2013年2月24日 (日)

留め書き〈031〉~素の能力・素の人間

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お金をたくさん稼ぐ能力というのは、言ってみれば、
何かスポーツで得点を上げるのがうまいことに似ている。

だから、金持ちになることが特別すごいことではなく、
たとえば歌が上手である、すばらしい絵が描ける、
ものづくりがうまいことも
それに負けないくらいすごい能力なのだ。

そうした能力に恵まれながら、
得点競争に興味がなく、能力を換金化することに無頓着で
ひたすら他者を喜ばせることだけでおおらかに満足する
そんな豊かな人が世の中にはたくさんいる。


アランは『幸福論』のなかでこう書く───

「古代の賢者は、難破から逃れて、すっぱだかで陸に上がり
『わたしは自分の全財産を身につけている』と言った」。

 

仮にいま自分が、無人島のように、年収という得点獲得競争のない世界、
能力を換金化しようのない世界に放り込まれたとき、
いったい素の自分にどんな能力があるのだろうか。

素の人間としてどんな魅力があるのだろうか。
そして何よりも、生き物としてそこで存続していけるのだろうか。
その想像は少し自分をどきっとさせてくれる。


2013年2月19日 (火)

「苦」と「楽」の対称性

   強烈な個性を発し続けるミュージシャン、矢沢永吉さんが糸井重里さんとの対談で次のように語っていた。

 

矢沢:いいことも、わるいことも、あるよ。昔、僕が言ったこと、覚えてる? 「プラスの2を狙ったら、マイナスの2が背中合わせについてくる。プラスの5を狙ったら、マイナスの5がついてくる。プラスを狙わないなら、マイナスもこない。ゼロだ」って。で、どうしますか?って、神様が言うんだよ。俺は、若さがあったから言えたんだよ。「えい。くそ、一度の人生、オレは10狙ってやる!」ってね。そしたら、間違いなかったね、10の敵が来たよ。

糸井:表裏がセットなんだね。

矢沢:セットなんだから、いろんなことが足引っ張るんだよ。めんどくせーわけよ! 10の夢を見たら、案の定、10の面倒くさいことがきたよ。だけどさ、面倒くさいからとか、いやだとかで一歩も動きません、ゼロでいいです、というのは悲しい話でね。(中略)じーっとしとけば、叩かれることもなかったんだよ。ところが、じーっとできないじゃん。
                    
───『新装版ほぼ日の就職論「はたらきたい」』より

 

   夢と面倒くさいことはセットである。夢の大きさに比例して面倒くさいことが付いてくる。あの矢沢節でこのことを言われたなら、強力な説得力をもって腹にズドンとくるでしょう。


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   生きるうえで、働くうえで、いつでも、喜びは苦労と対になっている。だから、ほんとうの苦労を経なければ、ほんとうの喜びを味わうことはできない。そこそこの苦労から得られるものは、そこそこの喜びでしかない。その点を、フランスの哲学者アランは次のように言い表します。

 

登山家は、自分自身の力を発揮して、それを自分に証明する。この高級な喜びが雪景色をいっそう美しいものにする。だが、名高い山頂まで電車で運ばれた人は、この登山家と同じ太陽を見ることはできない」。 
                                            ───アラン『幸福論』




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また、詩人、加島祥造さんの言葉はこうです。

 

「高い山の美しさは深い谷がつくる」。 
                            
───加島祥造『LIFE』


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   苦と楽は対称性を成し、その幅は体験の厚みとなり、人間の厚み、仕事の厚み、人生の厚みをつくっていく。ドストエフスキーがなぜあれだけの重厚な小説を書き残せたのか。それは彼の死刑囚としての牢獄体験や持病のてんかんなど、暗く深い陰の部分が、押し出され隆起して至高の頂をつくったからでしょう。キリスト教にせよ仏教にせよ、なぜいまだに多くの人に連綿と信じ継がれているのか。それは、イエスや釈迦の悲しみが深く大きいために、愛や慈しみもまた深く大きいと人びとが感じるからではないでしょうか。
   昨今、文学にしても、絵画、映画にしても、作品が小粒になったと言われる。それは豊かで穏やかな社会が苦を和らげるために、表現者の厚みをなくさせていることがひとつの理由にあるのかもしれません。
そんな人生の真実を熟知していたのでしょう。陶芸家で人間国宝だった近藤悠三は、つくれどつくれど、みずからの作品が大きくなっていかないことを思いわずらい、次のように語ったといいます。

