語はスマートだが、心のスイッチに何か点火させるものがない。
受け手に響く肉声ではないのです。

その点、吉田秀雄社長の
「取リ組ンダラ放スナ、殺サレテモ放スナ」とか、
「周囲ヲ引キ摺リ廻セ」などというのは、鬼気迫るほどの肉声です。

New England SecuritiesのCEOが言った
12. Smile!
13. Have fun!
なんていうのも、単純だけれども、すごくイカした肉声です。

彼らは、優れて“statesman”だったと思います。

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