 

「なんぞ、手でも指でも一本か二本悪くなるか、腕でも片方曲らんようになれば、もっと味わいの深いもんができるかと思うし、しかし腕いためるわけにもゆかんので、夜、まっくらがりで、大分やりましたねえ。そして面白いものできたようやったけど、やっぱし、それはそれだけのものでしたね」。 
                                                                      ───井上靖『きれい寂び』より

 

   あえて自分の身体の一部を不自由にしてまで芸の極みに到達したい。それほどまでに近藤は苦を欲していたのでした。

 

   ともかくも苦と楽は対称性をもちます。そしてその苦楽の幅は、その人の厚みを形成します。もし、自分がある不幸や不遇、悲しみやつらさのなかにあるなら、それとは対称の位置にある幸福や喜びを得られる可能性があります。ですから考え方によっては、自分がネガティブな状態にあることは、ある意味、すでに半分の厚みを得ているわけで、あとは残り半分のポジティブを手に入れるチャンスが目の前にあるということです。
   もし、いまの自分が幸も不幸もそこそこレベルだとしたら、自分の厚みもそこそこということになるでしょう。そんなそこそこで満足していてはダメだというのであれば、矢沢さんの言ったとおり「プラス2」を狙うのではなく、「プラス10」を狙う生き方に変えることが必要です。そして身に降りかかってくる「マイナス10」を勇敢に乗り越えることで、「プラス10」を獲得する。その過程で、その人は「20」の厚みに成長していく。そしてその後、「20」の厚みに相応する仕事をし、人間を呼び寄せ、環境を変えていく。

 

   先天的に、あるいは自分の意志のきかないところで苦労を背負わされることはさまざま起こります。ですが、そのマイナス分をプラスに転じていこうとするのは自分の選択です。また、特段苦労はないという生活のなかに、夢や志を描いて、その成就のための負荷を意図的につくりだそうとするのも選択です。人生の厚みを決めるのは、やはり自分の意志であり、選択です。
   「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」という言葉のとおり、自分が石になるか、玉になるか、の選択はいつも自分にあり、その境目は艱難を選ぶかどうかにかかっています。作家の村上龍さんはこう書いています。

 

「趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクを伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している」。 
                                   
───村上龍『無趣味のすすめ』

 

   冬の寒さを知るほど、春の陽の暖かさを知る。まもなく春が巡ってきます。

 


【補足の考察】
   「苦と楽は対称性をなす」という考え方のほかに、「苦と楽は表裏一体である」というとらえ方もできます。苦と楽、美と醜、善と悪のように対立する概念を、一体のものとしてとらえる思考は、特に東洋哲学において顕著です。
『梵我一如』(「梵=宇宙」と「我=個人」は一体である)や『因果一如』(原因と結果は一体である)、『色心不二』(「色=肉体・物質」と「心=魂・精神」は一体である)、『身土不二』(「身=行い」と「土=環境)は一体である)など、東洋は二元論で分離させず一元論で考えることをしてきました。
   その概念イメージは、苦と楽を「メビウスの環」の表裏として考えるといいかもしれません。ちなみに、美と醜、善と悪などの対立概念をこうしてメビウスの環に描く発想は、江戸中期の禅僧である白陰(はくいん)が、布袋(七福神の一つ)をモチーフにした禅画のなかで試みています。

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2013年2月 2日 (土)

「道」をめぐる三人の言葉

 

「道に迷うこともあったが、それはある人びとにとっては、もともと本道というものが存在していないからのことだった」。

─── トオマス・マン『トニオ・クレエゲル』(実吉捷郎訳、岩波文庫)



Tonio kr   『トニオ・クレエゲル』は、ドイツの文豪トーマス・マン(1929年ノーベル文学賞受賞)の若き日の自画像小説です。
   主人公トニオ(若き日のマン)は2つの気質を合わせ持っている。それは彼の出自が両極端な二つの方向から来たことによる。一方には、領事を務める父から受け継ぐ北ドイツの堅気な市民精神があり、もう一方には、イタリアで生まれた母から授かった開放的な芸術家気質がある。トニオは芸術家として立つことを決意するものの、鷹揚さや官能が支配する芸術の世界にどっぷり浸ろうとしても父方の血がそれを嫌悪して許さない。はたまた、ただ誠実に凡庸に生きるという市民的な生活に安住することにも、母方の血が黙ってはいない。この二つの気質の相克のなかで、何にもなりきれないでいる自らを「道に迷った俗人」と呼んだトニオの人生は、されど続いていく……。

   人生にもともと“本道”なんてものはない。───トニオが吐露したこの言葉をどう受け止めるか、ここは読者にとって重要な箇所です。

   小説の中でマンはこの後に、(本道というものがないのだから)どんな道を行くのも可能と思えるし、同時に、どんな道を行くのも不可能に思える、というような表現を加えています。私たちは人生において、さまよっているときは往々にして(特に芸術家はそうですが)、強気にポジティブになるとき(躁の状態)と、弱気でネガティブになるとき(鬱の状態)が交互にやってくるものです。『トニオ・クレエゲル』は、まさに主人公がこの躁鬱の振り子を大きく往ったり来たりする日々を繊細に描いた小説です。若きマンが、その躁鬱の苦悶から安らぎを得るためにたどり着いた一種の諦観──「人生において道に迷うことは必然なのだ」──それが冒頭の言葉です。
   ゲーテも『ファウスト』の中で、「人は努めている間は迷うものだ」と書いています。おそらくマンもこの一文には触れていて、心のひだで共振していたのではないでしょうか。

   私は仕事のうえでキャリア形成理論をかじっています。今日の学術的考察においては、「キャリア(職業人生)というものは偶発性に左右されることが無視できない。むしろその偶発性を意図的に呼び込むなかで選択肢を拡げ、キャリアをたくましく形成していくのがよろしい」と指摘する。この分野では有名な『計画された偶発性理論』」(Planned Happenstance Theory)です。同理論を提唱する米国スタンフォード大学のジョン・クランボルツ教授は次のように言います。

   ───「キャリアは予測できるものだという迷信に苦しむ人は少なくありません。“唯一無二の正しい仕事”を見つけなくてはならないと考え、それをあらかじめ知る術があるはずだと考えるから、先が見えないことへの不安にうちのめされてしまうのです」。(『その幸運は偶然ではないんです!』より)


   確かにこの理論は、私も自身の20余年のキャリアを振り返ってみてじゅうぶん理解できるものではあります。ただ、学術知識として、観念として分かっても、やはり人生の悩みは人生の悩み。現実どこに自分を持っていくかは、依然大きな問題として眼前に横たわります。しかし、自分の歩むべき道を容易に定めることができない、その難しさこそが人生を深く、味わい深いものにしているのだと思います。



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別冊『太陽』日本のこころ-151「東山魁夷」(平凡社)を開く


   「道」という言葉を耳にするとき、私は反射的に、東山魁夷の描いた作品『道』を思い浮かべます。ただ一本の道が続いていく、それを清澄な空気のなかに情感豊かに描いたあの名作です。東山はこの作品についてこう語っています。


 

「人生の旅の中には、いくつかの岐路があり、私自身の意志よりも、もっと大きな他力に動かされていると、私はこの本のはじめの章に書いている。その考え方はいまも変わらないが、私の心の中に、このひとすじの道を歩こうという意志的なものが育ってきて、この作品になったのではないだろうか。いわば私の心の据え方、その方向というものが、かなりはっきりと定まってきた気がする。しかし、やはりその道は、明るい烈しい陽に照らされた道でも、陰惨な暗い影に包まれた道でもなく、早朝の薄明の中に静かに息づき、坦々(たんたん)として、在るがままに在る、ひとすじの道であった」。

(東山魁夷『風景との対話』。以下の引用も同著より)


   東山はこのひとすじの道は、自分自身がこれから歩いていく方向の道を描いたと言っています。そしてその道は、“他力”によって見えてきたのだと。彼が言う「他力」は、「他力本願」といった場合に使われるような受け身で依存的な他力ではありません。そうしたひ弱な他力ではなく、死にもの狂いの自力で努力して努力して、そこを超えたところで出合う「おおいなる何か」という意味での他力です。
   2つの世界大戦をまたぐ東山の幼少期、青年期の苦労話は割愛しますが、ともかくも彼は画家として目立った成果をあげられないまま昭和20年を迎えます。そしてこの年の7月(つまり終戦の1カ月前)、よもや37歳の東山まで召集令状を受け、直ちに熊本の部隊に配属されます。そこでは爆弾を身体に巻き付け、上陸してくる米軍戦車を想定した突撃訓練が行われていました。そんな訓練が続くある日、東山は熊本城の天守閣跡に登りました。そしてその日、そこからみた眺望がその後の運命の分岐点となりました。東山はこのように書いています。

「私は酔ったような気持で走っていた。魂を震撼させられた者の陶酔とでもいうべきものであろうか。つい、さっき、私は見たのだ。輝く生命の姿を――。
(中略)
これをなぜ描かなかったのだろうか。いまはもう絵を描くという望みはおろか、生きる希望も無くなったと云うのに――歓喜と悔恨がこみ上げてきた。

あの風景が輝いて見えたのは、私に絵を描く望みも、生きる望みも無くなったからである。私の心が、この上もなく純粋になっていたからである。死を身近に、はっきりと意識する時に、生の姿が強く心に映ったのにちがいない」。


   結局、東山はそのまま終戦を迎え、すんでのところで戦場行きを免れました。その魂を震撼させられた体験から2年後、『残照』が日展の特選となり、政府買い上げの作品となりました。私たちが知る日本を代表する風景画家、東山魁夷の誕生はここからといってもよいでしょう。実に遅咲きでした。
   『道』を描いたのはそれから3年後の昭和25年、42歳のときです。『残照』で高い評価を得、それで有頂天になるわけでもなく、かといって、戦後の激動社会の中で画家としてやっていくことに不安や悲観に支配されるわけでもなく――そこを東山は「明るい烈しい陽に照らされた道でも、陰惨な暗い影に包まれた道でもなく」と表現した――、ともかくもただ無心で眼前に現れた道を一歩一歩進んでいきたい、その心象が『道』なのです。つまり東山が言う「早朝の薄明の中に静かに息づき、坦々として、在るがままに在る、ひとすじの道」です。

   人生の道というものを考えるとき、東山はこう表現します。

「いま、考えて見ても私は風景画家になるという方向に、だんだん追いつめられ、鍛え上げられてきたと云える。(中略:人生の旅の中にはいくつもの岐路があるが)私自身の意志よりも、もっと大きな他力によって動かされていると考えないではいられない。たしかに私は生きているというよりも生かされているのであり、日本画家にされ、風景画家にされたとも云える。その力を何と呼ぶべきか、私にはわからないが――」。


   「生かされている」や「他力によって」などの言い回しは、私個人、若い頃は受け付けませんでした。「人生を動かすのはあくまで自分の能力・努力である。運を引き付けるのも実力があってこそ。自分は自らの意志で生きている」のだと、豊かな時代に育った血気盛んな青臭いちっぽけな自信家はそう思っていました。ところがそれは本当の苦労知らず、本当の自力・他力知らずの感覚だったことを、ようやく40代も半ばを過ぎたあたりから肚でわかるようになりました。
   私も仕事柄、さまざまなキャリア・働き様の人びとを観察しています。そして自分自身もそれなりの歳月を生きてきました。そこから感じることは、

自力が弱い人は、他力をあてにする。
自力が強い人は、他力を軽視する。
自力が突き抜けた人は、“おおいなる他力”と出合う。
そして真摯な気持ちをもった人は、その“おおいなる他力”に抱かれながら、
“おおいなる自力”を発揮するようになる。


   『民藝』運動を起こした柳宗悦も“他力”ということについて次のように言及しています。

「実用的な品物に美しさが見られるのは、背後にかかる法則が働いているためであります。これを他力の美しさと呼んでもよいでありましょう。他力というのは人間を超えた力を指すのであります。自然だとか伝統だとか理法だとか呼ぶものは、凡(すべ)てかかる大きな他力であります。かかることへの従順さこそは、かえって美を生む大きな原因となるのであります。なぜなら他力に任せきる時、新たな自由の中に入るからであります。これに反し人間の自由を言い張る時、多くの場合新たな不自由を嘗(な)めるでありましょう。自力に立つ美術品で本当によい作品が少ないのはこの理由によるためであります」。

(柳宗悦『手仕事の日本』)


   「欲求5段階説」で知られる心理学者のアブラハム・マスローは、その5番目にある欲求を「自己実現欲求」としました。彼もまた、この自己実現に関し、“おおいなる他力”に通底するものを指摘します。


「自己実現の達成は、逆説的に、自己や自己意識、利己主義の超越を一層可能にする。それは、人がホモノモスになる(同化する)こと、つまり、自分よりも一段と大きい全体の一部として、自己を投入することを容易にするのである」。

(アブラハム・マスロー『完全なる人間』)



   「他力に任せきる」、「自分よりも一段と大きい全体に自己を投入する」───過去の哲人たちがこう言い示すように、虚心坦懐に一つの物事に努力を積み重ねていけば、やがて“他力”的なる何かを感得する境地に達するのでしょう。そこで見えてくる進むべき道は、確かな道にちがいありません。こういう話をすると何か宗教臭さを感じる人もいるでしょうが、この精神性は誰もが本然的に持っているものだと思います。

   いずれにせよ東山の描いた『道』をいま一度画集で見ると、迷いがなくどっしりと、清らかに澄んだひとすじの道です。とても静かな絵ですが、東山の決心が横溢と迫ってきます。

                        * * * * *

最後にもう一つ「道」をめぐる言葉───

「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」。

(高村光太郎『道程』より)


   東山は他力によって、眼前に進むべき一本の道を見ました。そして高村はこれと視点が逆で、自分の後方に道を見ます(それは自らがつくった道であるわけですが)。この有名な一行においては、高村は力強い“自力”を書いているように感じます。ですが詩の全体を読むと、「自然」や「父」という語で自分を育み慈しむ“おおいなる他力”の存在を書いています。高村もまた、他力のもとの自力を覚知していたのです。

   前に見えてくるものであろうと、後に出来てくるものであろうと、「道」とは、その人の決心や覚悟といったものの表れです。おのれの道を潔く真剣に歩んでいる人を、私たちは美しいと思う。


2013年1月19日 (土)

一を投げかけ十を考えさせる哲学絵本


   1月もすでに半ばを過ぎました。プロ野球の選手たちは自主トレーニングを始め、身体づくりを本格化させています。2月からのキャンプに、ダレた身体でいくことはできません。私も研修仕事が少なくなる1~3月は、大事な春キャンプのシーズンです。ここでの仕込みが1年のよしあしを決めるといってもいいでしょう。スポーツ選手にとっての筋力トレーニングが、私にとっては読書。


   私はもはや多読主義ではありません。「選読」「深読」を重んじます。良質のものを選んで、深く読む。この歳になってくるとそうしたやり方がいいのでしょう。ベテランの選手も、若い頃のように量にまかせてがむしゃらにやる段階から、質を考え量を絞り込む段階に進むのと同じです。

   幸いなるかな、ものを考える作業においては、歳とともに「結晶化」能力というものが発達を続けるので、若い頃に得た断片的な知識が、いまになってさまざまに再編成・再構築され、自分の認識世界が広がっていく、それが面白いところです。昔さっぱり読めなかった古典が、ふぅーっと読めるようになる。難しかった書物の書き手の伝えたいことが、行間から鮮明に立ち上がってくるようになる。良書とは、ある意味、読み手の力量に応じていかようにでも「解釈の発見」を与えてくれるものと言っていいかもしれません。

   また、読むことが成熟化してくると、本の内容の理解というより、その本の書き手がどこまでの懐の深さで書いているかもみえてくるようになります。「この著者は、ここをやさしく書いているけれども、この書き方は、実はその奥のことを深く知っていないと書けない書き方である」とわかるようになるのです。そのようにして、成熟化した読み手は、書き手の「人の器」を同時に読み取ります。ですから、書を読むとは、人を読むことでもあります。

   本を通して人を読むことをしはじめると、その著者がどんな動機で本を書きたかったのか、その文章に結実するまでにどんな思いを内面で繰り広げたのか、などを感じ取ることに面白さを見出すようになります。ですから、ほんとうに読書とは、人格との出会い、思想との出会い、熱との出会いになるわけです。

   さて、そんななかで、きょう紹介したいのは、フランスの哲学博士であるオスカー・ブルニフィエの哲学絵本シリーズです。彼の絵本はいくつかが翻訳書として出版されていますが、そのどれもが、グラフィック・アーティストたちとのコラボレーションで制作されたユニークなものとなっています。グラフィックのテイストに関しては、個人の好みもあるでしょうが、哲学的教育書が新しい表現に挑戦するという意味では、すばらしい成果であると思います。ブルニフィエ博士による文面は、彼の内面に湛えるものを鋭く凝縮した一行一行になっていて、「やさしいけどふかい」ものになっています。


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こども哲学 『いっしょにいきるってなに?』
オスカー・ブルニフィエ(文)
フレデリック・ベナグリア(絵)
西宮かおり(訳)
朝日出版社







「ぼくたち、みんな平等?」───

ちがう。運のいい子と
わるい子がいるもん。

そうだね、でも……

運って、自分でそだてるもの?
それとも、空からふってくるもの?

ツキがあっても、にがしちゃう
ってこと、ない?

運のいいやつ!って、思っちゃうのは、
やきもちのせいじゃない?

ほんとに運だけ?
努力や才能は、関係ないの?



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こども哲学 『よいこととわるいことってなに?』
オスカー・ブルニフィエ(文)
クレマン・ドゥヴォー(絵)
西宮かおり(訳)
朝日出版社







「おもったことはなんでも口にすべきだろうか?」───

ううん、だって、ほんとのこと
言ったら、けんかになること
だってあるでしょ。

そうだね、でも……

それがほんとうのことなら、
けんかくらいしてもいいんじゃない?

うそをついたり、だまっていたりしても、
けんかになることだってあるよね?

どうして、ほんとうのこと言われて、
いやな気持ちになったりするんだろう?


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こども哲学 『よいこととわるいことってなに?』
オスカー・ブルニフィエ(文)
クレマン・ドゥヴォー(絵)
西宮かおり(訳)
朝日出版社







「ひとにやさしくしようとおもう?」───

しなきゃ。でないと、
みんなにきらわれちゃう。

そうだね、でも……

きみがだれかにやさしくするのは、
きらわれるのがこわいから?

好きなのに、
やさしくできないことってあるよね?

みんなに好かれなきゃ
いけないのかな?

きらわれないためなら、
なんでもする?



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はじめての哲学 『生きる意味』
オスカー・ブルニフィエ(文)
ジャック・デプレ(イラスト)
藤田尊潮(訳)
世界文化社





生きる意味は
やりたいことをやり
自分にとっていいと思えるところに行くことだ
と考えるひとがいます

他のひとは
生きることは
決まりに従い
責任をもつことだと思っています

生きることは退屈で
なにも変わったことがなく
ひとはいつも同じことばかりしている
と考えるひとがいます

他のひとは
生きることは刺激的で
おどろきにあふれ
ひとはなんでも創り出すことができる
と思っています。

人生とは 仕事をして収入を得て
社会的な地位をもつことだ
と考えるひとがいます

他のひとは
がんばりすぎて ひとは自分の人生を無駄にしている
働くことで 自分の時間を失っている
と思っています

生きる意味は
どんなにばかげたことであっても
自分の夢を実現しようと努力することにある
と考えるひとがいます

他のひとは
生きる意味は 現実をそのまま受け入れ
毎日をあるがままに生きることだと思っています

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   これらブルニフィエ博士の一言一言は、「一を投げかけて、十を考えさせる」問いとして優れたものだと思います。そしてこの本のどこを読んでも、これらの問いに対する答えはありません。「えっ、これだけの本?」と思ってしまう読者は、答え(あるいは答えの出し方)を与えられることにあまりに慣れてしまった人でしょう。しかし、これこそが哲学なのです。

   哲学とは、そもそも「philosophy=智を愛する」の訳語です。「学」の文字が体系的な学問を思わせる部分がありますが、何か根源的なことを考える、そのプロセス自体がphilosophyです。その意味で、この本は立派に哲学本なのです。

   私が掲げる次の出版プロジェクトは、こうした哲学の絵本を大人向きにつくること。仕事・働くことについて、ほんとうに大事なことの「一を投げかけて、十を考えさせる」絵本を構想中です。表現もこれまで世の中になかったものを考え出すつもりです。そのためのたっぷり刺激と滋養を得る2013年の春キャンプ。一日一日の仕込みがやがて大きく実を結ぶことを楽しみにして。






2013年1月13日 (日)

仕事とは「望むべきことを彫刻していく営み」

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「私たちは仕事によって、望むものを手に入れるのではなく、
仕事をしていくなかで、何を望むべきかを学んでいく」。

   ───ジョシュア・ハルバースタム 『仕事と幸福そして人生について』




   私が研修の中でよくやるディスカッションテーマの1つが───

      「お金を得ることは、働くこと(仕事)の目的か?」である。

   ありふれたテーマのようだが、実際、このことについてしっかりと討論をする機会は日常ほとんどないように思う。だから、研修でじっくり時間をとってグループでやってみると、実に熱くなるし、さまざまな考え方が出るので面白い。各グループに結論を発表させるのだが、おおかた、グループで統一の見解は形成されず、「こんな意見も出ましたが、一方でこんな意見もあり、なかなかまとまらず……」のような発表になる。いや、それでいいのだ。このテーマについて、もしすんなり統一見解が出せるようなら、この人間社会はそれだけ薄っぺらなものだという証拠になってしまう。金に対する意識や欲の度合いが人により千差万別だからこそ、この人間社会は複雑で奥が深いとも言える。

   だからこの問いに唯一無二の正解はない。講師である私ができることは、古今東西、人は労働とお金(金銭的報酬)、あるいは金欲についてどう考えてきたかを、偉人や賢人たちの言葉を紹介しながら、個々の受講者が自分にもっとも腹落ちする答えを見つけてもらうことだ。各自が「きょうからもっと働こう」「もっと稼ごう」と思える解釈を引き出せたなら、このディスカッションは成功だ。

   私が引用する偉人・賢人たちの言葉はさまざまあるが、その1つが冒頭に掲げたハルバースタムのものである。米・コロンビア大学で哲学の教鞭を執る人物だけあって、実に味わい深い表現だと思う。

   ここには2つの仕事観が描かれている。1番目は「望むものを手に入れる」ことが目的化した働き方だ。この目的は、必然的にお金を多く得たいという欲望と直接結びついている。「働くこと」はその手段として置かれる。
   2番目の仕事観は、「何を望むかを学んでいく」ことが目的となっている。このとき、学んでいくプロセスはまさに「働くこと」そのものに内在しているので、「働くこと」は手段ともなり目的ともなる。そのプロセスに没頭して面白がる、気がつくと、お金がもらえていた。それがこの仕事観の特徴だ。


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   私自身、最初メーカーに就職し、次に出版社に転職をした。メーカーにいるころは、ヒット商品を出すことに熱中し仕事に励んだ。出版社に移ってからは、よい記事を書き、よい雑誌をつくることに専念した。多忙でストレスもあり、きつい仕事でもあったが、面白がれる仕事をして給料がもらえるなら幸せなことだといつも思っていた。

   ただ、20代から30代半ばまでは、自分が望むべきもの、つまり夢や志、働く大きな意味のようなものはなかなか見つけられなかった。いろいろ見えてきはじめたのは30代の終わりころ。いくつかの出来事が重なり、「自分が望むべき道は教育の分野である」との内側からの声がしっかり聞こえてきた(それはいま振り返ると、必然の出来事だったように思う)。

   2番目の意識に立つ人にとって、働くことは、いわば「自分が何を望むべきか」を“彫刻する営み”となってくる。日々の大小の仕事は一刀一刀彫っていく作業である。最初は自分でも何を彫っているのかはわからない。しかし、5年10年と経っていくうちに、じょじょに自分の彫るべきものが見えてくる。途中まで何となくAを彫っていたつもりだったが、途中からBに変えたということが起こってもいい。

   ミケランジェロは、石の塊を前に、最初から彫るべきものの姿を完全に頭に描いたわけではない。一刀一刀を石に入れながら、イメージを探していくのだ。彫ろうとするものを知るには、彫り続けねばならない。そして彫りあがってみて、結果的に「あぁ、自分が彫りたかったものはこれだったのか」と確かめることができる。

   研修でのディスカッションを聞いていて気づくことは、いまの仕事がつまらない、やらされ感がある、労役的であると思っている人は、1番目の「仕事観X」に傾く。仕事は我慢であり、ストレスであり、その憂さ晴らしにせめて何かいい物を買いたい、何か楽しい余暇を過ごしたい。そのためにはお金が要る。そういった心理回路だ。人生の喜びの見出し先は働くことにはなく、お金を交換して得られる物や余暇に向いている。
   逆に、仕事自体が面白い、仕事を通して何か社会に貢献していきたいというような想いを持っている人は、2番目の「仕事観Y」に近さを感じる。もちろん若い社員たちは十分に高い年収を得ているわけではないから、経済的に裕福とはいえない。ローンや子どもを抱えていればなおさらだ。しかし、そんななかでも、仕事観Yを強く抱いている人は意外に多い。ただ、自分の「望むべきこと」(=夢や志、意味的なもの)がすぐに見えてこないことに焦りや不安を感じるのだ。仕事観Xのもとでは、お金さえ用意すれば、望む物と即座に交換でき満足が得られることとは対照的である。


   「仕事観X」と「仕事観Y」とを比べて、どちらが良い悪いということではない。誰しもこの両方を持ち合わせている。その強さの割合が個人によって異なり、人生のときどきの状況によって変化するだけだ。ただ、働く意識の成熟化という観点で言えば、仕事観Xから仕事観Yに移行するのが成熟化の流れなのだろう。エイブラハム・マズローの概念を借りれば、「生存欲求」から「自己実現欲求」への移行だ。

   平成ニッポンの世に生まれ合わせた私たちにとって、仕事観Xにどっぷり浸かって生涯を終えるのはなんとも残念だと思う。仕事観Yのもと、自分の望むものが何かを彫刻していく喜びをしっかりと味わいたいものだ。ただし、喜びとはいえ、それは真剣な戦いである。





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